第5話 オタク同士の会話って案外筒抜けなんだなって

「二戸坂。ウチと、バンド組んでくれ」



 金髪乙女の提案に、二戸坂はフリーズ。再起動と同時に声がひっくり返る。



「バンド!? え、誰が!?」


「ウチと、お前たちと」


「うっへえぇぇぇぇぇぇ!?」


「待ってわたしもぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」



 仲良く手を繋いで二戸坂と広世は絶叫していた。



「あっ、あの私っ、演奏はそんな……」


「けどお前、笑う七面鳥Pだろ」


「ほええええええええなんでそれをおおおお!?」


「アレだけ廊下や教室でお前らが話してんの聞いてたら、なんとなくわかるだろ」


「はぅぅぅぅ!」


「活動名やタイトル出さなくても、更新日とか曲の内容とか、そういうとこでバレるんだよ。ウチよりネットリテラシーなくてどうすんだ投稿者」



 予想外の相手から想定外の身バレ。生まれたての小鹿のように二戸坂の足は震えていた。



「けど、確信に変わったのは昨日だな。あの演奏聞いて、一発で分かった」


「え、演奏で?」


「ギターから響くメロディに、ボカロ特有の音の混ぜ具合。それと聞き馴染のあるコード。あれで間違いないと思った」



 数秒停止した後、二戸坂は声を漏らす。



「……お」


「お?」


「お、おbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbb」


「あダメだ! ニコちゃん、身バレと昼間のエラーが響いてキャパ死んでる!」


「え、なっ、エラー? キャパってなんだ!?」


「ニコちゃん、コミュ障陰キャ過ぎて会話に致死量があるの!」


「な、なるほど? まさか、お前もそうだったりする?」


「わたしは一度このテンションになっちゃえば、後悔するレベルまでアッパーモードのままだから平気!」


「後悔するレベルってもう大事故起きた後じゃねぇか。それブレーキぶっ壊れてるだけだろ車検行け」



 広世は白目のまま振動する二戸坂を座らせ、頭を指でグリグリと押し始める。



「ほーらニコちゃ~ん? もうすぐ修正終わるからねー」


「おっ、ごっ、あっ、がっ」


「おい、これ治んの? 脳みそイジられてる人みたいんなってんぞ」


「大丈夫、頭皮マッサージでリラックスさせてるだけだから~」


「アルマジロ……丸齧リ……」


「あ、調整ミスった」


「外科医なれお前。多分ノーベル賞いける」



 二戸坂の復旧作業を進める間、女ヶ沢は広世に目を向ける。



「ところで悪い、お前の名前聞きそびれてた」


「あっ、申し遅れました! わたし、広世ミミナと申します。しがないクリエイターモドキ。ミミちゃんでもミミナりんでも、お好きなようにお呼び――」


「おう、よろしくな広世」


「く、ぅ、デスヨネ。ではわたしは、女ヶ沢さんと――」


「ルーシィで良い。苗字は好きじゃない」


「おっけいルーさん!」


「距離詰めんの早っ。なんだこいつ」



 ここでようやく二戸坂が正気に戻る。



「もごご、ごぼっ! それ私のデザートイーグ……あれ?」


「お、起きたか」


「ミミナちゃんの再生医療の賜物だよぉ。崇めなさーい」


「で、返事を聞かせてくんねぇか?」



 女ヶ沢は真剣に、どこか遠くから見つめるような期待に満ちた目で問う。


 少し目を泳がせた後、二戸坂は弱弱しく言葉を返した。



「バンドのこと、ちょっと考えさせて……」


「ニコちゃん……」


「きっ、気持ちをちゃんと整理つけてから返事したいの! けど今はバンドのお誘い、前向きに考えてます……! あやっ、そのっ、別に上から目線とかじゃなくて」


「分かった、ありがとう。返事は、いつでも待ってる」



 そう言って踵を返す女ヶ沢に、気を悪くしたかと二戸坂は焦りを覚えた。


 だが不安は彼女の微笑みで拭き取られる。



「腹が決まったら声かけてくれ。ウチは基本教室に。いなきゃ、そうだな……音でも辿って来てくれ。じゃあな」



 女ヶ沢は満足気な表情で、学校を後にした。



「ニコちゃん、良かったの?」


「うん、大丈夫」



 二戸坂は親友へ自信をの満ちた顔を向ける。


 スマホの黒い画面に反射する、『幽霊の顔』を一度覗いてから。



 ※



「お母さんただいまー」


「おかえり結香ちゃーん。今スッポン捌いてて手が離せないから、手洗いついでにお風呂お願い」


「はーい」



 自宅に着いた二戸坂は女ヶ沢と明日のことについて考えてた。風呂場に向かう足取りはいつになく軽やかだ。



「お願いします! って言えば良いのかな? うう、即答した方がやっぱり良かったかも……いいや、それだと怖気づいちゃってた、きっと」



 二戸坂の心は晴れやかな気持ちで包まれていた。


 これで自分が変わるきっかけになるかもしれない。そう思っていた。



「でも大丈夫。この顔がまた、私に勇気をくれるから――」



 風呂の戸を開けた瞬間、二戸坂は驚きのあまり足を止めた。



「……へ?」



 シャワーの横にある風呂の鏡。そこには映っていた。ありのままの彼女の顔が。


 嫌になるほど見飽きた、野暮ったくて平凡な、自分自身の顔が。



「いつもの、顔?」



 二戸坂結香は鏡に映る自分に絶望していた。

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