第11話 人気俳優たる所以
衣裳部屋であれでもないこれでもないとやって1時間が経った。
佐渡さんのおかげで着る衣装はなんとか決まった。これでインテリ犯罪者に近づけた気がする。それにしても、まだ撮影もしていないのに疲れが溜まった気がする。
芝居は舞台も映像も準備段階が一番苦労する。自分達本来の仕事である芝居が始まればあっという間に時間が進むので疲れるのは疲れるのだか楽しさややりきった充実感で思っているほど体力は減らない気がする。
アドレナリンってやつが出ているだけなのかもしれないが。
「七三にする? それともオールバックにする?」
メイクの七川美莉(ななかわみり)さんと髪型を模索している。
化粧台の鏡に映る自分と格闘するのは辛いものがある。どれだけ人に見られる仕事でも自分で自分を見る事は嫌だ。
アイドルやタレントの人で自撮りが趣味な人が居るがどんなふうに思えば自分の顔が好きになれるんだ。だって、スマホの写真が自分だらけになるんだぞ。
自分がスマホの容量を減らしてるんだぞ。絶対にできない。
「オールバックの方がいいと思います」
「じゃあ、一回やってみますね」
「お願いします」
七川さんは手にジェルをつけて、俺の髪型をオールバックにしていく。
俺は化粧台前の椅子に座ったまま変貌していく自分の姿を鏡で見ているだけ。
普段なら絶対オールバックはしないな。
「なんか違いますね」
七川さんは俺の髪型をオールバックにセットしてから言った。
「……ですね」
鏡に映るオールバックの俺はインテリと言うよりは極道だった。これでサングラスをかければ完全なる極道が誕生する。
「一回今風の七三にしてみますね」
「お願いします」
これは難航しそうな気がする。自分の顔の圧が強いのを呪いたい。でも、この顔のおかげで仕事をもらえている部分もあるからなんとも言えない。
メイク室のドアを三回ノックする音が聞こえる。
「鶴倉です。中に入っていいですか?」
つ、鶴倉輝斗。主役が来たぞ。これから撮影なのか。
「どうぞ」
七川さんが廊下に居る鶴倉さんに向かって言った。
「じゃあ、失礼します」
ドアが開いた。そして、鶴倉さんがメイク室に入って来た。
身長高いな。さすが185センチは違うな。スタイルも抜群だし。
どんなふうに日々過ごしてるんだろう。もしくはもともとの体質か。体質だったら生まれながらの主役じゃないか。
それにしても、ノーメイクと言うのに恐ろしいほどにかっこいいお顔。メイクしなくてもいいんじゃないかと言う程に肌も白い。
前世でどんな徳を積めばそんな神に愛された顔になるの。ごめんなさい。七川さん。俺を今すぐこのメイク室から出してもらえないかな。辛くなりそうだ。
「は、始めまして。汐路敏です」
「よろしく。鶴倉です。汐路君って呼んでいいかな」と、鶴倉さんは俺の肩を叩いた。
「よ、よろしくお願いします。いいですよ」
汐路君呼び。あの鶴倉さんに君呼びされるのか。あー駄目だ。男だけどキュンとしてしまった。これが女子ならいちころではないのか。
「よしそれじゃ、決まりだね」と言って、鶴倉さんは隣の席に座った。
「鶴倉さん、すいません。もう少ししたらセットの方から1人戻って来るんで」
七川さんは申し訳なさそうな顔をしている。
「大丈夫。気にしないで。汐路君に会いに来ただけだから」
鶴倉さんは微笑んで言った。
ちょ、ちょっと待って。キュンを超えてドキンってなってる。ドキンってなんだ。
まぁ、そんな事どうでもいいや。もう、乙女になってしまっている自分がいる。
こんな面の奴が乙女になっているのも変な話だけど。な、なんなの。この人たらしは。
そりゃ売れるわ。売れまくるわ。誰も嫉妬しないわ。嫉妬した方が哀れなレベルだわ。だ、駄目だ。おかしくなってるぞ、俺。
「あ、ありがとうございます」
本当に駄目だ。好きな人を前に緊張している女の子みたいに声が小さくなってしまっている。今まで色んな人に会ってきたけどこんな感覚初めてだ。
「あれ見たよ。極道喫茶オラオラ。メイド服に刺青は反則だよ。芝居もめちゃくちゃ面白かったし」
鶴倉さんは笑っている。
「え? 観てくれたんですか」
極道喫茶オラオラはヤクザがメイド喫茶を自分達で営業しながら、違う組と戦ったり、メイド喫茶に行きどうすれば素晴らしい接客が出来るかを模索したりするバイオレンスコメディ作品。
でも、作品のあくが強すぎてミニシアターでしか上映されなかった作品だぞ。
「うん。ミニシアターに観に行ったよ」
「ただただ嬉しいです」
一線で活躍する人は視野が広いな。見習わないと。
「だから共演が楽しみだったんだよ」
「俺も楽しみだったんです。共演できるの」
「嬉しい事言ってくれるね。面白い作品にしよう」
「はい。必ず」
なんだろう。鶴倉さんのコミュニケーション能力の高さなのか今日初めて会った感覚がしない。ずっと、話し合う事ができる気がする。
一流の主役は演技以外も一流なんだな。そう実感させられる。
俺が主役張ることはないと思う。
主役を張る人はそう言う星のもとに生まれ落ちる。芝居を始めた頃は羨ましく妬ましく思っていた。でも、今は違う。
