第5話『相互理解編』
第1話:回復期の会話
月曜日の朝、研究棟は普段と変わらない雰囲気に包まれていた。しかし—
「おはようございます」
青木理沙が研究室のドアを開けた瞬間、周囲の視線が一斉に集まる。
「お、おはよう...」
村上咲も、いつもより少し遅れて入ってくる。二人の距離感が、微妙に違っていた。
「おはよう、お二人さん♪」
中村翔子が、にやにやしながら近づいてくる。
「翔子さん!」理沙が慌てる。「その、昨日のことは...」
「昨日?」翔子が意地悪く。「温室での、あの告白のこと?」
研究室が静まり返る。
「きゃー!」女子学生たちが歓声を上げる。「やっぱり!」
「も、もう...」理沙が真っ赤になる。
「理沙さん」咲が小さな声で。「私、お茶入れますね」
「あ、一緒に...」
「えー!」周囲から茶化す声。「もう二人で行動するんだ〜」
「違います!」理沙が必死で否定。「単にお茶を...」
その時、山田健一が現れる。
「おや、朝から賑やかだね」山田が微笑む。「まあ、研究室に素敵なカップルが誕生したんだから、当然か」
「山田君まで...」
理沙は諦めたように溜息をつく。一方、給湯室では—
「え?咲ちゃん、紅茶のティーバッグ入れっぱなしでいいの?」
給湯当番の後輩が心配そうに。
「あ!」咲が我に返る。「ごめんなさい、考え事してて...」
「まあまあ」後輩が優しく笑う。「恋する乙女は、ぼーっとしちゃうよね」
「もう!皆まで」
しかし咲の笑顔は、どこか嬉しそう。
給湯室を出ると、理沙が待っていた。
「あの...」二人が同時に。
「咲さんから」
「理沙さんから」
また同時で、思わず目が合う。
「ぷっ...」二人で吹き出す。
「あら」翔子が通りかかる。「随分と仲良しね」
「研究の話です!」理沙が即答。
「は、はい!実験の...」咲も慌てて同調。
「へえ〜」翔子が意地悪く。「じゃあ、手を繋いでるのも実験?」
「えっ!」
二人は慌てて手を離す。気づかないうちに、自然と指が絡まっていた。
「か、かわいい...」周囲の女子学生たちがため息。
その時、藤田教授が現れる。
「おや、随分と賑やかですね」教授が穏やかに笑う。「青木さん、村上さん、おめでとう」
「先生!?」理沙が驚く。「どうして...」
「温室の件は」教授がウインクする。「私からも一役買わせてもらいました」
「まさか...」咲が目を丸くする。「あの鍵は」
「さあ?」教授が茶目っ気たっぷりに。「恋する二人に、運命の女神は微笑むものです」
「先生まで...」理沙が眼鏡を直しながら。
「それより」教授が話題を変える。「お二人の共同研究、今後が楽しみですね」
「はい!」咲が元気よく答える。「理沙さんと一緒に...あ」
また周囲から歓声が上がる。
「咲さん」理沙が優しく微笑む。「紅茶、冷めてしまいますよ」
「あ、そうでした」
二人は研究室の隅に腰かける。他人の視線は気になるが、不思議と居心地は悪くない。
「ねえ」咲が小さな声で。「これから、どうなるんでしょう」
「それは...」理沙がマフラーに手を当てる。「一緒に、見つけていきましょう」
窓から差し込む朝日が、新たな一歩を踏み出した二人を優しく照らしていた。
第2話:互いの本音
休日の駅前で、青木理沙は時計を見つめていた。初めてのデート。いつもの白衣ではなく、シンプルなワンピース姿。
「早く来すぎたかも...」
「理沙さーん!」
振り返ると、村上咲が手を振りながら走ってくる。可愛らしいスカート姿に、理沙の心拍数が上がる。
「走らないでください」理沙が慌てて注意。「危ないです」
「えへへ」咲が息を整える。「理沙さんに会いたくて...あ」
二人とも赤面する。付き合い始めて一週間。まだこういう言葉に慣れていない。
「その...」理沙が話題を変えようと。「映画までは時間があるので」
「あ!」咲が目を輝かせる。「理沙さんの行きたいお店、案内してください!」
