第6話 VS毒薬令嬢ヴェリノマ③
王国歴387年2月2日 AM4:04
ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ
アップタウン第3番ストリート 通称『上位令嬢屋敷街』
毒薬令嬢ヴェリノマの屋敷 1F回廊
「朝が来ますわ……」
メイドドレスに身を包んだ元貧乏令嬢リッサは窓の外を眺めた。
都市より遥か彼方、遠い山脈の峰が光で彩られつつある。
だがまだ、彼女が忠誠を誓う主は帰ってこない。
「ヴェリノマ様、お帰りが遅いですわ……」
庭先に目を見ると、屋敷に待機していた護衛令嬢たちが、ぞろぞろと馬車に乗りこんでいる。
リッサと同じく、心配した者たちが主のもとに向かうのだろう。
(私もいっしょに行けたら……)
だが外は恐ろしく、自分は無力である。
「どうか、ご無事で、ヴェリノマ様」
リッサはただ祈るのみであった。
王国歴387年2月2日 AM4:34
ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ
外郭第7番ストリート 通称『廃棄区画』
リアンにまとわりつくように接近攻撃を仕掛ける護衛令嬢2人。
「ラファンさん、レフィさん、その調子ですわ!」
付かず離れずの距離を保ち、護衛令嬢たちに指示を出しながら射撃の機会を窺うヴェリノマ。
戦況は拮抗していた。
リアンは令嬢弾を牽制として放つ。
ラファンと呼ばれた護衛令嬢が、向けられた令嬢弾を避ける。
2人の護衛令嬢のコンビネーションが緩む。
その隙に、リアンは近接するもう一人の護衛令嬢レフィを狙う。
「甘いですわっ!リアン様!」
だがそこに、ヴェリノマの毒矢が飛んでくる。
剣でさばくか、回避か。
合わせるように攻撃を詰めてくる正面の護衛令嬢レフィ。
――場に留まっていれば、矢を弾いたとしてレフィの攻撃は対応できない。
ミリ秒の判断の末、飛来する矢をリアンは剣での弾きではなく、ステップでの回避を選択する。優雅である。
「覚悟!リアン様!」
護衛令嬢ラファンがリアンのステップ回避した先に詰めてくる。
ラファンのナイフによる必殺の突きか、リアンは身構えて剣で弾く。
決死の言葉と裏腹に、ラファンの突きは軽かった。
(ブラフ……!!)
勝負の一撃を装ったラファンに対する力加減を誤り、ほんのわずか態勢を崩すリアン。
死角から本命たるレフィの攻撃が迫る。
リアンは、被斬撃予想箇所に令嬢圧を集中し、障壁を展開。
圧縮された令嬢圧は、宙に浮かぶ盾の如く、レフィの攻撃を受け止めた。
だが、
「隙ありですわ!」
令嬢圧集中の間隙を突き、ヴェリノマの射撃!
同時に、ラファンの斬撃!
回避か?弾くか?どっちを?
リアンは敢えて、飛来する矢の方に向かい駆け出した。
既に回避は間に合わない。剣で矢を弾くべく剣を構える。
いつものように剣で攻撃の軌道を逸らせる型。
だが、矢が剣に接触したその瞬間!
「!?」
毒の矢が炸裂した!
まき散らされた毒を浴びるリアン!
だが、皮膚が爛れるより速く、内気功により、瞬時に解毒・回復させる!
「あら、見事な内気功ですこと!素敵ですわ!リアン様!」
自身に向かって迫るリアンに、無情にもヴェリノマは距離を取る!
背後からラファンと、レフィが迫る!
リアンはヴェリノマを追うのをやめ、護衛令嬢の攻撃に備える。
「くっ!」
躱しきれない攻撃により、リアンの体に傷が徐々に増えていく!
