第4話 ある決断

栄介が子供に暴力を振るい、

こめかみ周辺にケガをさせたことにより、

別居に踏み切った。


栄介と再婚してから

15年余、専業主婦だったワタシは無職で

部屋を借りることができなかった。


レンタル制のアパートが運良くみつかり、

保証人無しで、

借主はコンビニでバイトしていた、

子供名義で良いとのことで

どうにかこうにか部屋を借りることができた。

捨てる神あれば何とかで、

本当にこの時は助かったと思った。


四畳半一間に二人で住む。

台所もガス台も無く

洗濯は併設のコインランドリー

バスタブは無いが

シャワーもトイレもついていた。


ベッドなど開ける広さでは無く、

敷布団を毎日敷く生活なんて初めてだった。


だけど


怒鳴られることのない生活

ビクビク怯えないでいられる生活。


安心して眠れることができる。


そして

帰る家がある。

"普通"の、生活。


寝る場所があること。

帰れる場所があること、今まで

当たり前だと思っていた。


皆、それを当然と思っているかもしれない。

でも

それは違う。

それは幸せなことに違いない。

それに気が付かないでいる人は、

きっと恵まれている人だ。


この狭い部屋で

人生をやり直していかなくてはならない。

ハズレくじの男と別れて。

当たった宝くじを元手に

小型冷蔵庫と

電子レンジと小さな炊飯器を買った。


両親が100万円を持って

心配して来てくれた。

必要だろう、好きに使いなさいと、

渡してくれた。



ワタシは

いちから仕事を探した。

飲食店の店員、服屋の店員、家事代行、

向いてない

出来ない

辞めてしまいたい。


辛かった。


どうして!


こんな、40歳も後半になる年齢にもなって

こんな苦労をしなければならないなんて。


なんでワタシがこんな目に?


トイレ清掃のパートにに行く途中、

早朝まだ暗く寒い道を

一人歩き、

心の底から


栄介を呪った。


アイツは今頃、

ぬくぬくと家で寝ていることだろう。


どうしてワタシだけが?

こんな目に遭うのだ?


金を独り占めにされて。

どうしてアイツだけ何も苦労もしない?



定職も無く

手に職も無く

何も無い中年のワタシが

どうやって

これから生きていけばいいのだろう。


この先ワタシは‥

どうなるんだろう。


狭い部屋の隣で眠る子供の寝息を聞きながら

眠れない夜を何度、過ごしたことだろう。

不安で

この先、生きていて意味があるのだろうか。

老後がひたひたと近付きつつあるこの年齢で

微々たる貯金しかなく、

別居に追い込まれた。


栄介と、

あんな男と結婚したからだ。


どうして

どうして、ワタシは

こんなに

男運が悪いのだろう?


男を見る目が

どうしてこんなに、無いのだろう?


こんなにも男は無数にいるというのに。


女達は

いとも簡単に"普通の"結婚を

しているというのに。


なぜワタシは

普通の男と選ぶことが、

普通の結婚をすることが、

ワタシには、できないのだろう?


あえてこんな男を

選んでしまったのだろう。



栄介は別居すると

自分が悪かったと言ってテレビを買って、

送ってきた。

栄介が暴れて壊したからだ。


そして、毎月決まった金額の生活費を、

振り込むと言う。

そのかわり、月に一度家に来て、

家事をして欲しいと言う。

そして栄介はその間、外出しているから

好きに過ごしてくれて構わないと言う。


別居してから栄介は、

やたら優しく、親切になった。

引越し代を出してやるから、

広い部屋に引っ越せと言われたこともある。


栄介はワタシに戻ってきて欲しい、

いや、

ワタシがいつか戻ると思っていたに違いない。


だがワタシは、

少しずつ仕事にも慣れ、

他人と接触を持ち、

人間関係も広がりつつあると

栄介がいかに"変な人間"かということを、

思い知らされた。

そんなこと、とうにわかってはいたが、

将来の金銭的不安から逃れたいがために、

栄介との細い繋がりを断たずにいた。


別居継続のまま2年半が経った頃、

栄介から

生活が苦しいので今月から振込額を、

減額させてくれと、唐突に連絡が来た。


振り込まれる金を

貰える金なら貰ってやる

という気持ちに変わりはない。

だが、

栄介の都合で減額されたり、

未入金が続いたり。

いつまでも、そういう不安定な、

そして栄介に左右される生活。


くれるというものに、

それを敢えて拒みはしないし、

期待もする。

栄介任せの、その気分次第で

振り回されることにウンザリしていた。

いつまであの男に。



もうワタシの気持ちの中では

栄介の存在など

まるで必要無かった。

栄介とまた一緒に暮らすことなど、

絶対に無理だという結論は出ていた。

あんな男とまた暮らすなど、

冗談じゃない。

愛情のカケラなど

残っている訳がないだろう。


ただ一文無し同然で家を出たので、

経済的不安から打算的に栄介を

切らずにいただけのことでしかない。

もちろんワタシの都合で。



仕事が安定して3年

ワタシは

人並みに貯金ができるようになっていた。


栄介にメールを送った。

月々の支払いでは不安定なので、

まとまった金額を年に一度、

振り込んで貰えないかと。

それくらいの蓄えはあるでしょ?


その返事次第で、

今後どうするのかは

もう決めていた。


栄介からの返信にはこう書いてあった。


「生活ができなくなるので、それは無理です」


嘘つき。

ワタシは栄介の経済的状況も、

資産がいくらあるかも

全部わかっている。

会社も栄介個人の資産も併せても

億という金があるはずなのもわかっている。


ワタシの中では、

すでに答えは出ていた。


数日後

ワタシは弁護士事務所に向かっていた。

その一ヶ月後、

栄介宛に

配達証明で離婚調停を申し立てた。


そんな素ぶりは、

ワタシは少しも見せていなかった。

栄介は

ワタシをバカにしていたから。

経済的に困窮して、

また家に戻ってくるとでも

栄介を頼ってくるとでも

たかを括っていたことだろう。


2回居留守を使われて、

一度その配達証明を受取拒否された。



そして

長い離婚調停が始まった。
















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