「え?私の...?」
「うん!」咲が理沙の腕に抱きつく。「理沙さんの好きなもの、もっと知りたいな」
「ちょ、ちょっと!」理沙が周囲を見回す。「人が...」
「大丈夫ですよ」咲が笑顔で。「恋人同士なんですから」
その言葉に、理沙の抵抗が溶けていく。
「じゃあ...」理沙が小さな声で。「古本屋さんは、ダメですか?」
「行きましょう!」
咲の即答に、理沙は嬉しくなる。実は少し心配だった。自分の趣味は、咲には退屈かもしれないと。
古本屋に入ると、理沙の目が輝きだす。
「あっ!これ絶版の...」
「どんな本ですか?」
理沙が説明を始めると、咲は真剣に聞いている。時折質問を投げかけ、理沙の言葉に頷く。
「咲さん」理沙が不思議そうに。「退屈じゃ...」
「ううん!」咲が首を振る。「理沙さんが好きなことを話す時の表情、すっごく素敵なんです」
「!!」
「あ」咲も自分の言葉に照れる。「でも本当です」
二人は目を合わせ、くすくすと笑う。
「私も」理沙が意を決して。「咲さんの好きな場所へ行きたいです」
「えっ!じゃあ...」
次に訪れたのは、小さな実験道具店。
「へえ」理沙が感心する。「こんなお店があったんですね」
「でしょう?」咲が得意げに。「実験器具の掘り出し物が...あ!」
咲が棚から何かを取り出そうとして、バランスを崩す。
「危ない!」
理沙が咲を支える。が、勢いで二人とも倒れそうに。
「わっ!」
「きゃっ!」
思わず抱きしめ合う形になる。
「ご、ごめんなさい」咲が身動きできない。「いつも私のせいで...」
「いいえ」理沙が囁く。「これも、咲さんらしくて...」
「理沙さん...」
その時、店主が奥から現れる。
「お客様、大丈夫ですか...おや?」
二人は慌てて離れる。
「あの!これを」咲が適当に商品を手に取る。
「ビーカー立てですか?」店主が笑顔で。「お似合いのカップルには、特別価格で」
「カップルじゃ...」理沙が否定しかけて。「あ、そうでした」
今は否定する必要はないのだと、気づく。
「ありがとうございます」咲も嬉しそうに。
店を出ると、もう夕暮れ。
「映画...」理沙が申し訳なさそうに。
「いいんです」咲が理沙の手を握る。「こっちの方が楽しかった」
「本当に?」
「はい」咲が真剣な表情で。「理沙さんのこと、いっぱい知れて。それに...」
「それに?」
「理沙さんも、私のドジな部分を受け入れてくれて」
理沙は咲の手を強く握り返す。
「咲さんは、私の硬い部分も」
二人は顔を見合わせ、笑顔になる。完璧じゃない。でも、それでいい。
「ねえ」咲が提案する。「帰りにケーキ食べませんか?」
「実は」理沙も恥ずかしそうに。「甘いもの、好きなんです」
「私も!」
夕暮れの街を、二人の楽しそうな声が響いていく。
第3話:新たな視点
青木家の玄関前で、村上咲は深呼吸を繰り返していた。手には、丁寧に包装された手作りクッキー。
「大丈夫ですか?」理沙が心配そうに。
「はい!」咲の返事は少し高めの声。「あの、理沙さんのお母様って...」
「そうね」理沙が考え込む。「私と似てるけど、もっと...」
「お待たせ〜」
玄関が開き、青木母が現れる。確かに理沙に似ているが、表情は柔らかい。
「あら、咲ちゃん?」母が嬉しそうに。「理沙の話で聞いてたより、可愛いわね!」
「お、お邪魔します」咲が緊張気味に。「これ、つまらないものですが...」
「まあ、手作りクッキー?」母が目を輝かせる。「理沙、こんな素敵な子を見つけたのね」
「母さん!」理沙が慌てる。「そんな、いきなり...」
「あら、照れちゃって」母がくすくす笑う。「でも珍しいわ。理沙が友達を家に」
「その...」理沙が眼鏡を直しながら。「咲さんは、友達じゃなくて...」
「え?」母が首を傾げる。
「お付き合いさせていただいてます!」咲が勢いよく頭を下げる。
一瞬の静寂。
