オムライスとチキンライス

春風秋雄

連絡もなく、いきなりやってくる麻美

細かく切った鶏もも肉・玉ねぎ・人参を、オリーブオイルをひいたフライパンで炒める。少し塩コショウをふりかけ、火が通ったらケチャップを加えてよく混ぜながら炒める。バターを加えてご飯を入れる。塩コショウを少しふりかけ、色具合を見ながらケチャップを追加。最後に彩を添えるためにグリンピースをパラパラと落とす。味見をしてみると、完ぺきな味付けだった。

「チキンライス出来たよ」

俺が皿に盛ったチキンライスをテーブルに置くと、麻美がテーブルに近づいてきた。

「あれ、玉子は?」

「これはチキンライスなんだから、玉子は乗ってないよ。玉子を乗せたらオムライスになるじゃないか」

「私は玉子乗せたい!」

「だったら自分でやれよ」

俺がそう言うと、麻美は台所へ行き、玉子を焼きだした。いったん火を止めて、俺が作ったチキンライスをフライパンに乗せて玉子で包んでいる。出来上がった皿を見ると、上手に玉子で包んだオムライスが出来上がっていた。しかし、ケチャップを乗せ過ぎではないか?そんなにケチャップを乗せたらせっかくの俺の味付けが台無しじゃないかと思いながらも、俺は何も言わなかった。

「うん、美味しい!恒人(ひさと)くんが作るオムライスは最高だね」

「俺が作ったのはチキンライスだよ」

麻美はしばらく夢中になって食べたあと、ポツリと聞いた。

「孝輔(こうすけ)からは連絡ない?」

「ないよ」

「そうか・・・」

倉本孝輔は麻美の旦那さんだ。4年前に家を出て、それから麻美には連絡もしてこないらしい。孝輔の両親に連絡をしたが、両親のところへも連絡はないということだった。孝輔は結婚するまでこの部屋で俺とルームシェアーをしていた。同じ大学の友達で、学生時代にルームシェアーを始めて、社会人になって自分で部屋を借りられるようになっても、引っ越すのが面倒だからという理由だけでルームシェアーを続けていた。麻美は孝輔がここに顔を出しにくるのではないか、もしくは俺に連絡をしてくるのではないかと思って、週に1度はここにやってくる。まるで昔見たドラマのようだ。キムタクと山口智子がやっていたドラマだ。ただ、あのドラマと違い麻美はここに住み着いたりはしない。そして、泊ることすらない。ふらっと連絡もせずに来ては、夕飯を食べて帰るといった感じで4年も経った。連絡もせずに来るのは、仮に孝輔が来ている場合、逃げられる可能性があると思ったからだろう。

「もうそろそろ孝輔のことは諦めたら?」

「前から言っているように、離婚するならするで仕方ないけど、ちゃんと話し合ってから離婚したいの」

この話は何度もしている。配偶者が3年以上行方不明の場合は、立派な離婚事由になり、裁判所に提訴すれば離婚が認められることになっている。孝輔が行方不明になってから3年以上経過しているのだから、麻美がその気になればいつでも離婚手続きはできると教えており、孝輔の両親からもそうしなさいと言われているのだが、麻美はいつまでも孝輔が帰ってくるのを待ち続けている。そして、今日もオムライスを食べ終わった麻美は「じゃあ、またね」と言って帰っていった。


俺の名前は勝原恒人。33歳の独身だ。麻美はもともと俺の高校時代の同級生だった。東京在住の同級生で飲み会をしたとき、終電をなくしたメンバーが俺の部屋に泊まることになった。麻美もその中にいた。その時に孝輔と会った麻美は孝輔に一目ぼれをして、それからちょくちょく俺の部屋に遊びに来るようになった。しだいに孝輔も麻美に惹かれ、二人は付き合うようになった。そして25歳の時に二人は結婚した。結婚した後も孝輔はちょくちょく遊びに来てくれた。さすがに泊まることはなかったが、孝輔としては実家に里帰りするような気軽な気持ちだったのだろう。


麻美が帰ったあと、俺は孝輔にメールした。

“今日も来ていたぞ。孝輔に会って話すまでは離婚手続きはしないと言っている。一回会って、ちゃんと説明したらどうだ?”


