第2話 上位令嬢会

 都市のとある庭園。

 色とりどりの花が咲き乱れ、美しい彫刻が並べられている。空はひたすらに蒼く、風も穏やかだ。

 令嬢たちにとって、絶好のお茶会日和と言えるだろう。優雅である。


 令嬢たちが、一つのテーブルを囲み優雅に談笑している。


 この都市の上位令嬢が集まる会合。それは上位令嬢会インナーサークルと呼ばれた。

 誰もが並々ならぬ令嬢圧を放っている。

 感覚の鋭い者が見れば、禁呪魔法兵器を限界まで溜め込んだ弾薬庫のように感じただろう。

 きわめて優雅である。



「そういえば」

 黒いドレスを着た黒髪の令嬢が切り出す。

「ムソウ様、お亡くなりになられたそうですわね」


「あら、ムソウ様が?あのお方、この会に入るために必死になっておられましたのに」

 赤いドレスに赤い髪の令嬢が、優雅にため息をつく。

「なんとおかわいそう……本来であれば本日が歓迎会となったでしょうに」

 緑のドレスに緑の髪の令嬢が同調する。


 しばし令嬢たちはムソウへの黙祷をささげる。

 新たな仲間となりえただろう者への哀悼である。実に優雅だ。


 黙祷が終わり、全員が紅茶を一口飲んだところで、灰色のドレスを着た灰髪の令嬢が切り出す。

「実は私、お一人、優秀な方を見つけましたの。ムソウ様の代わりと言っては何ですが、いかがでしょうか?」

「あら、お耳が早いうえに、準備が良いですわね?ニーナ様」

 ニーナと呼ばれた灰色のドレスの令嬢が、自慢げに笑みを浮かべる。

「当然、ゴシップをいち早くつかんでこその私の存在意義ですわ。オフィーリア様」

 黒色ドレスの令嬢に向けるドヤ顔が実に優雅である。

「では、入ってらっしゃいませ、リアン様」


 生垣の影から優雅に現れる銀髪に白銀のドレス。

 そう、我らが主人公令嬢リアンである。

「リアン様、皆様に自己紹介を」

「お目にかかれて光栄です。初めまして、皆様。私、リアンと申します」

 優雅なカーテシー。その見事な所作と容姿、そして令嬢圧に、何人から感嘆のため息が出る。


「これはまた、逸材ですこと」

「ええ、ムソウ様に一切劣ることなし。私は彼女の入会に賛成ですわ」

「実に興味深いですわ。是非どこからいらっしゃったか教えてくださいまし!」

「悔しいですわ、どうしてこれだけ面白いお方を知らなかったのかしら!?」

 矢継ぎ早にはしゃぐ声が飛び出す。


「リアン様」

 上座から響く声。

 途端今まで騒いでいた令嬢全員が、会話を止め沈黙した。


 最奥、さながら玉座のような豪奢な椅子に掛ける令嬢。

 紫のドレスが見えるが、顔を隠す扇子で髪の色が見えない。


 だがその声は遠くともはっきり聞こえる。

 極めて優雅である。


「上位令嬢会に入りたいとの事ですが、リアン様、婚約破棄は何度経験されましたの?」

 紫のドレスの令嬢の言葉に全員の目が好奇に輝く。

 それはその場の誰もが聞きたかったことであった。



 さて皆さんは婚約破棄というものをご存じだろうか。

 本来結婚して夫婦になることを予定された男女が、しかし一方の都合で結婚を白紙にされ、あろうことか片方が悪かったものとしてつるし上げられる非常に下世話な騒動である。


 ――ひどい話である。

 皆さんがもし、パートナーの婚約に対する態度に悩んでいるのなら、弁護士など第三者に相談することをお勧めする。


 さて一般的には2つの家の話し合いで片付ければ良いであろうそんな婚約破棄だが、令嬢が関わると話が変わってくる。


 ――それは婚約破棄の儀式と呼ばれている。

 以下に手順を記す。読者の皆様ももし機会があれば試してみてほしい。


 まず、婚約者の悪役令嬢と呼ばれる令嬢と、その結婚相手の男、そして可愛さしか取り柄のない普通の令嬢を用意する。


