第一章 VS毒薬令嬢ヴェリノマ

第4話 VS毒薬令嬢ヴェリノマ①

王国歴387年1月24日 AM2:53

ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ

外郭第8番ストリート 通称『令嬢スラム』


「助けてぇーーッ!!」

 叫び逃げるいたいけな令嬢を追う2つの影あり!

「イヤァーッ!やめてくださいましーッ!私、貧乏なので金目のモノなんて持っていませんわーッ!」

「オーホホホホ!あるじゃあありませんの!」

「オーホホホホ!それは貴女の命ですわーッ!!」

 獲物を求め深夜徘徊する強盗令嬢たちだ!実に優雅である!

「私たち、今宵は誰かの命を奪いたくてたまりませんのーッ!!」


「ヒィーッ!!」

 あまりの恐怖に躓き倒れる貧乏令嬢!つぎはぎだらけのボロいドレスだ!

「では、頂きますわーーッッ!!お覚悟遊ばせ!」

「お命、パクパクですわーーッ!!ユーシャルダーイ!!」

 2人の賊の優雅な凶刃が、哀れな犠牲者令嬢に届かんとしたその瞬間!



 弾丸のごとき高速度で接近する緑色の馬車!

「なっ!?」

 2人の賊は回避が間に合わず車輪に巻き込まれる!

「ギャーッッ!!」

「ごめんあそばせーー!!」

 一人は弾き飛ばされ、一人は爆発四散した!


 惨劇を起こした馬車は、少し進んだところでゆっくりと静止した。


 巻き込まれることのなかった貧乏令嬢はしばし呆然とする。

 その間に、止まった馬車より降りてくる馬車の主、それは緑色のドレスに緑色の髪の令嬢であった。

 きわめて優雅である。

 彼女は混乱するボロドレスの令嬢におもむろに挨拶をする。

「ごきげんよう、私は、ヴェリノマと申します」

「ご、ごきげんよう!私は、リッサと申します。た、助けていただきありがとうございます!」

 挨拶を終え、恐怖から解放された安堵で、泣き崩れるリッサ。

「いいえ、困っている人を助けるのは上位令嬢の義務ですわ」

 気高い上位令嬢のオーラに貧乏令嬢リッサは涙した。

(ああ!なんてすばらしいお方!きっと彼女こそが偉大なる令嬢神の遣わせた天使令嬢に違いない!)


「さて、リッサ様。見ると住む場所にも困っているご様子。いかがかしら?私の館に来ませんか?貴方さえよろしければ、住み込みで働いていただくこともできますわ。当然それなりのお賃金もお支払いいたします」

 陰りの一切ない笑みのヴェリノマ。

 もはやリッサは、心の中で忠誠を誓っていた。

「は、はい!是非にも!」

「では参りましょうか……皆様方、出立の準備を」

 御者と取り巻きの令嬢たちが馬車から降り、発車準備を進める。

 リッサはふと、御者の一人が重傷で這いつくばる強盗令嬢を抱え、運搬するのを見た。

「え、あ、あの、彼女も乗せるのですか?」

 ヴェリノマはうなづく。

「ええ、働き手は多い方がたのし、頼もしいですから」

(ああ!悪党にまで慈悲を与えるなんて、なんて素晴らしいお方なのだろう!)

 リッサは三度みたび感涙した。


 さて。リッサが馬車に轢かれなかったのは幸運か不幸か。

 もし緑色のドレスの令嬢が、上位令嬢会インナーサークルに所属する令嬢であり、毒薬令嬢の二つ名を持っていると知っていたら、彼女は馬車に乗っただろうか?