「きゃー!」母が突然歓声を上げる。「ついに理沙にも春が!」
「もう!」理沙が真っ赤になる。「そんな大げさに...」
「大げさじゃないわ」母が咲の手を取る。「ウチの理沙、研究と本ばっかりで心配だったの」
「はい」咲も笑顔になる。「でも、そんな真面目な理沙さんが好きです」
「咲さん!」理沙が慌てる。「それは...」
「さあさあ」母が二人を促す。「お茶にしましょう。理沙の子供の頃の話、たくさんあるわよ」
「え!?それは困ります!」
リビングに通されると、棚には理沙の写真が。眼鏡をかけた小学生の理沙が、分厚い本を抱えている。
「可愛い...」咲が思わず声を上げる。
「見ないでください!」理沙が隠そうとする。
「この本」咲が写真を指さす。「もしかして哲学書?」
「ええ」母が懐かしそうに。「小学生の理沙ったら、ハイデガーが読みたいって」
「やっぱり!」咲が嬉しそうに。「理沙さんらしいです」
「へえ」母が意味深に。「理沙の"らしさ"、よく知ってるのね」
二人が赤面する。
「その、研究で一緒に...」理沙が言い訳を。
「毎日一緒にいるから」咲も慌てて。
「まあまあ」母がクッキーを出す。「あら、美味しい!咲ちゃん、お菓子作り上手ね」
「ありがとうございます」咲が照れる。「理沙さんの好みを研究して...」
「研究?」母が吹き出す。「やっぱりお似合いね、二人とも」
「!!」
居間に笑い声が響く。その時、理沙の携帯が鳴る。
「翔子さん?」理沙が画面を見る。「もしもし...えっ!?」
「どうしたの?」母が心配そうに。
「実験室で...山田君が...」理沙が焦る。
「大変!」咲も立ち上がる。「行かないと」
「ごめんなさい、母さん」
「すみません、突然...」
「いいのよ」母が優しく笑う。「若い研究者は忙しいものね。でも咲ちゃん」
「はい?」
「また来てね。理沙の赤ちゃんの写真も、まだまだあるから」
「母さん!」
「楽しみです!」咲が満面の笑みで。
玄関を出る二人を、母は優しく見送る。
「あの」咲が走りながら。「理沙さんのお母様、素敵な方でした」
「そう...かも」理沙も嬉しそう。
「実は緊張で」咲が告白する。「お母様に嫌われたらどうしようって」
「私も」理沙が咲の手を握る。「咲さんが引いちゃわないか、心配で」
「理沙さん...」
「さあ」理沙が優しく微笑む。「山田君を助けに行きましょう」
二人は手を繋いだまま、研究棟へと走っていく。
第4話:共同論文
深夜の研究室。青木理沙と村上咲は、論文の締め切りと格闘していた。
「やっぱりここは」理沙が画面を指さす。「もう少し論理的な説明が...」
「でも」咲が首を傾げる。「そうすると、面白さが失われちゃいませんか?」
「面白さより、厳密さを...」
「理沙さん」咲が真剣な表情で。「私たちの研究の良さって、論理と直感のバランスだと思うんです」
理沙は言葉に詰まる。確かにその通りだ。二人で歩んできた道のりを思い返す。
「ごめんなさい」理沙が溜息をつく。「つい、完璧を求めすぎて」
「えへへ」咲が理沙の肩に頭を乗せる。「それも理沙さんの可愛いところです」
「もう...」理沙が赤面する。「論文に集中しないと」
その時、研究室のドアが開く。
「まだ残ってたの?」中村翔子が覗き込む。「って、二人きり?」
「論文の作業です!」理沙が慌てて咲から離れる。
「そうそう」咲も必死で説明。「共同研究の発表が...」
「へえ〜」翔子がにやにや。「二人の共同作業、楽しそうね」
「楽しいというか」理沙が眼鏡を直しながら。「真面目な研究を...」
「あ!」咲が突然声を上げる。「そうだ!」
「どうしました?」
「この研究」咲が目を輝かせる。「私たちの関係みたいなんです」
「え?」理沙が驚く。
「へえ」翔子が興味深そうに。
「だって」咲が説明を始める。「最初は全然噛み合わなかった論理と直感が、少しずつ理解し合って...そして今は」