さすがは毒薬令嬢の取り巻きである。当然のように彼女たちのナイフには毒が塗ってあった。
常人が昏倒するレベルのそれを、リアンは即座に内気功で中和する。
「毒を中和しつつ戦闘とは、とても面白い芸当ですこと!」
目まぐるしく変わる戦闘の中で行動・判断しながら、解毒のために精神を集中する。
これが出来なければS級冒険者は名乗れない、そんな芸当であった。
「ですが、それがいつまで続くかしら?」
徐々に圧され始めるリアン。
今の状態で、彼女に勝機があるとすれば、護衛令嬢たちの『時間切れ』であろう。
薬物による身体加速は、対象に上位令嬢に匹敵する力をもたらすが、身体に無理をさせる都合上、長時間の戦闘行動には向かない。それは例え優雅なる令嬢であってもだ。
まして、先ほど1回戦闘した後である。
より強度の高い攻撃、運動をさせ続ければ、護衛令嬢たちは時間もかからず戦闘不能になるだろう。
だが、それがいつかはわからない。
「ままならないものですわ……」
リアンは呟く。
だが賽は投げてしまったのだ。撤退という選択肢はない。
(開けた場所では不利。せめて1対2に持ち込めれば……)
敵令嬢3人の攻撃を捌きながら、リアンは辺りを確認する。
狭い場所。
路地裏。
馬車の残骸。
廃墟。
路地に散乱したガラクタの影。
だが、当然上位令嬢たるヴェリノマが、そこへ逃げる隙を与えるはずもなく。
「逃がしませんわ!」
それらに飛び込もうとする前に、的確な射撃で封じてくる!
今や戦況はヴェリノマの方に傾いていた。
2匹の猟犬に追い立てられる、優雅な狩りの獲物たる兎。
それが今のリアンの姿であった。
「リアン様、苦戦なさっていますわねー……」
遠方の廃墟の屋根の上からオペラグラスで覗くのは醜聞令嬢ニーナである。
その手には対馬車トラップの起爆装置が握られていた。
先ほどの馬車爆破の原因である。
――ヴェリノマの馬車が通ったら、たとえ自分が乗っていたとしても、起爆しろ――
リアンからそんな依頼を受けたとき、あまりの荒唐無稽さに思わずニーナは笑ってしまったものである。
(でも、リアン様たってのお願いですものねー)
当然、言われた通り、一切の躊躇なく実行した。
結果として、リアンが優位になるわけでもなく、乱戦になってしまった。
「まあ、それで死ぬような人たちではありませんものね、リアン様も、ヴェリノマ様も」
一人呟きながら、既に用済みになった起爆装置を、パン屋で商品を選んでいるときのトングの如く、手持無沙汰気にカチカチ鳴らしている。
「生死を掛けた大舞台。皆さん、存分にその力を振るってくださいまし」
まるで庭先ではしゃぐ子供たちを見る母親のような微笑みで、戦場を見続けるのであった。
戦場を俯瞰しながら、ヴェリノマは満足げに笑う。
(どんなものが待っているのか期待していましたが、ずいぶんと面白いことになったものですわ)
昨日の夕方の事である。
――貴女の命を狙う者あり。外出は控えるように。
そのような内容の文がヴェリノマ屋敷に投げ込まれていた。
この街では、命の奪い合いは日常茶飯事であるため、警告の内容に意味はない。
だが『警告される』ことには意味があった。
誰かは知らないが、敢えて伝えてくる以上、単なる襲撃以上の何かが起きるという確信があった。
上位令嬢の勘というべきものか。
(ラファンさんと、レフィさん。選りすぐりの二人を連れて来てよかったですわ)
度重なる薬物投与と過酷な訓練により上位令嬢に匹敵する戦闘能力を持ちながら、極めて忠実に命令をこなす、護衛令嬢たちの中での最精鋭たるラファンとレフィ。
二人を前衛に、自分の毒魔法による支援があれば、誰であろうと返り討ちにできる、ヴェリノマが持ちうる最強の手札であった。
(あの
もうそろそろ幕引きの時間が近い。
愉しい時間は、いつもすぐに終わってしまうものである。
集中力が途切れたのだろうか、ついに膝をつくリアン。
持っている剣を杖にして、まだ立ち向かおうとヴェリノマをにらむその表情が非常に凛々しく、愛おしい。
ヴェリノマは嗜虐的に微笑む。
「名残惜しいですが、そろそろ終わりといたしましょうか、リアン様」
呪文を唱え、
主の攻撃に巻き込まれないよう、ラファンとレフィがリアンから距離を置く。
「さあ、覚悟なさいませ!」
だが!
