第10話 夢に見た景色



撮影所の前に着いた。

 まだ朝の7時だから周りに人は少ない。でも、撮影所の中ではスタッフの方々が準備をしてくれている。


 あーようやくやってきた。そんな感じがする。一流の人達や売れっ子の人達は当たり前のように来る場所かもしれない。


でも、俺のような俳優はここまで来るのにかなりの時間を要する。


それにたどり着くまでに辞める人もたくさんいる。その人達を否定はしない。新たな人生で幸せを見つけているかもしれないのだから。


 ここで「事件収集家・蒐田茜一」を撮影するんだ。二つの意味で緊張してきたな。一つ目は仕事として、人気シリーズに参加する事。


 二つ目は勅使川さんに会って話を出来るか。まぁ、二つ目に関しては勅使川さんが来ない可能性もまぁまぁあるからなんとも言えない。


 目を閉じて、深呼吸をして、緊張を静める。


 大丈夫。今日は撮影じゃない。空気に慣れたらいい。勅使川さんと何時間も話すわけじゃない。そこまで自分を追い込むなよ。


 よし、いける。

 目を開けて、撮影所に入って行く。


 スタッフの方々がそれぞれの部署で作業を行っている。

 俺はスタッフの方々一人1人に挨拶していく。


 えーっと、まずは五和(いつわ)監督の所に行ってから衣装部に行けばいいか。


 奥に進んでいくと、セットとカメラや照明とスタッフの方達と五和監督が居る。


 俺は邪魔にならないようにどこにも当たらないように細心の注意を払いながら進んでいく。もし、何かに当たって壊してしまうとそれだけで撮影時間が延びてしまうからだ。


「すみません。第6話で犯人役の笹木部亮太役をさせてもらう汐路敏です。よろしくお願いします」

と、五和監督に挨拶をした。


「おう。よろしく。五和です。第6話頼んだよ」

 五和監督は優しく挨拶を返してくれた。


 五和監督は映画やドラマ・ミュージックビデオなど多岐に渡り活躍されている方だ。気さくで役者からもスタッフさんからも信頼の厚い人だ。


「はい。期待に沿えるよう役割を果たします」

「いいね。その意気込み。頼もしい」


「ありがとうございます。それじゃ、今から衣装合わせなどに行ってきます」

「行って来い」


 俺は五和監督や周りに居る方々に挨拶をしてから、衣装部屋に向かう。


 なんか、凄い良い感じの現場だな。


これなら役者も本来の力を出しやすそうだな。現場によってはかなり雰囲気の悪い所もあるからな。


まぁ、スケジュールが間に合わなさそうや予算的に切羽詰まってる事が多いからなんとも言えないけど。


 あれだな。これだけ雰囲気がよければ自然とやる気がみなぎってくる。あとは自分がどれだけ頂いた役を演じられるかだけだな。


 衣裳部屋の前に着いた。ドアを三回ノックする。


「第6話で笹木部亮太を演じる汐路敏と申します」

「来た来た。入って入って」


 衣裳部屋から女性の声が聞こえる。


「失礼します」

 俺はドアを開けて、衣裳部屋の中に入る。


 衣裳部屋の中には大量の衣装がハンガーにかけられている。奥にはデスクが置かれており、その横には着替えをする為の試着室がある。


 予算がある作品だ。駄目だ。そんなこと思ってしまったら。でも、小劇場を経験した事のある俳優はこう言う所でも感動してしまう。


なぜなら、小劇場では衣装は自腹。メイクや機材の搬入や設営やばらしなどを自分達でやる事が多い。中には劇団員が照明や音響する劇団だってある。それは自主制作の映画でもあること。


 専門学校を卒業してすぐに出演させてもらった舞台ではメイクの仕方や設営などを知らなかったせいで先輩俳優達に叱られた。


でも、先輩俳優達はメイク道具を買うときは着いてきてくれたし、設営の仕方を教えてくれたりした。あの時の経験は今でも財産だ。


 あれ、そんな事をふと思い出して涙が出そうになった。


「なに、つたってるの。こっちに来て」


 衣裳部屋の奥から上下ブラックコーデで靴だけレトロ感のある赤色で花柄のローファーを履いている中年女性が手招きしている。


「あ、すいません」

 俺は頭を軽く下げてから、早歩きで中年女性の方へ向かう。


「君が汐路君ね。佐渡佳寿奈(さわたりかずな)よ。よろしく」

 佐渡さんは握手を求めてきた。


 近くで見ると目立ちがはっきりしているからほぼノーメークだけど綺麗だな。昔は演者だったのかな。


「よろしくお願いします」

 俺は握手に応じた。


「挨拶できる人はいいね」

「いやいや当たり前の事ですし」


 挨拶を褒められたのには驚いてしまった。コミュニケーションは俳優にとって一番大事な事。その中でも一番簡単なコミュニケーションが挨拶。


「その当たり前が出来ない人が増えたのよ。最近」

「そうなんですか」


 コミュニケーションを放棄しているのか。俳優の仕事は1人では成り立つ事は殆どない。1人芝居でさえ、照明さんや音響さんなどが居ないとできない。


「そうなの。それにしても、何で入口でつたってたの?」


「いやーお恥ずかしいんですけど、低予算の映像作品や小劇場の出身なので感動しちゃって」


 噓を吐く必要がない。恥ずかしいのは恥ずかしいけど事実を言わないと。


「あーそれは分かるわ。私も昔小劇場で芝居してたから」

「本当ですか」


「本当よ。でも、嬉しいでしょ。ここまで来れたんだって」

「ちょっとずつ実感でしてます」


「大丈夫。もっと実感できるようになるから」

 佐渡さんは微笑んでサムズアップをした。


「……はい」

 今まで辛かった事が報われた感じがして泣きそうになった。でも、まだ泣いてはいけない。何も始まってはいないのだから。


「ここで泣いちゃだめよ」

「泣きませんよ。30手前なんですから」


「ハハハ、ごめんなさいね」と、佐渡さんは笑った、

「子供じゃないんでね」


「だよね。そうだよね。あー、サイズは送られてきたもので間違えない?」

「はい。大丈夫なはずです」


 撮影場に来る前に体重は測ったけど、変化はなかったし、筋トレもインナーマッスルを鍛えるものだけだし変化はないはずだ。


「うん、見た感じ大丈夫だと思うんだけど一応測らせて」

「分かりました」


 佐渡さんはメジャーを取り出して、俺のバスト・ウエスト・ヒップを測り始めた。


 この業界に入るまではバスト・ウエスト・ヒップを男も測るとは思っていなかった。でも、衣装など用意してもらうには必要だから仕方が無い。


「誤差ミリ単位なんでよろしい」

 佐渡さんはメジャーをズボンのポケットに入れた。


「着る衣装ってどれですかね」

「インテリ犯罪者よね」


「そうなんですよ。眼鏡とかかけた方がいいですよね」


 自分成分を少しでも減らさないとインテリに見えないよな。本当は眼鏡がなくてもインテリに見えたほうがいいんだけど。


「そうね。眼鏡をかけないと貴方本来の強さの方が勝っちゃうもんね」

「ですよね。じゃあ、眼鏡はありですね」


「眼鏡は種類があるから選んで。度は入ってないから」

 佐渡さんはデスクの一番上の引き出しを開けた。そこには様々な形をした眼鏡が入れられている。


これは佐渡さんが集めたものなのか。それとも、この作品で購入したものだろうか。どっちなんだろう。まぁ、今はそんな事どうでもいいか。インテリに見える眼鏡を探さないと。

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