第8話 貴き生まれの義務

月と人口照明に照らされつつ舞う塵芥と、身体を襲う激痛。圧迫感。

不快を煽る鉄の香り。

────彼に近寄る複数の足音と気配。


目のあたりが腫れてるからか視界がいつもより狭まっており、更に障害物となった飛び出した鉄骨やら座席やらで首の可動域が著しく制限される。


しかしどうにか、我々が盛大に事故り、その末に幼なじみとその手下の兵隊らが血塗れになって呻いているのを確認出来た。


(脱出せねば)


動き動き、藻掻き藻掻き……。

何とか車扉くるまどをこじ開けようとした所で、服の裾をがっしと掴まれ引っ張られる。


「行くのか……行ってしまうか」

彼女は苦しそうに、吐き気を催したように深呼吸し、上下の歯を成る可く開けないようにしつつ喋り出す。

虹彩は綺麗に咲き、爛々とした彼女の目線が真っ直ぐ私の目を射した。


「情けで……救急車は呼んでやる……」

松雪はそう返して、手を引き剥がしていこうとするが、流石に弱っても霞澄は霞澄。

無理やりにも、服を破かんとするぐらいに握力を込め続けている。


「お前いい加減に……!」


口を開いた瞬間に霞澄のもう片方の腕が伸びて後頭部を鷲掴み、彼女の方へと引き寄せた。


彼女が噛んでいたらしい、ガムの清涼感の効いた独特の味と甘みが口に広がる。


柔らかい異物が彼の口腔内に雪崩込み、舌を弄んだきり、彼女は顔を離してやった。


ぼぉっと蕩けていると、彼女は、あの、学生時代の様な悪戯っぽい顔で笑顔を放ってみせて、そして、自らの腰部をまさぐった。


「お前、何を」


「持っていけ」


霞澄が無理やりに握らせたは、盗難防止スパイラル・コードに繋がれた、本物の拳銃。

重い。エアガンのような軽さでなく、実際の、実弾が詰まった拳銃。


「当たりゃしないだろうが……威嚇ぐらいにはなるさ」

手が震えている彼にそう言葉を残し、そしてゆっくりと力尽きた。

慌てて肩を掴んで揺らし声をかけるが、呼吸の音が聞こえたのでとりあえず安堵した。


彼女から拝借したサバイバルナイフを用いてスパイラル・コードを引きちぎり、重いドアを力いっぱい蹴って蹴ってこじ開けると、多方向から照らすライトが彼を迎えた。


逆光で著しく見づらいが、集団は各々武装しているようであった。

鉄バット、猟銃、木刀、警棒……そのまんま、民間人が出来るだけ掻き集められるだけ集めた様な、そんな武具たち。


松雪の右手に拳銃が握られているのが見えたからか、妙な鉢巻と襷に身をやつした男女らは、猟銃やクロスボウを緊張した様子で構えていた。


装甲車から這って出て、ゆっくり立ち上がり、松雪はおもむろに、自らの拳銃の銃口をこめかみに当てた。


「何やってる!?」


「やめろ!馬鹿なことを……」


「うるせェーッ!さっさと救急車呼べッ!じゃねぇと今から死ぬぞッ」

どよめきが集団から発せられたが、構わず怒鳴り声で必死に叫ぶ。


「馬鹿なことだ?バカやってんのはどっちだこの野郎ッ!死人が出てるかもしれねーのにまだやんのかッ!?」


「私が死ねばこの話はご破算だろ!?違うか!?」


「これ以上私に近寄ってみろッ!これ以上怪我人出すような真似してみろ!私の引き金はお前達が思うより余っ程軽いぞッ!ほら分かったらさっさと119に電話しろッ」


眼を潤ませ、喉を引き裂くように叫び、拳銃の引き金に指をかけると、集団の何人かが慌ててスマートフォンを取り出して電話をかけ始めた。


演技、ではある。

だがしかし真っ直ぐ私の意思を、華族としての矜恃を示したつもりだ。

貴族の存在は王の為のみ・・にあらず、貴族の存在は民草の為でも無ければならない。

少なくとも私はそう教育を受けたと記憶している。


貴族は、時来たれば自らの肉体、命と精神とを省みず戦わねばならない。


総てを捨て去ってでも……

“王”、“民”、“自らの尊厳”の為に、戦わねばならない……。

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