矢を放とうとした次の瞬間!
自分たちを取り囲む廃墟が次々に爆発した!!
「は?」
まきあがる土煙!
一瞬あっけにとられるヴェリノマ、だがすぐに気を取り直し、2人の護衛令嬢に指示を出す!
「ラファンさん!レフィさん!退避を!」
だが、手遅れであった!
「「ごめんあそばせ!」」
未だ晴れぬ土煙の向こうから、二人の断末魔と爆発四散音が同時に響いた!
そして、――煙を切り裂き、リアンが迫ってくる!
リアンが仕掛けた爆発トラップは、地面に埋設したもの1個だけではなかった。
戦場となる路地、その周辺の廃墟にも設置してあったのだ。
そしてそれらは爆発するまで時間差を設けていた。
1段階目の馬車爆破でヴェリノマを討ち漏らし、乱戦となった時に、2段階目の爆発を期に反撃する。
直接爆殺できなくても、一瞬でも目を晦ませ、気を逸らせればそれで良かった。
だが実際、リアンが、2段階目の起爆時間まで生き残れるかは、賭けだった。
リアンは賭けに勝った。
「ホ、ホホホ!す、素敵ですわ!リアン様!まさかこんな隠し玉まで用意していたなんて!」
勢いよく迫るリアン!
ヴェリノマは手に持った弓を捨て、
だが、令嬢圧を込めた実体を持つ魔剣に、急ごしらえの実体無き剣が勝るはずもなく、打ち合った瞬間、砕け散る!
砕け散った毒の魔剣は毒の霧となってリアンを侵すが、その内気功によりたちまちに回復する!
ヴェリノマはリアンを引きはがせない!
「こっこれはいかがかしら!?」
次に
高密度の衝撃波ゆえ、例え毒によるダメージを抑えられても、衝撃波そのもののダメージは免れない!
対しリアンは、魔剣に令嬢圧、そして魔法力を込め、一閃とともに衝撃波を切り裂いた!
「な!?なんて器用な方かしら!?」
ヴェリノマはリアンを引きはがせない!!
「覚悟なさいませ!ヴェリノマ様!!」
迫るリアンの一閃!
ヴェリノマは避けられない!
「キャーッ!」
右腕を切り飛ばされ、膝をつくヴェリノマ。
リアンが見下ろす。
「け、形勢逆転と言ったところですか……ふ、ふふ、なかなか刺激的な展開ですわ……!」
「所詮は暗殺者。不意打ちばかりで相手を仕留めてきた者が、多少の用兵を覚えたところで付け焼刃でしたわね。ヴェリノマ様、いや暗殺者ヴェノム」
脂汗をにじませながら、ヴェリノマは怒る。
「な、なんて懐かしい名前……!リアン様、令嬢の過去を曝け出すなんて、それは失礼ではないかしら!?」
「私が勝者で、貴女は敗者。敗者が何かを要求できるなど、思わないことですわ」
「ふ、ふふふ……そうですわね、ええ、今日の事は実に学びの多い戦いでしたわ。次回までの教訓としておきましょう……」
笑いながら俯く、ヴェリノマ。
「否!貴女に次回はありませんわ!覚悟!」
迫るリアンの処刑人のごとき一撃!
うつむいたまま、ヴェリノマはポツリと呟く。
「
途端、その場から消え去るヴェリノマ!
空を切るリアンの剣!