 工程は以下の通りである。


 1、本来は悪役令嬢と男は婚約する予定である。婚約が書面で残っているとなお良い。


 2、だが、男の前に普通の可愛さしか取り柄のない令嬢が現れ、男が恋慕する。


 3、男は真実の愛を見つけたとして、悪役令嬢との婚約を観衆の前で破棄する。観衆は多ければ多いほど良い。


 4、悪役令嬢が婚約破棄を受諾する。


 以上のシナリオが滞りなく行われると、俗に悪役令嬢と呼ばれる令嬢に変異が起きる。


 発生する現象はいくつかあるが、主な変化として性格の永久的な改変、本来知りえないであろう異常技術・知識の獲得、令嬢圧の強化などが起きる。

(なお、多くの国では、性格の改変が起きた場合、その令嬢は公式の書類では死亡扱いとなる。儀式の前後で同一性が保証できないためである)


 異常知識・技術は強力であるが故、現在はこの儀式をみだりに行うことは国際条約で禁止されている。


 もし読者の皆様の中でやってみたいと思う方がいらっしゃるなら、周りに司法機関の目がないか十分に気を付けていただきたい。


「上位令嬢会に入るには、婚約破棄を2回以上経験しないといけませんわ」

「ムソウ様は……1回だったかしら?折角本日はあの方のために婚約破棄の場を用意したというのに……」


 残念がる令嬢たちの足元をよく見て欲しい。

 2人の男女が縛られ転がされているではないか。


 男は貴族の令息めいた格好をしている。女の方はは可愛さしか取り柄がなさそうな令嬢である。


 リアンは若干目を伏せ、はっきりとした声で宣言する。

「はい、3度」

 令嬢たちが感嘆の声を上げる。

「……それはお辛かったでしょう」


 大勢の見る前で、高貴な令嬢が3度も晒し者になったのだ。

 心の弱い令嬢であれば、恥ずかしさのあまり頸動脈を自ら切断した上、爆発四散しただろう。

 だがこの美しく優雅な令嬢は3度もそんな恥辱に満ちた苦難を乗り越えているという。

 実にいじましく、優雅である。


 本当に3回もそんな儀式をやったのか?疑問に思う者などいなかった。

 リアンに宿る令嬢圧が何よりそれが真実なのだと告げていた。

 そういうことも見抜けない上位令嬢たちではないのだ。


「最早議論の余地もありませんわ、私たちは貴女を歓迎いたします、リアン様、ようこそ上位令嬢会へ」

 主たる紫のドレスの令嬢の優雅な宣言。


 鳴り響く令嬢たちの拍手。実に優雅である。

 お辞儀で応えるリアン。


「さて、婚約破棄の儀式が不要となった今、この者たちはいかがいたしましょうか」

 令嬢たちの視線が、お茶会が始まってからずっと足元に転がされていた男女に目が向けられる。


「ヒィーッ!僕はどうなってもいいです!だ、だけどキャロライナだけはお助けください!」

「助けてくださいましーッ!私たち、本当に愛し合っていますのーッ!!」

 婚約破棄の儀式のために用意された男と令嬢であった。


 発言の機会を与えたつもりはないのに……喚く男女に眉をしかめる令嬢たち。

「お静かになさい」

 赤色のドレスの令嬢が、優雅に人差し指を立てると、その指に赤色の光が灯る。

 滑らかに指をついっと振ると光は指を離れた。そして光はゆっくりと優雅に飛行し……男の顔に着弾し爆発!

「ギャーッ!!」

 激痛にのたうち回る男。

「イヤァーッ!!ロミオーッ!!」

 そんな男女の慟哭など一切構わず、令嬢たちは処遇の相談を始める。

「不要。廃棄あるのみですわ」

「廃棄はもったいないですわ。私の薬物実験の被験者が不足していますの、ぜひ欲しいですわ」

「令嬢の方は私が欲しいですわ。生物兵器のモルモットに」

 人を人と思わぬ恐るべき提案の数々。恐ろしい。これが上位令嬢会の実態か!?実に優雅である!