理沙の目が見開かれる。確かに、論文のテーマである「理論と実践の融合」は、二人の歩みそのものだった。
「すごい!」翔子が拍手。「ラブストーリーを研究に昇華するなんて」
「違います!」理沙が真っ赤に。「純粋な学術的...」
「でも」咲が小さな声で。「理沙さんとの思い出が、研究の原動力になってます」
「咲さん...」
翔子は、そっと部屋を出ていく。
「私も」理沙が覚悟を決めたように。「咲さんと出会えたから、研究の新しい視点が見えてきたんです」
「理沙さん!」咲が飛びつく。
「きゃっ!」椅子が傾く。
「危ない!」理沙が咲を抱きしめる。
「ごめんなさい」咲が照れる。「嬉しくて...」
「まったく」理沙が優しく頭を撫でる。「研究者なのに」
その時、パソコンが警告音を。
「あっ!」二人が慌てて画面を見る。
「締め切りまであと1時間!」
「大変!」咲が慌てて席に戻る。「でも、方針は見えてきました」
「ええ」理沙も頷く。「二人の視点を活かして」
キーボードを叩く音が響く。時折、二人の目が合い、小さな笑みを交わす。
「よし!」
「できました!」
深夜3時、ようやく完成した論文。画面には、理沙の論理的な考察と、咲の直感的な発見が、見事に調和している。
「お疲れ様でした」理沙が伸びをする。
「理沙さんも」咲があくびを。
「咲さん」理沙が突然真剣な表情に。
「はい?」
「この研究...私たちの始まりなのかもしれません」
咲の目が輝く。
「これからも」咲が理沙の手を握る。「一緒に研究したいな」
「ええ」理沙も握り返す。「論文も、恋も」
窓の外が白み始める。新しい朝の訪れと共に、二人の研究者としての一歩も、確かに進んでいた。
第5話:理解の深まり
村上家の玄関前、青木理沙は緊張で固まっていた。手には高級な和菓子の箱。
「理沙さん、入りましょう!」
「え、ええ...」
咲が元気よくドアを開ける。「ただいま〜!理沙さんを連れてきました!」
「お邪魔します...」理沙の声が震える。
「あら!」村上母が顔を出す。「咲がいつも話してる理沙ちゃん?」
「はい...これ、つまらないものですが」
「まあ、うちの娘がお世話になって」母が笑顔で。「咲ったら、毎日理沙ちゃんの話で」
「お母さん!」咲が慌てる。「そんな話は...」
「あら?恥ずかしい話だった?」母が意地悪く。「理沙ちゃんのどこが好きとか、どんなところが可愛いとか」
「もう!」咲が真っ赤になる。
理沙は、咲のいつもと違う表情に、思わず微笑む。
「さ、お部屋に行きましょう!」咲が理沙の手を引く。
「あ、はい...」
咲の部屋に入ると、理沙は驚いた。壁一面に実験器具の図鑑のページが貼られている。
「これは...」
「えへへ」咲が照れる。「高校生の時から、科学が好きで」
「すごい」理沙が感心する。「私の部屋は哲学書ばかりだったのに」
「知ってます」咲がにっこり。「理沙さんのお母様に写真見せてもらいました」
「そうでした」理沙も笑顔に。
その時、下から声が。
「咲〜、お茶が入ったわよ〜」
リビングに降りると、テーブルには和菓子が並んでいる。
「あら」母が理沙を見る。「もしかして、お抹茶は苦手?」
「い、いえ」理沙が慌てて。「大丈夫...」
「本当は苦手なんです」咲が突然。
「え?」
「理沙さん、お抹茶は口に合わないはずです」咲が母に説明する。「紅茶派なんです」
「そうだったの?」母が立ち上がる。「じゃあ紅茶を入れ直すわ」
「申し訳ありません...」理沙が頭を下げる。
「いいのよ」母が優しく。「咲の大切な人なんだから」
その言葉に、理沙の胸が温かくなる。
「ねえ」母が紅茶を入れながら。「二人の研究、うまくいってる?」
「はい!」咲が目を輝かせる。「理沙さんと一緒だから...」
「研究のことになると」母が笑う。「咲ったら目が輝くのよね。子供の頃から」
「そうなんですか?」理沙が興味深そうに。