30分ほどして孝輔から返信が来た。

“会うつもりはない。何とか離婚手続きをするように説得してくれ”


毎回同じ内容の返信だ。

孝輔は家を出てから、それまで使っていた携帯電話は解約して、新しい携帯に替えていた。電話番号は教えてもらっていない。失踪して3年くらい経った頃にいきなりメールが着て、メールアドレスだけ教えてくれた。新しい連絡先はご両親と俺しか知らない。


年末が近づいてきて、俺は麻美に聞いた。

「今年こそ年末は実家に帰るんだろ?」

孝輔が家を出てから、年末年始は実家に帰らず、一人で過ごしているらしい。孝輔の実家へ行こうとしたら、ご両親から「孝輔がいないのに気をつかわせるだけだから実家へ帰りなさい」とやんわりと拒否されたそうだ。ご両親としては気まずいのだろう。

「今年も帰らない」

「実家のご両親は寂しがっているだろう?」

「べつに孫がいるわけではないし、私がいなくてもお兄ちゃんが帰っているから大丈夫だよ」

「わかった。じゃあ、今年は俺も帰らないから二人で過ごそうか」

麻美がチラッと俺を見た。

「恒人くんは帰らなくてもいいの?」

「帰ってもやることないし、たまに帰らないくらい何ともないよ」

麻美は何も言わなかった。


大晦日の夜に麻美がやってきた。

「おお、来たか」

「本当に帰らなかったのね」

「ちゃんとおせち料理も買って、正月を迎える準備は万端だよ。夕飯食べた?」

麻美は首を振った。

「牛肉を買ってあるから、すき焼きしようか?」

「すき焼き?食べる!」

俺たちの故郷では、大晦日にすき焼きを食べる風習がある。昔は鶏肉を使ったすき焼き「ひきずり」を“終わったことをひきずらないために”と大晦日に食べていたそうだが、いつの間にか鶏肉ではなく牛肉のすき焼きが定番になったということだ。

すき焼きを食べながら麻美に聞いた。

「いつまで今の部屋にいるつもりなの?そろそろ引っ越したら?」

「あの部屋がないと孝輔が帰ってくる場所がないでしょ?」

「でも家賃が大変だろ?もう少し狭い部屋に移った方が楽になるだろ?」

孝輔と住んでいたマンションはいつ子供が出来ても良いようにと、3LDKの部屋を借りていた。麻美の給与だけでは家賃を払えば生活がままならず、孝輔の両親が少し援助している状態だった。

「倉本のご両親には申し訳ないなと思っているんだけど、もう少し頑張ってみようと思う」

麻美の気持ちもわかるので、俺はそれ以上言わないことにした。


除夜の鐘が鳴って、年が明けた。麻美が初詣に行こうというので、歩いて20分くらいのところにある、小さい神社に詣でることにした。

この神社に年明け早々に初詣に来るのは初めてだったが、すごい人だった。お参りするための行列が延々と続いている。30分ほど並んでやっと俺たちの順番になった。賽銭箱に100円玉を投げ入れる俺の横で、麻美は折り畳んだ千円札を入れた。そして、長い間手を合わせていた。孝輔が帰ってくることを祈願しているのだろう。その姿を見て、俺は居た堪れなくなったが、俺にはどうすることもできない。俺はあくまでも部外者だ。

人ごみを縫って帰るのは大変だった。後ろから誰かがぶつかってきた。「危ない!」と思って俺は麻美を抱きしめた。分厚いコートの下から伝わってくる麻美の柔らかい体に俺はドキッとした。こうやって麻美に触れたのは初めてだった。俺はその時気づいた。俺は、麻美のことが好きなんだと。