 運命は、どう転ぶかわからない。

 何も知らないただの貧乏令嬢リッサは、木の葉が川に流されるように、ただ運ばれて行くのみであった。





王国歴387年2月1日 AM10:33

ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ

アップタウン第3番ストリート 通称『上位令嬢屋敷街』

醜聞ゴシップ令嬢ニーナの屋敷 応接間



「まぁ、スラムで人さらいですの?」

 灰色のドレスに灰色の髪、屋敷の主人令嬢ニーナが応接するのは、警官のようなドレスに身を包む令嬢であった。名を官憲令嬢マリオンと言う。

「そうなのです」

 マリオンはそこで紅茶を一口飲む。

「夜中に高速で馬車で現れ、弾丸のごとき速度で路上の浮浪者令嬢をさらっていきますの。我々もほとほと手を焼いているんです」

 カップをソーサーに置く。

「あまりにも速くて我々の馬車では追いつけない。実に情けない限りですわ……!」

 悔しさをにじませ拳を握るマリオン。

「あら皆様の努力は、いずれ実を結びますわ。夜遅くまで頑張っておられますもの」

 ニーナの慰めに、やや自嘲気味に笑うマリオン。

「……激励いただきありがとうございます、ニーナ様。ええ、我々は必ずや仕事を全ういたしますわ」

 治安維持に燃え決意を新たに、改めてニーナを見つめるマリオン。

「してニーナ様、ゴシップ令嬢と名高い貴方です。ここでお願いなのですが、犯人について何か有益な情報などご存じではありませんでしょうか?どんな些細なことでも構いませんわ」

 問われ、頬に指をあて、うーん、と考えるニーナ。しばしして眉毛を下げ、申し訳なさそうに笑う。

「申し訳ございません。存じ上げませんわ」

「そう、ですか、いや失礼いたしました。朝早くからの訪問を受け入れてくださりありがとうございましたわ。では本官はお暇させていただきます。もし今後情報など入りましたら是非、我々に一報頂けますと幸いですわ」

「ええ、承知いたしました」

「では、ごきげんよう」

「ごきげんよう」



 マリオンが応接間から退出するのを見送り、ニーナは紅茶に口をつける。

 彼女が二口飲んだ後、応接間に通じる隣室の扉を開け、何者かが入ってきた。


 白銀のドレスに白銀の髪、我らが主人公令嬢リアンである。


「ダンジョン化した街にも警官なんてものがいるのですわね」

 窓の外、官憲令嬢が屋敷から去っていくのを眺めるリアン。

「ええ、ダンジョン化する前からこの都市で警官をしていた方たちですの。変異以降も変わらず生業を続けていなさる方々。実に生真面目でいじらしい方たちだと思いませんこと?」

