第3話 公爵からの依頼

王国歴386年12月14日 AM2:00

ファンダルク王国 首都ファンダリア

冒険者ギルド本部応接室 通称『静かな個室』



 2人の男が向かい合って座っている。

 一人は中年の肥満体の男。気まずそうにしている。

 もう一人は肩まで伸びた銀髪の青年である。半ばうんざりした顔をしていた。


「ギルド長、いつまで待てばいいんです?大事な要件とやら、いい加減、話してくれても良いのでは?」

 青年が口を開く。

 ギルド長は時計をちらちらと見ながら、うなづく。

「う、うむ、リオン、そうだな」


 ギルド長が要件を話そうとした、そのとき、

「待たせたな」

 扉を開けて入ってきたのは老紳士然とした男であった。護衛を連れている。

「ガルバック、ご苦労である」

「は、はい。ルブレヒト公爵閣下。過分なお言葉、痛み入ります」

 用意された椅子に座る老公爵。

「貴方は……」

 苦い顔をするリオン。

「久しいなリオン。我が家の三男坊が随分と成長したではないか。家出後の貴様の冒険者としての活躍、聞き及んでおるぞ」

「……どうも」

 青年、リオンはギルド長に胡乱な目を向ける。目を逸らすギルド長。

「で、公爵閣下ともあろうお方が、何の用ですか?」

「ふん、当然、家族の再会のための場、というわけではない」

 公爵がテーブルに肘を載せ、腕を三角に組む。

「これは我が公爵家からの依頼である」

 公爵が護衛に目くばせすると、彼は3人が囲むテーブルの上に紙を広げた。


 公爵家を示す印が押された依頼書であった。



 この世界には数多の国がある。

 大抵の国において、頭の痛い問題が一つぐらいは転がっているものである。

 それはこのファンダルク王国とて例外ではなかった。



 発端は20年前である。

 魔霊侯と呼ばれた貴族がいた。家名をアルナスという。

 長を含めた皆が魔力操作に長けた一族であり、国の魔法工学研究の第一人者たちであった。


 残された資料によれば、当時アルナス領都において新型の魔力炉の実験をしていたという。


 だが実験は失敗し、魔力炉は暴走。


 空間異常を伴う魔力の嵐に巻き込まれ、アルナスの主たる一族は研究所ごと消滅。


 さらに領都全体を異界ダンジョン化させた。

 ――そこは異界都市デッドスペースシティと呼ばれることになる。



 事故発生より2日経過後、王国は調査を実施。


 研究者10名、騎士20名、ベテラン冒険者5名による調査パーティが都市へと進入した。

 頭脳も武力も万全の布陣であった。

 王国の対応に問題はなかったと言えるだろう。


 だが、彼らはそのまま連絡が途絶。


 その2日後、35名の『令嬢』が都市から出現。――奇しくも調査パーティと同数であった。


 彼女たちはことごとくが彼女たち以外に対し敵対的であった。


 都市から出るや否や高笑いとともに外縁に待機していた調査キャンプを襲撃。待機メンバー112名が犠牲になった。


 命からがら王の元へと帰った者の報告によれば、彼女たちの手にかかった者たちはみな『令嬢』へと変貌したという。


 新手の生物災害バイオハザード、いや令嬢災害フロイラインハザードに王国が震撼した。


 幸い令嬢たちは都市を離れようとはせず、精々都市外縁を彷徨う程度であった。

 災害範囲も限定的であると王国は一旦は結論し、離れた場所に観測所を設けるにとどめた。


 だが、

「うわ―ッ!令嬢暴走フロイラインスタンピードだーッ!!」

「オーホホホホ!」

 都市から離れた令嬢たちが無数の高笑いを上げ、ダンジョン観測所を襲ったのを皮切りに、徐々に周辺の町村へと被害が拡大し始めた。


 以降散発的に令嬢暴走が繰り返されるに伴い、異界化が拡大していった。

 かくして20年経った現在、旧アルナス領全体の約5割がデッドスペースシティと化していた。


 ――それは実にファンダルク王国国土の1割に及んだ。



「リオンよ、貴様への依頼は、デッドスペースシティ中枢部の探索、そしてアーティファクトの奪取である」


 一般的にダンジョンという歪んだ魔力空間は高度な魔法構造物アーティファクトを産む。

 しかもダンジョンが巨大であればあるほど、現在の魔法工学では成しえない、秩序の均衡を破壊しうるアーティファクト『異常魔法構造物バランスブレーカー』を生み出す可能性が極めて高い。デッドスペースシティの規模ともなればほぼ確実と言えた。