春になって、相談があると言って、麻美が珍しく連絡をしてからやってきた。

「今のマンションを出ようと思っているの」

「そうか、それがいいと思うよ」

「孝輔が置いて行った貯金も底をついてきたし、いつまでも倉本の実家から援助をしてもらうわけにはいかないから」

「そうだね」

「それで、ここに住まわしてもらうわけにはいかないかな?」

「ここに?」

「あのマンションを出たら、孝輔が戻ってくるところは倉本の実家か、ここしかないから」

ますます、あのドラマの展開になってきた。これはまずい。

「しかし、さすがに男の俺と同居するのはまずいだろ?」

「恒人くんは、今彼女いるの?」

「そんなのはいないけど」

「彼女ができたら言って。そのときはすぐに出ていくから」

これは孝輔に相談するしかない。孝輔がちゃんと説明してあげれば、麻美もここに住むとは言わないはずだ。

「ちょっと考えさせてくれ」

俺はそう言って、とりあえず麻美を帰らせた。


麻美が帰ったあと、俺は孝輔にメールした。孝輔からの返事はなかなか返ってこない。LINEとは違ってメールを読んだのかどうかがわからない。翌日になって、もう一度メールしようかと思ったときに、返信があった。


“麻美をよろしく頼む”


俺は孝輔の真意を探ろうと、この短い文章を何度も何度も読み返した。


麻美には孝輔が使っていた部屋を使ってもらうことにした。荷物はかなり処分したらしく、それほど広くない部屋に麻美の荷物はすべて収まった。

「家賃はいくら払えばいい?」

「家賃はいらない。その代わり食費を月に2万円だけもらおうか」

「そんなのでいいの?」

「麻美がここに来たからと言って、家賃が上がるわけではないし、増えるのは光熱費と食費だろ?合わせて2万円ももらえば十分だよ」

俺はそう言って、麻美にいつでもここを出ていけるように貯金をさせようとした。


麻美との同居生活は、好きな人と一緒の時間を過ごせる半面、それが自分には手に入らない相手だと思うと苦しいものだった。夜中に麻美の部屋に忍び込みたいという衝動にかられたことも何度もある。しかし、大切な人だからこそ、そんなことは出来なかった。半年も経つと、俺の精神が異常をきたすのではないかと思えて来て、俺は孝輔の実家へ行ってご両親に相談した。すると、ご両親は俺の考えに同意してくれた。