「ええ。でも最近は特別よ」母が意味深に。「理沙ちゃんのおかげね」
「私なんて...」理沙が謙遜する。
「いいえ」母が真剣な表情で。「咲が本当に楽しそうなの。研究も、恋も」
「お母さん!」咲が顔を隠す。
「まあまあ」母がくすくす笑う。「若い二人に、年寄りが口を出しすぎたかしら」
その時、庭から物音が。
「あ!」咲が飛び出す。「実験用の植物が!」
「あらあら」母が呆れたように。「まだあの実験続けてたの」
理沙は咲を追いかけようとして、母に呼び止められる。
「理沙ちゃん」
「はい?」
「咲のこと、よろしくね」母が柔らかく微笑む。「あの子の"好き"を、理解してくれる人で良かった」
「こちらこそ」理沙が深々と頭を下げる。「咲さんに出会えて、私も変われました」
「理沙さーん!」咲の声が庭から。「大変です!」
「行ってあげて」母が促す。「恋する研究者さん」
理沙は照れながらも、咲の元へ駆けていく。庭では、咲が実験用の植物を抱えて右往左往していた。
「もう」理沙が優しく手を差し伸べる。「手伝いますよ」
夕暮れの庭で、二人の影が重なる。母は台所から、そんな二人を温かく見守っていた。
第6話:感情の確認
研究室の空気が、妙に重かった。青木理沙と村上咲が、珍しく無言で作業している。
「あの」中村翔子が気まずそうに。「二人とも、大丈夫?」
「はい」二人が同時に答えるも、目は合わせない。
原因は昨日の実験。咲の直感的なアプローチを、理沙が否定してしまったのだ。
「でも」山田健一が心配そうに。「このままじゃ、研究も」
「研究は問題ありません」理沙がきっぱりと。
「実験に支障はないです」咲も強気に。
翔子と山田は顔を見合わせる。
その時、藤田教授が現れる。
「おや?」教授が空気を読み取る。「珍しい雰囲気ですね」
「先生」理沙が立ち上がる。「実験データの件で...」
「私の提案が受け入れられなくて」咲も抗議するように。
「ふむ」教授が考え込む。「お二人とも、温室に来てください」
「え?」二人が驚く。
「思い出の場所でしょう?」教授がウインクする。
温室に入ると、以前と変わらない佇まい。ただし—
「鍵が、壊れてる!?」咲が慌てる。
「閉じ込められました」理沙も焦る。
外では教授が優しく微笑む。
「解決するまで、ここで話し合ってください」
「先生!」二人の声が重なる。
しかし教授は、翔子と山田を連れて立ち去ってしまう。
「まさか」理沙が溜息。「こんな展開になるなんて」
「理沙さんこそ」咲が拗ねたように。「私の意見、全否定でしたよね」
「違います」理沙が真剣な表情で。「否定したのは実験方法であって、咲さんの...」
「でも!」咲の声が震える。「私、理沙さんの役に立ちたくて。研究者として、恋人として...」
「咲さん...」
「きっと理沙さんには」咲が涙をこらえる。「私なんかじゃ、物足りないんです」
「違う!」
理沙が咲の肩を掴む。
「どうして」理沙の声も震えている。「そう思うんですか」
「だって」咲が小さく。「理沙さんは完璧で、私は...」
「完璧なんかじゃありません」
理沙が咲を抱きしめる。
「むしろ、咲さんがいるから、私は変われた。論理だけじゃない、新しい視点を...」
「理沙さん...」
「ごめんなさい」理沙が謝る。「咲さんの気持ち、わかってあげられなくて」
「私も」咲が理沙にしがみつく。「理沙さんを困らせてばかりで」
二人の涙が、温室の床に落ちる。
「ねえ」咲が小さく。「私たち、なんでケンカしてたんでしょう」
「さあ」理沙も照れたように。「お互い、相手のことを考えすぎて」
「ぷ...」二人で吹き出す。
その時、温室の扉が開く。
「あら」翔子が覗き込む。「仲直りできた?」
「も、もう」理沙が慌てて咲から離れる。「見てたんですか?」
「教授の作戦、見事に的中ね」翔子が満足げに。
「作戦...」咲が気づく。「まさか鍵も!」