何処に消えた?辺りを見回すリアン。
その背後から声。
「あ~……、これをまた使う羽目になるとは思いませんでしたわ~……」
リアンは振り向きざま剣で薙ぐ!
だがその一撃は、ヴェリノマの右腕で受け止められる!
ヴェリノマの右腕が再生した!?
――いや違う!
ヴェリノマから溢れた毒液が右腕の形に変形しているのだ!
ヴェリノマは毒液を固めた手で魔剣を握り、リアンごと持ち上げ、振り回し、地面に叩きつけた!
「キャーッ!」
ワンバウンドし、転がりながら距離を取るリアン!
下級令嬢すら、薬物投与により上位令嬢に迫る戦闘力を発揮する。
では、上位令嬢が薬物投与すれば?
最早人知を超えた力を発揮するのは自明の理であろう!
幽鬼のごとき目でリアンを睨むヴェリノマ。
「リアン様~……私、これを使うと、後でとてもひどいことになりますの~……」
ヴェリノマは両手に
その緑の髪が逆立つ!
「だから、せめてリアン様はもっとひどいことになってくださいませ!!」
「知ったことでは、ありませんわ!ヴェリノマ様!!」
両者互いに接近し剣を打ち合う!
先ほどと違い、
二人は廃棄区画を縦横無尽に駆け回りながら攻撃を続ける!
打ち合うごとに発生する衝撃波は、周辺の廃墟を腐食し、粉々に砕いていく!
「キャーッ!」「ワァーッ!」「ヒィーッ!」「やめてくれーッ!!」
哀れにも余波に巻き込まれた廃墟を根城にしていた者たちから悲鳴があがる!
だが両者一切構わず、互いを殺すための剣戟を続ける!
「キャーッ!」「ワァーッ!」「ヒィーッ!」「やめてくれーッ!!」
悲鳴と破壊音の中、剣戟が続く!
おお、恐ろしい!それはまさに乱数軌道で動き回る破壊竜巻のごとく!
上位令嬢同士の戦いはかくも終末的光景を生み出すのか!
優雅である!
更に何度かの打ち合いの後、地面に着地し、距離を取る二人!
そこは最早用途を忘れられた巨大廃墟の庭園広場であった。
不敵に笑うのはヴェリノマだった。
「ふふ、どうやらツキは私の方にあったようですわ」
その言葉に辺りを見渡すリアン。
敵。その数10。ヴェリノマの護衛令嬢たちだった。
「戦いは、数ですわ。ええ、拙い用兵でしょうけども、リアン様一人を葬るに十分でしょう。いざ皆様!リアン様を成敗してくださいませ!」
同時に襲い掛かる薬物強化済みの10人の護衛令嬢たち!
1対10は、あまりにも一方的である!
身構えるリアン!
だが、今の状況を抜け出す方法は……なかった!
危うし!リアン!
ふとリアンの懐に収めている
それは令嬢ムソウを討伐したときに獲得したものであった。
(なんだ?)
その光を意識した瞬間、リアンの精神は、鈍化した時間の中に沈んだ。
ふと気が付くと、そこは見覚えのない宮殿だった。
目の前に、リアンがいる。
そしてその目の前に、リオンがいた。
二人は並んで歩く。
やがて庭園にたどり着く。
色とりどりの花の生垣の先、その中にたたずむ四阿。
テーブルの向こう、椅子に座っているのは令嬢ムソウだった。
そしてその傍らに立つ筋骨隆々のハゲ頭の男。
見覚えがある。
かつて自分が倒した相手。
追い詰めるも、逃した相手。
そして先日、引導を渡した相手。
賞金首、国家指名手配犯、怪力無双の大山賊首領。
(ムソウ。そしてゴラス?倒したはず?なんだ?これは)
「リオン、てめえ、なんてザマだよ!ああ!?」
開口一番罵声を浴びせてくるゴラス。
「だらしない真似をしているんじゃあ、ありませんわ!リアン様!」
同調するムソウ。
「てめぇの生き死になんてどうでも良いんだよ、俺は。上位令嬢サマにボコられて正直ざまあ見ろって思ってる。だがな」
「私に勝っておきながら、他の誰か、ましてや格下の令嬢どもに敗北するのは、私の
「だからよ」
「ですから」
リオンとリアンに向かって、拳を向けるムソウと、ゴラス。
「ちょっとだけ力を貸してやらあ!」
「我が令嬢奥義、貸して差し上げますわ!」
「群がる木っ端共にぶちかましてやれ!」
「ぶちかましてやりなさいな!」
鈍化した時間が終わる。現実に戻る。
10の凶刃がまさに目前に迫る中、刹那湧き上がる確信とともにリアンは高らかに叫んだ!