「麻美、大事な話があるんだけど」

二人とも仕事が休みの日曜日の昼間に、俺は改まって切り出した。

「真剣な顔をして、どうしたの?」

「孝輔のことなんだけど・・・」

「孝輔のことで何かわかったの?」

期待を込めた目で麻美が聞いてきた。その目を見ていると、俺は次の言葉をなかなか発せられない。

「ねえ、教えてよ。孝輔がどうしたの?」

俺は意を決して口を開いた。

「孝輔から口止めされていて、今まで黙っていたけど、孝輔は病気なんだ」

「病気?何の病気なの?」

「若年性パーキンソン病だ」

麻美は病名を聞いてもピンとこなかったらしく、しばらくボーっとしていたが、次第に理解したのか、その目から涙があふれてきた。俺は慌ててフォローするつもりで

「今すぐに命にかかわるということじゃないから」

と言ったら、麻美はニコッと笑って、ボソッとつぶやいた。

「よかった。孝輔は生きていたんだ」


孝輔が家を出て3年ほど経ったときに、初めてメールが着た。3年経過しているので、麻美に離婚手続きをするよう説得してほしいと言ってきた。事情がわからないままそんな頼みは聞けないと返信すると、麻美には絶対に話さないという条件で事情を説明してくれた。体の異常を感じたのは結婚して1年ほど経ったときらしい。右足が思うように動かなくなって、踏ん張れなくなったということだ。最初は一過性のものだと思い、シップを貼ったりしてごまかしていたが、通勤電車で立っていることが辛くなってきた。麻美には内緒で病院へ行ったら、若年性パーキンソン病の疑いがあると言われ、薬を処方してもらったところ、薬が良く効き、これなら大丈夫だと思って、その後も麻美には内緒で通院していたらしい。ところが2年くらいすると薬の効きが悪くなり、薬がきれると症状がより悪くなっているような気がしてきた。そのうち座っている姿勢から立ち上がるとふらつくようになり、便秘に悩まされ、まだ20代だというのにEDになり、夜の夫婦生活は全くできなくなってしまった。医師からパーキンソン病による自律神経症状だと言われ、初めてパーキンソン病について自分で調べてみるようになった。パーキンソン病は難病指定されている、治癒することがない病気だ。徐々に進行して、体が動かなくなって介助が必要になり、最後は寝たきりになってしまうということだった。しかし、寿命としては健康な人とほとんど変わらない。つまり、この病気になった人は長期にわたって病気と闘っていかなければならないということだった。しかも通常は50代60代の人が発症することが多いのに、40歳未満の人が発症する若年性パーキンソン病は、それだけ病気と闘う期間が長くなる。これから40年も50年もそんな戦いに麻美を付き合わせるわけにはいかない。すべてに絶望した孝輔は家を出た。どこか遠くへ行って人生を終わらせようと思った。しかし、ネットで同じ病気で闘っている人の話を読んでいるうちに、こんなところで人生を終わらせたら生んでくれた両親に申し訳ないと思い、家を出て2年くらい経った頃に実家に帰って両親に相談した。両親はどんな姿でも良いので生きていてほしいと泣きながら訴えてくれた。問題は麻美のことだった。麻美との生活は終わらせて、アパートを借りて生活するつもりだったが、麻美に事情を話せば、最後の最後まで孝輔の面倒を見ると言うに決まっている。孝輔としては自分のことは忘れて他の男と幸せになってほしいと思った。家を出るときに離婚届を置いてくれば良かったと後悔したが、3年間行方不明なら裁判所に提訴して離婚できることを知ったので、両親にも3年経過するまでは自分の所在を知らないことにしてもらった。そして、その3年が経過したときに麻美に離婚手続きをするよう俺から言ってほしいとメールが着たというわけだ。


麻美は涙を拭きながら俺の話を聞いていたが、話を聞き終わったあと、キッパリと言った。

「私は孝輔とは別れない。私が最後まで面倒をみる」

孝輔が思っていた通りの反応だった。

その日のうちに、孝輔のご両親の案内で、俺と麻美は孝輔のアパートへ行った。孝輔は泣きながら麻美に謝っていた。


麻美は俺の部屋を出て、孝輔のアパートで一緒に住むようになった。時々俺も様子を見に行く。その都度孝輔は俺に「麻美のことを頼む」と言っていた。それはどういう意味なのかわからなかったし、俺は聞こうとはしなかった。


麻美が孝輔のアパートに移って、2年ほどした頃、いきなり麻美が俺の部屋にやってきた。

「もう孝輔に逃げられる心配はないのだから、来るときは連絡くらいしてくれよ」

「いなければ、いないでいいと思ってきたから」

そういう麻美の顔はやつれており、生気がない。急に老けたような気がした。

麻美は勝手知ったる他人の家で、冷蔵庫からビールを取り出し飲み始めた。

「私、ちょっとだけ愚痴をこぼしていい?」

「いいよ。愚痴ぐらい、いくらでも聞いてあげるよ」

「こんなこと言っちゃあいけないんだけど、少しだけ後悔しているの」

「後悔?」

「最後まで孝輔の面倒を見ると言ったこと」

「大変なのか?」

「想像以上にね。今でも大変なのに、これからどんどん病気は進行していく。この先どうなるんだろうって思うと不安になる。そして、その不安をこれから30年、40年と抱えていくのかと思うと、気が狂いそうになる」

俺は何と言って慰めたらよいのかわからない。何を言っても所詮他人事になってしまう。

「孝輔はいつ離婚してもいいと言っているし、自分に気兼ねせずに遊びに行けばいいとも言っている。自分は夫婦生活もできないので、俺にわからないように彼氏を作ってもいいとまで言っている」

あいつ、そんなことまで・・・。

「私だって、まだ若いし、気晴らしに遊びに行きたい。孝輔がそういうなら彼氏も作ってみようかとも思ったけど、旦那がいるのに簡単に彼氏なんてできないし、その辺の男を捕まえてなんて、怖くてできない。だから、そんなことは私には無理。もう8年くらい夫婦生活はないのよ。そしてこれからもずっとないまま。私、まだ36歳だよ。このまま女として終わるの?って思ったら、離婚しておけば良かったのかなって、思うようになっちゃった」