「さあ?」翔子が意地悪く。「若い二人の仲直りに、大人たちが一役買っただけよ」
「翔子さん...」二人が感謝の目で見つめる。
「それより」翔子が二人の背中を押す。「研究、再開しましょ?今度は二人の良さを活かして」
「はい!」咲が元気よく。
「ええ」理沙も優しく微笑む。
夕暮れの温室で、二人は手を繋ぎ合う。
「これからは」理沙が囁く。「もっと話し合いましょう」
「うん」咲が頷く。「だって私たち、最高のパートナーだもん」
温室の植物たちが、そんな二人を見守るように揺れていた。
第7話:関係の変化
夜の研究棟の屋上。青木理沙と村上咲は、星空を見上げていた。
「理沙さん」咲が星座を指さす。「あれ、なんの星座だと思います?」
「うーん」理沙が眼鏡を直す。「カシオペア...でしょうか」
「正解!」咲が嬉しそうに。「理沙さん、星にも詳しいんですね」
「いえ」理沙が照れながら。「咲さんが教えてくれたから」
仲直りしてから一週間。二人の関係は、以前より深いものになっていた。
「ねえ」咲が真剣な表情になる。「理沙さんは、将来のこと考えたことありますか?」
「将来...」理沙も空を見上げる。「研究者として、それと...」
「それと?」
「咲さんと、ずっと...」理沙の言葉が途切れる。
その時、屋上のドアが開く。
「おや?」藤田教授が現れる。「まだ残ってたんですか」
「先生!」二人が慌てて立ち上がる。
「いえいえ」教授が手を振る。「実は、お二人に話があって」
「話というと?」理沙が緊張する。
「共同研究の件です」教授が嬉しそうに。「お二人の論文が、学会で高く評価されまして」
「えっ!」二人の声が重なる。
「来月の学会で、基調講演を依頼されています」
「私たちが!?」咲が目を丸くする。
「そんな...」理沙も信じられない様子。
「論理と直感の融合」教授が優しく微笑む。「お二人だからこそ、できた研究です」
二人は顔を見合わせる。
「これも」理沙が咲の手を握る。「咲さんのおかげです」
「違います」咲も強く握り返す。「理沙さんがいたから...」
「まあまあ」教授が楽しそうに。「お互いを認め合えるカップルは、最強の研究パートナーになれる」
「先生...」二人が赤面する。
「それと」教授が何かを取り出す。「これを」
「これは?」
「海外の研究所からの招聘状です」
「海外...」理沙が息を呑む。
「二人分です」教授が付け加える。
「二人...」咲が理沙を見つめる。
「咲さん」理沙が決意を込めて。「一緒に、行きませんか?」
「でも」咲が不安そうに。「私なんかが、理沙さんの足を...」
「違います」理沙が強く言う。「咲さんがいないと、私は前に進めない」
「理沙さん...」
「喧嘩した時」理沙が続ける。「気づいたんです。咲さんは、私の研究の、そして人生の、かけがえのないパートナーだって」
咲の目に、涙が浮かぶ。
「私も!」咲が飛びつく。「理沙さんと一緒なら、どこへでも」
「わわっ」理沙が慌てて支える。「また転びますよ」
「えへへ」咲が泣き笑い。「これも研究の一環です」
「どういう理論ですか?」理沙も笑顔に。
教授は、そっと屋上を後にする。
「先生!」理沙が呼び止める。「ありがとうございました」
「ええ」教授が振り返る。「お二人の未来が、楽しみです」
星空の下、二人は固く手を繋ぐ。
「ねえ」咲が囁く。「理沙さんの将来の夢、聞かせてください」
「そうですね」理沙が優しく微笑む。「まずは海外で、咲さんと新しい研究を。それから...」
「それから?」
「二人で」理沙が真っ赤になりながら。「素敵な家族を...」
「理沙さん!」咲が抱きつく。「大好きです!」
「私も」理沙が囁き返す。「大好きです」
夜風が二人を包み込む。星々は、これからの道のりを祝福するように、優しく瞬いていた。
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