「さしでがましいようですが、発言の機会をお与えください」

 リアンが発言する。とたん沈黙する上位令嬢たち、その目が一斉にリアンに注がれる。

「ええ、ええ、リアン様も私たちと同格。発言の一切、憚ることありませんわ」


「此度用意された婚約破棄の儀式、是非とも私に」

 どよめく令嬢たち。

「よ、4度目ですわよ!?なんて恐ろしい!失礼ですけども、リアン様、正気ですの!?自暴自棄になっていませんこと!?」

「はい、私は正気です」

 リアンは断言する。優雅である。

「更なる高みへと昇れるのであれば」

 その瞳に一切の躊躇いなし。

 その態度に、多くの令嬢がおもわずゴクリと生唾を飲み込み、少数の令嬢は感心したようにほほ笑む。

 令嬢たちは今日だけで何度驚かされただろうか。これは歴史ある上位令嬢会でも前代未聞であろう。

 優雅である。


「よろしくてよ、その覚悟しかと受け止めましたわ」

 紫のドレスの令嬢が感動に打ち震えた。顔を隠した扇の端から涙が落ちた。優雅だ。

「では、婚約破棄の儀式。滞りなく始めますよう。オフィーリア様、始めてくださいませ」

「承知いたしましたわ」

 黒色のドレスの令嬢、オフィーリアが立ち上がり、一礼。そしてその優雅な十本の指から黒い糸を吐き出した。

 空中でさらに10倍に分裂した糸は転がっている男女に絡みつくと、操り人形のように立ち上がらせた。

 更に数本が2人の耳へと進入した。

 脳に何らかの影響を与えるためだ。

 おお、優雅である。


 やがて男女がかくかくと動き出す。ぎこちなく、脳に直接送り込まれたセリフを読み上げる。


「り、リアン、き、貴様は嫉妬に駆られ、僕が本当に、あ、愛するキャロライナに数々の悪行を為した。到底許されるものでは、な、ない!」

「んふっ」

 苦笑いが数人の令嬢から上がる。今さっき出逢ったばかりなのに、嫌がらせも嫉妬もあるはずもないのに。

「オフィーリア様、相変わらず劇作家の才能はありませんわね」

 赤色のドレスの令嬢がこそっと呟く。オフィーリアが操作を続けながらむっとした。

「だまらっしゃいませ。オリヴィア様、派手な爆殺しかできないあなたに言われる筋合いはありませんわ」

「あら、爆発は芸術ですわ。こんな三文芝居よりも、ね」

「なんですって……!」

「オリヴィア様、式の途中ですわ。口を慎みなさい。オフィーリア様、集中なさい。続けて」

 紫のドレスの令嬢の言葉に

「「失礼いたしましたわ」」

 口をつぐむ二人の令嬢。


 オフィーリアは操作に集中する。


「ご、ごめんなさい、リアン様。わ、私たち本当にあ、愛し合っていますのー!」

「あ、悪役令嬢リアン、ぼ、僕はき、貴様との婚約を破棄する!!」

「ええ、ロミオ様、キャロライナ様、婚約破棄、しかと受け取りましたわ」

 リアンが優雅にお辞儀をする。


 瞬間、リアンの世界が歪んだ。

(またこれだ)