「――
白銀のドレスが、黄色に輝くと同時、リアンの体は10人の刃をさながら樹齢千年を超える大樹の如くその体で受け止めていた!
どの箇所も傷は一切ない!
「ど、どういうことですの!?」
驚愕するヴェリノマを置き去りにし、リアンは次の技の構えに移る!
さらに膨れ上がる令嬢圧!
さながら古代竜の咆哮のごときそれは、薬物により恐怖を捨てたはずの護衛令嬢たちを恐れ慄かせた!
「――
思わず恐怖に飛び退く護衛令嬢たちだが、もう間に合わない!
リアンは拳を振り上げ、地面に叩きつける!
リアンを中心に発生した大質量の破壊エネルギーは、護衛令嬢たち10人を飲み込み、その体全て、断末魔ごと、この世から消滅せしめた!
「な、なんですの!?何が起きましたの!?」
頭を抱え混乱するヴェリノマに向け、再び剣を構えるリアン。ドレスは既に元の白銀に戻っている。
「なんてことかしら!?リアン様!貴女一体、何なんですの!?い、意味が解りませんわ!」
リアンは応えない。
「もう!だんまりなんて、リアン様、酷いお方ですわ!でも私、俄然あなたに興味が出てきましたわ!」
護衛は全滅!
だがヴェリノマの瞳はかえって闘志にギラギラと輝いている!
そんな彼女をリアンはまっすぐに見つめる。
「取り巻きがいなくなったからと言って、おめおめと逃げ出すのが上位令嬢ではありませんでしょう?ヴェリノマ様。――貴女の全てを尽くしてかかってらっしゃいませ!」
リアンは剣を、鞘に納める。
そして構えすら解く。一見無防備なその姿勢。
だがヴェリノマは直観的に理解していた。
これが、リアンの持ちうる最大の一手なのだと。
「よろしくてよ!リアン様にも上位令嬢たるものが何なのか理解できていらっしゃるようでなによりですわ!いざ!
それは捨て身奥義の更なる最終段階!
ここにきて後の事を考えるなど愚の骨頂!
両者には、今、この瞬間が全てであった!
日が昇る。
庭園に、瓦礫の隙間から日の光が注がれたその瞬間、ヴェリノマが駆け出す!
それは音を置き去りにした、最早不可視の前進!
そしてミリ秒の後、互いに必殺の間合いに入った!
ヴェリノマがリアンに斬りかかる……!
その刹那抜き放たれる、リアンの奥義!
魔剣という限界まで堅牢な構造物に、気功、魔力、そして令嬢圧を込め、抜き放つそれはまさに神話に語られる物理現象を超越した、万象を絶つ一閃!!