 座ったまま、カップを片手に愛おしそうに笑うニーナ。


 令嬢化の変異の発端となる異界化が発生したのは20年前である。

 都市住人の、しかも令嬢に変異する前後の人物情報を何故知っているのか。

 リアンは穏やかに座るニーナを胡乱な目で見る。

「それで、貴女は貴女で情報屋の真似事をされていますのね、ニーナ様。まったく……一体どこでそんな情報を手に入れてくるのかしら?」


 リアンが知る限り、ニーナが屋敷を出ることはほぼない。

 それでも、彼女はこの街の情報に非常に詳しい。

 それどころかリアルタイムで把握している節まである。


 実に得体の知れない情報収集能力である。


 そして自分もまたその能力の網に絡み取られていることをリアンは自覚していた。

 なにせリオンがリアンとしてデッドスペースシティに入った後、1時間と経たずに接触してきたのがこのニーナなのだ。


 ニーナは飲み終えたカップをソーサーに置いた。

「ええ、情報の提供に関しては、そう、趣味と、実益ですわね。そして情報の出所につきましては、ふふ、勿論、秘密ですわ。で、そんなことよりも」

 面白いことを思いついたとばかりにパンッと手を叩くニーナ。

「如何でしょう?リアン様、夜な夜な現れるという、不届きな人さらい、貴女の手で成敗してみませんこと?」

 その言葉にリアンは呆れる。

「このダンジョン都市の治安維持なんて興味ありません。私には関係のない話ですわ」

「いえ、そうでもありませんわよ」

 ニーナはにんまりと笑う。リアンの回答を見越していたと言わんばかりである。

「ここだけの話ですが、例の人攫いが頻発しているストリートは、上位令嬢会インナーサークルのヴェリノマ様がよく通られる場所ですの」

「……ヴェリノマ様?」

 リアンは記憶を辿る。そして思い至る。

 リアンの挨拶の場にいた緑のドレスに緑の髪の令嬢だ。


 始末リストにもある、斃すべき相手である。


「あの方も夜、馬車を走らせるのが好きなのですわ。まるで弾丸のような速度で、ね」

 実にあざとい言葉選びである。

「……彼女が、件の人さらいだと?」

「さあ?どうでしょう?」

 思わせぶりな態度のニーナ。


 上位令嬢会の令嬢屋敷は堅牢極まりない。襲撃するにしろ侵入するにしろ、一苦労だろう。

 だが、馬車での移動中ならルート上にあらかじめ罠を張り、奇襲を仕掛けられる。

 また取り巻きの護衛令嬢の数も限られるため、返り討ちのリスクも抑えられるだろう。


「どちらにせよ、リアン様にとって好都合ではありませんこと?」


 黙して計算するリアンの思考を見越したかのように、ささやくニーナであった。




王国歴387年2月2日 AM3:41

ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ

外郭第8番ストリート 通称『令嬢スラム』


 廃棄された教会の屋根の上。潜伏するは我らが主人公令嬢リアンである。

 彼女は暗色のマントをかぶり、暗視オペラグラスを手にストリートを眺めていた。

 道の上には何十人かの浮浪者令嬢。

 不規則に徘徊したり、物乞いしたり、グループで固まり火に当たっていたりする。


 たまにガラの悪い暴漢令嬢が路地裏から出現し、他の浮浪者令嬢を襲ったり返り討ちにあったりしているぐらいで特に変わったことはなし。


 悲鳴と爆発四散音が何度か響き渡るが、目的の馬車はまだ現れない。

 監視を始めてかれこれ3時間が経とうとしていた。


「今日はハズレか?」

 リアンは呟く。

 撤収も考えた、その時。


 けたたましい音を鳴らし、路地を爆速で走る影!馬車だ!

 馬車は路地の中でも特に多い浮浪者のグループを目ざとく見つけ、直進している!

(現れたか!)

 リアンは身を起こし、マントを外すと一気に駆け出す!

 屋根から屋根へと飛び移りながら、一直線に現場へと向かう!




「な、なんですの!?」

 馬車は怯える浮浪者たちの前で止まり、スライド式の扉を開け拉致実行者たちを解き放った!

 全身黒づくめ、顔は見えない。だが異常なほど巨大な体躯をしていた。

 気圧されるように下がる浮浪者令嬢たち!

 このまま浮浪者令嬢たちは一網打尽にされてしまうのか!?


 と、その時!

「動くな!警察ですわ!」

 叫び声は浮浪者たちから聞こえてきた!

 浮浪者たちは身にまとったぼろドレスをバッと脱ぐと、その下には官憲令嬢のドレス!

 既に皆がリボルバー拳銃を構えている!

「浮浪者に扮し、待ち構えた甲斐がありましたわ!さあ!全員お縄につきなさいまし!」

 官憲令嬢たちの威圧に、拉致実行者たちは、一瞬ひるむも、

「「「拉致!実行!!」」」

 拉致実行に対する不退転の意志を込めた恐ろしい叫び声をあげ、官憲令嬢たちにとびかかった!

「撃てーッ!!」

 対し官憲令嬢たちは制圧射撃を開始!

「「「ギャーッッ!!」」」

 無数の銃撃音が響き、やがて拉致実行者たちは完全に制圧された。

 馬車内の人員含め、射殺完了!


「やりましたわ!」

「これで一件落着ですわね!」

 浮かれる官憲令嬢たち。その場でティーパーティでも始めんとする勢いである。


 だが!突如動き出す馬車!

「なっ!馬車がひとりでに動き出した!?」

 驚愕する官憲令嬢たちの前で、馬車は轟音をたてて、ガラクタをつぎはぎしたような四足歩行の獣の姿へと変貌した!

「お前ら!令嬢だろ!俺に!乗れ!!」

 そして人語で叫ぶのだった!