「離婚してもいいと思うよ。孝輔もそれを望んでいたのだし、誰も麻美を責めたりしないよ」

「でもそんなことは出来ない。誰も私を責めなくても、私が自分を一生責め続けると思う」

俺には、もうかけてあげる言葉を見つけられなかった。

「だから恒人、お願い。私の相手をして・・・」

「相手って?」

「こんなこと、恒人にしか頼めない。恒人に彼女ができるまででいい。それまで私の相手をして」

麻美はそう言って俺に抱きついてきた。


麻美は週に1回のペースで俺の部屋に来るようになった。来るときは必ず連絡をしてきて、部屋に行ってもいいかと聞いてくる。来れば食事もなにもせず、ただひたすらベッドで睦あって帰るだけだ。麻美は次第に明るくなってきた。俺との逢瀬が良い息抜きになっているのだろう。これは麻美にとっても、孝輔にとっても良いことなのだと、俺はそう自分に言い聞かせて罪悪感を打ち消そうとした。俺としてはもともと好きだった麻美とそういう行為ができることが嬉しくて仕方なかった。そして、回数を重ねる度に、麻美への気持ちがどんどん強くなってきた。もう放したくないと思ってきた。このままでは孝輔の不幸を願うようになるのではないかと考えて、ぞっとした。俺は麻美と関係を持ってから孝輔には会いに行っていない。俺は麻美が部屋を出たあと、心の中で孝輔に「申し訳ない」と謝るようになった。


麻美との関係が5年ほど続いた頃に、孝輔の容態が急変した。嚥下障害となり誤嚥性肺炎を起こしたのだ。俺も病院へ駆けつけたが、孝輔は意識が戻らないまま、帰らぬ人となった。

麻美は俺の胸で泣きじゃくっていた。

「麻美はよくやったよ。孝輔も幸せだったと思う」

俺がそう言うと、麻美は大声をあげて泣き崩れた。


孝輔が亡くなったあと、麻美はパッタリと顔を出さなくなった。俺の役目はもう終わったのかと思うと、失恋をしたようで、言いようのない寂しさが胸を締め付けた。孝輔の一周忌に久しぶりに麻美と顔を合わせたが、麻美は軽く会釈するだけで、話かけてくることもなかった。

一周忌の法要が終わって1ヶ月ほどした頃、いきなり連絡もなく麻美がやってきた。

「どうしたんだ?」

「恒人、チキンライス作って。久しぶりに食べたい」

急に来たことには戸惑ったが、麻美がきてくれたことは嬉しくて、俺は冷蔵庫から鶏肉を出して調理を始めた。

「玉子を乗せてオムライスにする?」

「玉子はいい。恒人のチキンライスが食べたい」

俺はチキンライスを皿に盛ってテーブルに置いた。

「オムライスは孝輔が好きだったの。だから、これからはチキンライスでいいよ」

そうか、あの時は孝輔を思い出してオムライスを食べたかったんだ。

「私、あのアパートを引っ越そうと思うの」

「そうか」

「それで、ここに住まわせてもらってもいいかな?」

俺が「え?」と言う顔をすると、麻美は続けて言った。

「今度はあの部屋ではなくて、恒人と同じ寝室がいい」

俺は「いいよ」と言って、嬉しさを隠すように、チキンライスを一口食べた。今日のチキンライスも完ぺきな味だった。


ベッドの中で麻美が教えてくれた。孝輔は俺と麻美の関係を知っていたそうだ。もともと麻美に彼氏を作れと言ったときに、出来たら恒人とそうなってくれたらうれしいと言っていたということだ。そして、最後に俺に送るつもりでメールを打って、送信できずに保存されていた文章を見せてくれた。

“恒人、ありがとう。俺は恒人が友達で本当によかったと思っています。そして、これから麻美のこと、よろしくお願いします。できることなら麻美と ”

文章はそこで切れていた。最後は何を書きたかったのだろう。でもその意図は充分伝わった。必ず麻美を幸せにするよと俺は孝輔に誓った。


※この物語はフィクションです。

病状に関する記述において、実際の症例等にないもの、あるいは異なる内容が含まれている場合があることをご了承下さい。

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