俺の芝居で主役を輝かせれば作品が評価される。そして、最終的に自分も評価されるだろう。
自分が出来ない事を求めても意味がない。自分の出来る事に力を注ぐ。それがプロの仕事だと思うから。
「おはよう。鶴ちゃん」
後方からねっとりした聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「あ、おはようございます。勅使川さん」
鶴倉さんは後ろを向いて挨拶した。
俺は鏡を見て確認した。鏡には入り口で立っている勅使川さんが映っている。
昔から厚化粧だったがここ数年で拍車がかかったのかのようにさらに厚い。仮面と言っても過言ではないほどの厚さだ。そして、少しふっくらした気がする。
「おはようございます」
俺も挨拶をした。
「おはようございます」
七川さんがぎこちない笑顔で挨拶をした。
あれだな。きっと、勅使川さんの事嫌いだな。どうにかばれないようにしようとしているけど感情がそれを抑え切れてない。
やっぱり、嫌われている噂は本当みたいだ。
「どうも、どうも。鶴ちゃん今日も素敵ね」
勅使川さんは鶴倉さんの肩をべたべたと触っている。
「ありがとうございます」
鶴倉さんは何も動じる事無くスマイルで対応している。
メンタル最強なのか。それとも、割り切っているのか。凄い。さすがに好きでもない人にあそこまで触られると不快なはずなのに。
「貴方、どこかでお会いした事あったかしら」
勅使川さんは俺の顔を見て訊ねてきた。
「はい。昔、スノードロップの作品に参加させてもらった事があります」
「そうなの。そのさいはありがとうね」
ここしかチャンスがなさそうだな。いきなりだけど聞くしかない。
「はい。あのースノードロップの方でお会いしたい方が居るんですけど連絡先知っていたら教えていただけませんか」
「いいけど。誰?」
「亀沢夕乃さんと言う方なんですけど」
「……ごめんなさい。知らないわ」
勅使川さんの表情が一瞬強張った。それに変な間もあった。これは何かある。あきらかに何かを隠しているはずだ。
「そうですか。すみません」
俺は頭を下げた。
これ以上聞くと色々と面倒な事が起きる気がする。
「いいの、いいの」
「勅使川さん。ちょっとお話があるんですけどいいですか?」
鶴倉さんは席から立ち上がって言った。
「なに?」
「台本でお聞きしたいところがありまして」
「いいわよ」
勅使川さんはにやっとした表情を浮かべた。
あーその年で下心満々の顔をするなよ。申し訳ないけど気持ち悪いわ。駄目だ。思うと顔に出てしまう。平常心、もしくは無になれ、俺。
「じゃあ、場所を変えましょうか」
「どこがいいかしら」
鶴倉さんは勅使川さんの背中に手を当てて、メイク室の外に誘導していく。
台本で聞きたい事ってなんだろう。
鶴倉さんはメイク室から出る際にこちら側にウィンクをして、ドアを閉めた。
どう言う意味のウィンクだ。これは俺に対してのものか。それとも、七川さんに対してのものなのか。どちらなんだろう。
鶴倉さんと勅使川さんの足音がどんどん離れていく。
「いつもあーやって勅使川さんを外に出してくれるんです。私達の為に」
七川さんは言った。
「そうなんですか」
「はい。鶴倉さんが来てくれないと色々とやられたり言われたりするんです」
「例えばどんな事されるんですか?」
「メイク道具勝手に触って壊したり、嫌味や悪口を言ってきたりするんですよ」
それは他人の仕事を否定している事になる。それはいくら作品を生み出した人でも許されないぞ。
脚本も大勢の人達が居るからこそのものなのに。
「酷いですね。脚本家だから言い返せないって事ですか?」
「えぇ。だから、違う脚本家さんが担当してくれる回はみんな気持ちが楽なんですよ。現場に来ないので」
「皆さん辛い思いをされてるんですね」
「すいません。初めて参加される方にこんな話して」
七川さんは申し訳なさそうに謝罪してきた。
「いいですよ。噂で聞いてたんで」
「そう言ってもらってありがたいです」
「いえいえ。それじゃ、髪型決めていきましょう」
俺も七川さんも気持ちを上げていかないと。現場は楽しい雰囲気じゃないと。
「そうですね。色々とアイデア出していくんで」
七川さんはニコッと笑った。
「よろしくお願いします」
衣装もメイクも全て決まり、撮影を見学させてもらっている。少しでも早く現場の雰囲気に慣れたいのだ。
「事件収集完了です。これから事件の真相を皆さんにお教えしましょう」と、蒐田茜一を演じる鶴倉さんが本を閉じる。
周りの役者陣は驚く声などを出してざわつき始める。どの人達もいい芝居をしている。いい俳優達が集まると自然とその作品のクオリティは上がる。それだけ画面に噓が無くなるからだ。
「OK。カット」
五和監督の声が撮影スタジオに響き渡る。
「チェック入ります」
ADが言った後、五和監督や鶴倉さん達がカメラで撮影した映像を確認している。
俺も頑張らないと。この雰囲気の中で演じないといけないんだ。
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