 これだけは、何度経験しても慣れるものではない。

 自分は今、目をつむっている。

 だが視界を閉じても、全身の感覚が、それの到来を教えてくる。

 空を裂き、自分を乗っ取ろうとする『何か』が這いよって来るのを感じる。

『何か』は令嬢圧の隙間を抜け、皮膚を抜け、骨を抜け、神経を伝い、脳に到達し、やがてリアンの魂に触れた。

 瞬間流れ込む、知らない知識や技術。脳を焼かんばかりの苦痛。


 見たことのない光景。


 黒く塗られた道を走る、内燃機関を備えた色とりどりの鋼鉄。

 無数の情報を映し出す薄い板。

 空を飛ぶ銀色の巨大な鳥。

 種の起源。

 都市を消し飛ばす熱爆発を生み出す数式。

 黒い太陽からしみ落ちる、黄金の流体。

 逆巻く13時間表示の時計。

 令嬢細胞の中に輝く4つの光。

 8つの顔をもつ女神。


 もしここに誰もいなければ、叫び声をあげ、のたうちまわったことだろう。

 だがリアンは目を閉じ、表情を無に保ち、じっと耐える。

 それはリアンにとって無限の時間にも思えた。


 全てを押し流すような苦痛が去り、無用な知識や技術を忘却し、やがて眼を開ける。

 現実では10秒も経過していない。

 膨れ上がった令嬢圧が安定する。


『何か』が近くにいる。前よりもずっと近くに。

 それでも、

(……大丈夫、私は、私だ)


「ありがとうございました。皆様」

 上位令嬢たちが一斉に立ち上がり、感動し拍手する。

「素晴らしいですわ!リアン様!」

「前よりもはるかに令嬢圧の輝きが増していますわ!」

 惜しみない賞賛。優雅である。


 と同時に苦しみ始めたロミオとキャロライナ。

「う、うぐッ!!」

「ざ、ざまぁーーーーー!!」

 断末魔の叫びとともにロミオとキャロライナは爆発四散した!

 唐突に何が起きたか、疑問に思う読者の方も当然おられるだろう。

 これは婚約破棄の儀式を実施した際、頻繁に起きる副次的効果である。断末魔の叫びから、『ざまぁ』と呼ばれている。

 何故爆発するのか、理由はよくわかっていない。


 爆発四散した2人など最初から存在しなかったかのように、上位令嬢たちは勇敢にして優雅なるリアンに拍手と祝福の言葉を投げつづけた。





 上位令嬢の会を終え、帰路に就く馬車。

 優雅な車内に2人の令嬢の姿があった。

「今日は思った以上に愉しい会になりましたわ。リアン様、入会おめでとうございます」

「ニーナ様。お引き立てを賜りありがとうございましたわ」

「水臭いですわ、私と貴方の仲ではありませんの」

 馬車は進む。

「ああ、そういえば、なんで必要もないのに婚約破棄の儀式を?リアン様を一目見れば、あの場の誰もが納得したでしょうに?」

「……」

 リアンは答えない。

「もしや、あの男女に同情を?あそこで爆発四散しなければ、きっと死ぬよりむごい目にあっていたでしょうし、ね?」

 好奇の宿る瞳を向けられ、だがリアンは答えず、目を逸らせるのみである。

「……」

 元より答えを期待していなかったのだろう、ニーナは次の話題を切り出す。


「で、次はどなたを狙いますの、リアン様?御しやすいお方はいらっしゃいましたかしら?」

「……」

 リアンは上位令嬢たちの力量を測っていた。

 結論から言えば、誰もが得体が知れない。容易く始末はできない。

「どなたも底が知れませんでしたわ。オリヴィア様、オフィーリア様、紫のお方。そして貴方もね、ニーナ様。おしゃべりな貴方様に言えることなど、あまりありませんわ」

 扇子で口元を隠すニーナ。きっと笑っている。

「私が口が軽い方なのは否定しませんわ。おしゃべりは愉しいですもの。でも実は、――信じてもらえないでしょうけど――秘密を守ることのほうがもっと好きなのですよ?」

「……」

「私、あなたを気に入ってますの。だから、教えてほしい事があれば、何でも教えて差し上げますわ?リアン様」

「……」

「信じてくださいませ、ねえ『白銀狼フェンリルのリオン』様?」

 ニーナは、軽薄にも真摯にも見える優雅な笑顔を浮かべた。



 馬車は優雅に夕方の街並みを走る。

 向かう先は、深い夜の闇である。



 続く。

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