 だがいくら魅力的な宝物があったとして、還ってこられなければ意味はない。

 王国はデッドスペースシティを帰還不可能ダンジョンに指定している。


 この依頼はリオンに死ねと言われているようなものであった。

 いや、死ねればまだ救いがあるかもしれない。

 最悪、彷徨う怪物令嬢の手にかかり、胡乱令嬢となって都市を延々彷徨う羽目になるかもしれないのだ。


 当然、リオンは首を横に振る。

「あまりにも無謀すぎて、話になりませんね。お断りいたします」

 ギルド長ガルバックも同調する。

「そ、そうですな。当ギルドとしても、このような無謀な依頼で稼ぎ頭たるS級冒険者のリオンを失うわけにはいきません。公爵閣下もご存じとは思いますが、今では、この国のどの冒険者も近づこうとは思いませんよ。都市外縁ならまだしも、中枢都市部に入ろうとするのは、物を知らない馬鹿か、自殺志願者か、よほど逃げ場所に窮した悪党どもぐらいですよ」


「案ずるな。何も無策で行けと言っているわけではない。まずリオン、貴様に令嬢教育を施す。そしてどこに出しても恥ずかしくない令嬢になってもらう。それだけで大半の令嬢の目をごまかすことが出来る。ちょうど貴様は女のような容姿と声だからな」

 リオンの眉間にしわが寄る。コンプレックスだからだ。

「……それだけですか?」

「さらに言えば、だ」

 そこで公爵はいったん区切り、声を落とす。

「ここだけの話である。実は先日、我が公爵家は対令嬢抗体の開発に成功したのだ」

「対令嬢抗体ですと!?ま、まさか!」

 ギルド長が思わず立ち上がり大声をあげる。

 当然であろう。

 対令嬢抗体の開発は国内の様々な研究機関が躍起になって研究を進めながらも、いまだ成果が出ていない案件なのだ。

「ガルバックよ、改めて言う。この件は、ここだけの、話である」

「……そ、それは!」

 公爵家が、未知なるデッドスペースシティ探索の独占権を得たことに他ならない。

 そしてギルド長たるガルバックにその情報を共有したということは、ギルドは独占できるパートナーとして選ばれたということだ。

 ダンジョン攻略の莫大な利益が見込めるのは確実。

 利に聡いガルバックの脳内で目まぐるしく利益計算される。

「へ、へえ、でしたら、リオンの他にも腕利きの冒険者たちを参加させましょう。人数が多ければダンジョン攻略は楽になりましょうや」

 手をもむガルバックに公爵は首を横に振る。

「ならん。抗体の数がまだ揃っておらぬ。しばらくはリオン単独で進めるのだ」

 ギルド長はのる気満々になった。

 リオンは、苦い顔をする。父と関わると常に苦い顔になる。

「……リオンよ、成功の暁には十分な報酬を約束しよう。更にダンジョン内で取得したアーティファクトの一部所有権を与える」


 リオンは、金に困ったことはない。その程度では決して魅力的になりえない。

 公爵はわかっていたのだろう。

「そしてこれは追加の依頼になるが、」

 公爵が目くばせすると、護衛がもう一枚の紙をテーブルに広げる。

「都市内でこの者たちを見つけ出し始末せよ」

 10名の名前が記されたリスト。

 そのうち何名かの名前を見てリオンの顔がこわばる。

「この者たちが、あの都市にいると?」

「そうだ。これが達成された暁には……『長い間保留していた貴様の疑問』に答えよう」

「……」

 それらの名前はともかく、『疑問』はリオンという男にとっての重要事項であった。

 今まで何度も質問してきたのに、その回答をはぐらかされ続けていた。

「貴様には期待している」

(断れないことを知っているだろうに、実に白々しい)

 ルブレヒト公爵という男の悪辣さに改めてうんざりしつつ、リオンはため息をついた。

「……承知しました。公爵閣下」


 依頼書に『承諾』のサインを記入するリオンとギルド長。

「では、明日より準備を始める。頼んだぞ」



 部屋より出ていく公爵。

 そこでリオンはふと、気になった。

「父上……ところで、その抗体……効果は確かなのですか……?」


 父は振り返り、何も言わずリオンの肩に手を置くのだった。







 そしてデッドスペースシティに潜入して1ヶ月が経過した現在。

「何が抗体だ。嘘つきめ」

 リアンは、自分の膨らんだ胸に見て恨みがましく呟いた。


 心まで令嬢と化す前に、全て片付ける必要があった。




 続く。

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