「こっこれは、まさか魔法生物!?」



 さて皆さんは付喪神というものをご存じだろうか。

 長く大事に使われた器具が、本来無生物にもかかわらず、持ち主の念を受信し生命を獲得し生物になるという、物を大事に扱って欲しいという教訓が詰まった伝説である。


 そして歪んだ魔力空間であるダンジョンにおいては、そんな奇跡みたいな伝説に似た事象が、もっと短絡的に、かつそれなりによく発生するのだ。


 ダンジョン内で死んだ者の強い感情を含む念がダンジョンの魔力により増幅され、漂泊の果てに本来無生物であるはずの物品に宿り、モンスターが誕生する。

 その手のモンスターを一般に魔法生物と呼ぶ。



「俺は、かつて、御者だった……」

 馬車獣は語りだした。魔法生物の中にはこういう知能を持つタイプも存在するのだ。

「だが、主人は、別の令嬢に、戦いの末、敗れた。あろうことか、その巻き添えで、俺も、死んだのだ」

「悲しい話ですわ」

「だが、俺は、馬車と融合し、蘇った。新たな、俺に乗ってくれる、令嬢を、探し、彷徨っている」

「そういうことでしたのね。悲しいですわ。それで、さっきの拉致実行者共は一体何だったんですの?」

「拉致した、令嬢を、載せてみて、俺が、気に入らないと、判断したとき、適当な、組織に、売るための、人員たちだった。ついでに、拉致も、手伝わせている。今のところ、俺に、相応しい、令嬢に、会ったことがない!」

「こいつ、質が悪いですわ!」

「黙れ!お前らも、我が主人に、相応しいか、選別してやろう!グガアア!!」


 襲い来る馬車獣!

 発砲し応戦する官憲令嬢たち!だが魔法生物にただの銃弾は制圧効果が薄い!


「キャーッッ!!」

 馬車獣から拉致アームが伸び、官憲令嬢の一人を捕まえ、そのまま己の内へと放り込んだ!

「不適格!」

 そして即座に放り出す!

「なっ何が気に入りませんでしたの!?」

「うーん、ちょっと、重い」

 とたん泣き崩れる官憲令嬢。

「なんてひどいことを!貴方に人の心はありませんの!!?」

 抗議するマリオン!

「黙れ!俺に、相応しくない、お前らが、悪い!次!」


 次々と拉致アームを伸ばし、放り入れては放り出し、その上無慈悲にダメ出しまで行う馬車獣!

 官憲令嬢たちは心を折られ、次々と戦闘不能!

「残るは、貴様だけだ!いざ、選別!頂きます!」

 全弾討ち尽くし最後に残った絶望顔のマリオンに、拉致アームが迫る!

「イヤァ―ッ!ダメ出しやめてーッ!!」


 だが!そこに割り込む白銀のドレス!

 その手の剣で拉致アームを弾き返す!


「あ、貴方は!?」


 リアンはマリオンを肩越しに見る。そして挨拶する。

「ごきげんよう、マリオン様、私、リアンと申します」

「ご、ごきげんよう、リアン様、私、マリオンと申します」

「マリオン様、ここは私が引き受けます。態勢を立て直して下さいませ」

 リアンの決意の込められた強いまなざしに、マリオンは一気に勇気づけられた。

 リアンが何者で何の目的で現れたのかなど、問答の一切必要なし!

「はい!リアン様!」

 マリオンは即座に駆け出し、同僚たちの救護を始めた!


「おお、なんだ、貴様は?多少、太ももが美しく、腕に覚えが、ありそうだが、この俺様に、通用しない!お前も、選別してやろう!」


 再び迫る拉致アーム!

「はっ!」

 受け、逸らし、返す刃で拉致アームを切断する!

「ぬう!ちょこざいな!だが、アームは、まだあるぞ!」


 馬車獣の胴体より4本の拉致アームが出現する!

「どうだ!恐れおののけ!お前が、俺に、選別されるは、最早必然!いざ、せんべ、グワーッッ!!!」

 セリフの途中で突然吹き飛ばされる馬車獣!

 一体何が起きたのか!?


 数秒、時を戻そう。


 暴れる馬車獣の背後、弾丸のごとく迫る緑色の馬車があった!


 緑色の馬車は一切の減速なく、馬車獣に突撃し、その体を十数メートル吹き飛ばし、付近の廃屋に激突させた!


 馬車はしばらく進み、ゆっくり止まる。

 中から緑色のドレスに緑髪の令嬢が優雅に現れた。

「ごきげんよう。皆様。それで、これは、一体何が起きているのかしら?」



ヴェリノマ=V=マグナカルマ


通称……毒薬令嬢ポイズンレディ


婚約破棄回数……4回




 続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る