第5話 VS毒薬令嬢ヴェリノマ②
王国歴387年2月2日 AM3:55
ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ
外郭第8番ストリート 通称『令嬢スラム』
「ごきげんよう。皆様。それで、これは、一体何が起きているのかしら?」
緑のドレスに緑の髪の令嬢が、笑顔の中にやや困惑を込めた顔で、質問する。
歩み出るリアン。
「ごきげんよう、ヴェリノマ様、ご無沙汰しております。リアンですわ」
同じ上位令嬢との期せぬ出会いにヴェリノマの顔が明るくなる。
「あら、あら、ごきげんようリアン様。お久しゅう。まさかこんなところで出会うとは、思いませんでしたわ」
「通りかかった折、このマリオン様方が、良からぬことを企んだ者たちを制圧している所を目撃いたしまして、微力ながら助太刀しておりました」
リアンの言葉に、笑顔を浮かべるヴェリノマ
「まあ!なんて素敵なのかしら!
「お褒めに預かり光栄ですわ。しかしヴェリノマ様の助けがなかったら、どうなっていたことか」
「ホホホ、リアン様ったらご謙遜を。私はただ、夜中に馬車をすごい速度で走らせてた結果、よくわからない物体に追突した程度で、大したことなどしておりませんわ」
「グガアア!!」
復活する馬車獣!
「お前!この俺に、追突するなど!どういう、つもりだ!前を、見て、運転しろ!安全に!」
「あらあら、まあまあ。これはまた変な生き物ですこと」
「黙れ!緑の令嬢!お前から、先に、選別してやる!」
伸びる拉致アーム!
ヴェリノマは身をひるがえし、紙一重でアームを避ける。
「ああ、恐ろしいー!私、怖くてたまりませんわー!!護衛の皆様―!是非私を守ってくださいましー!」
そのあからさまに演技丸出しなその言葉に、馬車から躍り出る、2つの影!
「「はい!ヴェリノマ様!」」
2人の護衛取り巻き令嬢――メイド服風のドレスに身を包んでいる――は返事とともに、スカートの下のホルダーから二刀のナイフを取り出し、常人には捉えられぬ速度で駆け出した!
「なんだ!?貴様ら!」
向けられた拉致アームを躱し、馬車獣にまとわりつくように動きながら手に持った二刀のナイフで切り刻んでいく!
それは、さながら、巣を脅かす外敵に対し、群がり攻撃するスズメバチの如く!
「グアアアッッ!」
膂力に任せたその斬撃は、馬車獣の部品を次々と破壊し、はぎ取っていく!
2人とも令嬢圧を視れば婚約破棄回数1回以下の下級令嬢とわかる。
だが彼女たちのそれは、まさに上位令嬢に匹敵する攻撃力、そして運動性であった。
(異常な動き、身体加速か)
リアンは彼女たちを観察しつつ、攻撃に加わった。
剣に魔力を込め、叩きつける!馬車の一部が木片となり砕け散る!
「お前ら!暴力的!最早、選別の、必要なし!排除する!」
馬車獣がアームをスウィングし、護衛令嬢の一人を捕らえ、弾き飛ばす!
地面に叩きつけられ転がる護衛令嬢!だが、跳ねるように起き上がると再び馬車獣に襲い掛かった!
一切ダメージを負ったそぶりがない!
(痛みと恐怖を取り除いているのか)
異常な身体加速、そして恐怖と痛みの除去。
過去存在したという暗殺教団のやり口だ。
(薬物投与による……暗殺者の育成)
リアンは馬車獣への攻撃を続けながら、静かに分析する。
「お前ら!俺を、なめるな!」
吠える馬車獣。
ヴェリノマは頬に手を当て、困ったようにつぶやく。
「ふむ、いささか、決定打に欠けますわね……埒があきませんわ」
ヴェリノマは微かな声で呪文を唱え、そして虚空から禍々しい色の矢を出現させる。
(あれは毒の魔法、
そして背後から取り出した弓につがえ、
「食らいなさいませ!」
放った!
ヴェリノマの射撃に、護衛令嬢たちが打ち合わせもなく、馬車獣にから飛び退く!
リアンも続く!
毒の矢は、馬車獣に直撃すると、その大半を浸食し、崩壊させ、爆散させた!
(腐食毒矢に
「ガアアッ!!」
気体状の腐食毒を矢の形に固定し、さらに破壊魔法まで上乗せする。
その魔法技巧を自在に扱えた人物は、王国の記録において一人のみ。
(間違いない、暗殺者ヴェノムだ)
始末者の名簿に載っていた名前であった。
10年ほど前の話である。
王国に一人の暗殺者がいた。
毒魔法を巧みに操り、遠近問わず多くの状況での暗殺を成功させたという。
だが、国家の手により所属していた組織が壊滅し、彼は一人逃走。
記録によれば、追跡を逃れるためにデッドスペースシティに入り、以降消息不明である。
令嬢ヴェリノマは自分が実行した破壊の成果に、満足げに頷いた。
そしてリアンに声を掛ける。
「リアン様!露出したコアをお願いしますわ!」
「承知しましたわ!」
リアンは魔剣に令嬢圧を込め跳躍する!