(ああ……)
自分の
暗殺者として生きて、そのまま暗闇で死んでいくはずだった。
組織が壊滅した段階で、生きる意味も見いだせないまま消えるはずだった。
ただ、きまぐれにふと溢れてきた「死にたくない」という気持ちで、当てもなく逃走。
追い詰められる形で、入り込んだこの街で、期せずして訪れた延長時間。
穏やかな時間だった。
馬車で爆速する快感を知った。
信を置いてくれる部下たちを得た。
自分を認めてくれる友を持てた。
矜持や誇りが己の中に宿った。
――そして今、虚しい敗残兵処理としてではなく、自分を戦士として全力で華々しく斃そうとしてくれる好敵手が現れてくれた。
結局、この歪な都市での歪な10年間は、十分に楽しめたと思う。
その上で最期は冷たい夜の闇の中ではなく、暖かい曙光の中での死。
自分の終局にしてははあまりにも上出来であった。
(ふふ……)
「ひええ……」
リッサはおびえながら、廃棄区画を進んでいた。
結局、屋敷でただ待っていることが出来ず、こんなところまで来てしまったのだ。
無謀だと自分でも思う。
だが、来なければきっと後悔するだろうという確信がどこかにあった。
さっきまで響いていた爆発音やら、破壊音やら、悲鳴やらは、もう収まっている。
朝日でうっすら明るくなっていく中、徐々に見えてくる廃棄区画を襲った破壊痕の数々に息をのむ。
何が起きたのかさっぱりわからない。
だがとても恐ろしいことが起こったのは間違いないのだ。
「ヴェ、ヴェリノマさま~!どこですか~……!?」
か細い声で、主を探す。
やがて、大きな廃墟の庭園に立つヴェリノマを発見する。
「あ!ヴェリノマさま……!」
リッサの主は、誰かと対峙していた。
ヴェリノマは毒々しい色の剣を構え、相手の令嬢に向かって行き、対して、相手の令嬢は腰に構えた剣を抜き放った。
リッサはその斬撃を見た。
それが過たず己の主を、その手に持った剣ごと両断する様を目視した。
「ごめんあそばせ!」
ヴェリノマは、爆発四散した。
相手の令嬢は、剣を鞘に納めると、ヴェリノマの残した痕から何かを拾い上げた。
「あ……、あああ……!!!」
絶望の声を上げ、おぼつかない足取りで主の爆発四散痕に駆け寄るリッサ。
そんな彼女に構わず立ち去ろうとする白銀の令嬢。
「待って!待ってください!待って!」
リッサが彼女を呼び止めるべく、声を掛けても、無視される。
呼び止めたところで自分に何ができるだろうか?
心の片隅でためらいがあった。
だが、リッサにはそうする必要があると思った。そうしなければならないと思った。
そしてリッサは思い出す。令嬢の礼を。名乗ったなら名乗り返さなければならない
震える体を必死に抑えつけ、震える声を必死に抑えつけながら、リッサは挨拶をする。
「ご、ごきげんよう!わた、わたくしは、リッサと申します……!」
白銀の令嬢は、足を止め、振り返り、ようやく視線をリッサに向ける。
そして挨拶を返す。
「ごきげんよう、リッサ様。私は、リアンと申します」
「リアン様……!貴女……!許さない!ヴェリノマ様の仇!わあああ!!」
リッサは飛び掛かるが、あっさり避けられ、すれ違いざま鞘で背中を叩かれ、地面に倒れ伏した。
そのまま戦闘不能。
リッサは令嬢圧も少ない、ろくに戦闘経験もない、薬物による加速もない、ただの令嬢である。
リアンとの圧倒的実力差を肌で感じ、恐怖していた。
それでも闘志は消えることなく、這いつくばりながらリアンを睨んでいた。
リアンは、彼女を見下ろし、しばらく沈黙した後、静かに宣言した。
「再び会った時、貴女がその矜持を持ち続けているのなら、全力でお相手いたしますわ」
朝日が、白銀の令嬢をキラキラと照らした。
「ではごきげんよう、リッサ様」
這いつくばるリッサに優雅なカーテシーを向け、踵を返し、立ち去るリアン。
彼女は、朝日のカーテンの中、吹いた風で巻き上がった土煙の中に消えていった。
「う、うぅ~!!」
リッサはただ、泣き崩れるのみであった。
VS毒薬令嬢ヴェリノマ 完
続く。
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