「させるか!」
再び出現するアームが飛翔するリアンに殺到する!
だが、
「目標!令嬢の敵!撃てーーーッッ!!」
「よくも令嬢にダメ出ししてくれましたわねーーーッ!!」
「大体なんで、貴方みたいな面白生物に私たちが選別されないといけませんのーーーーッ!!」
復帰した官憲令嬢たちの拳銃の一斉掃射!
「ぬう!!」
弾丸に令嬢圧が乗り、制圧効果が上昇!
アームの動きを阻まれる!
ついに妨害を突破しリアンは馬車獣のコアに到達!
「やめろ!そこを、破壊されたら、俺は、死んでしまうぞ!いいのか!?」
リアンは構わず無防備になったコアに令嬢圧を込めた剣を突き刺さし……破壊した!
馬車獣の崩壊が始まる!リアンが飛び退く!
「グワーッッ!!無念!!俺に、ふさわしい、令嬢に、出会いたかった!来世に、期待!」
リアンが地面に降り立つと同時、馬車獣は辞世の句とともに爆発四散した!
「悲しい物語ですわ……」
マリオンがぽつりと呟いたが、その言葉は風にかき消された。
「ご協力感謝しますわ!リアン様!ヴェリノマ様!」
マリオンが、リアンとヴェリノマにお辞儀する。
「お役に立てて、うれしいですわ」
「困った方に助太刀するのは上位令嬢の義務ですわ」
マリオンは再度礼を言う。
「本当にありがとうございました!このご恩は必ず!では、我々は、現場確認が残っていますので」
ここから先は、警官の役割である。リアンにもヴェリノマにも残る意味はなかった。
「ええ、私たちはこれでお暇いたしましょう、ヴェリノマ様」
「そうですわね、リアン様。では警官の皆様、ごきげんよう」
「「「「「ごきげんよう!」」」」」
官憲令嬢たち全員が敬礼で見送った。
「リアン様、いかがかしら?よろしければ送って差し上げますが?」
別の方向に歩き出したリアンを、ヴェリノマが止める。
「ではお言葉に甘えて」
リアンは承諾した。
「ふふ、さあ行きましょう。素敵な帰り道になりそうですわ」
馬車は進む。常識的な速度で。
ヴェリノマの左右に護衛令嬢、そして正面にリアン。
馬車が動き出してから今まで、ずっと沈黙が続いている。
「さて、リアン様、先ほどからずっと、私のことを随分と情熱的な目で見ていらっしゃいますが、どうしましたの?私、困ってしまいますわ?」
笑顔のまま、切りだすヴェリノマ。
「まず断っておきますが、ヴェリノマ様、私、あなたに恨みはありませんの」
「あら」
「あと、この先、対馬車トラップが仕掛けてありますの。止まることをお勧めいたしますわ」
「あらあら」
馬車は止まらない。
「国家からの依頼です。不肖リアン、ここであなたを討たせて頂きますわ」
「あら、まさか外からの命令で、こんなところまでいらっしゃったの?それは、また律儀にどうも。うふふ」
ヴェリノマが笑う。
「でも、貴女、『今の状態で』どうなさるおつもり?指一つ動かせないでしょう?」
馬車という密閉された空間で、毒散布が始まっていた。
ヴェリノマとリアンが馬車に乗り込み、発車したときから既に。
「あまりにも貴女が情熱的に私を見るものですから、つい。ごめんなさいね?」
皮膚から身体に浸透し、全身の神経を麻痺させる毒。
「確かに、外には今でも私に死んで欲しい方々がたくさんいらっしゃるでしょうけど。そんな方たちのために暗殺者の真似事とは、リアン様、ずいぶんとつまらない事のために剣を振るっていらっしゃいますのね」
対象には身体の異常に気付かせず、しゃべるだけの能力だけを残す、見事な毒魔法技巧であった。
――リアンが気付くのに少しでも遅れれば、ヴェリノマの勝利で終わっていただろう。
「謝罪には……及びませんわ!」
リアンは剣を抜き放った!その身体機能に陰りなし!
「あら、リアン様、内気功を扱えましたのね。すっかり油断しましたわ」
内気功は、身体強化の他に、毒などの薬物に対する耐性を上げる。
先ほどの戦いで、リアンは内気功の使用を封じていた。これも、今この時のためだ。
「ご覚悟!」
そしてヴェリノマに向け、振り下ろした!
だが護衛令嬢のナイフがそれを受け止めた!狭い車内では、リアンの剣よりも、彼女たちのナイフの方が速かった!
悲しそうに眉毛を下げるヴェリノマ。
「残念ですわ、外のしがらみなんて、ここにはありませんのに」
「私には……外に戻る理由がありますので」
「……そうですか、では、問答の必要はありませんわね」
「ええ」
会話が途切れ、コンマ数秒、馬車が進み……路上に仕掛けられていたトラップを踏み、爆発!
上空に跳ね上げられ、木っ端みじんに砕け散る馬車から躍り出る影4つ!
彼女たちは地面に降り立つと同時、1対3で向かい合った!
「いざ、来なさいな!リアン様!」
「参ります!ヴェリノマ様!」
馬車の残骸が地面に落着すると同時、双方が駆け出した!
続く。
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