第11話 復活の京子
「最低ね、白石さん。この子を侮辱しないでくれるかしら」
両手を腰に、胸を張って堂々と立つ黒髪ロング大和撫子。眼前の金髪ショート白ギャルに鋭い視線を向け、ハキハキと言ってのける。
始業前の体育館裏。十日前と全く同じシチュエーションだ。もちろん僕は京子の一歩後ろでしょぼんとしている。僕の口から華乃さんに浮気を問いただすなんてこと出来るわけないからな……!
「え、えと」
とても困惑した様子で、僕に不安げな視線を向けてくる華乃さん。これも前回と同じ。しかし、前回とは違い、彼女には京子に詰め寄られるだけの理由がある。罪がある。
「侮辱って、どーゆーことなのかな、橘さん。あはは、ちょっとわかんないかも。あ、おはよ、一太。今日もかっこいいね」
「ぐっ……!」
そうだ、これだ。この、当然のように僕を褒めてくる言葉が、とても空虚に聞こえる。いや、空虚というのもまた違う。むしろ、しっかり中身が、彼女の本心が込められているとしか思えないからこそ、僕の心を蝕んでくる。
華乃さんは、こんなセリフをこんなカジュアルに言ったりしない……! 言うとしても、『普段はからかってばかりだから、こんなこと面と向かって言うの恥ずかしくて、結局からかい混じり』になってしまわなければおかしいのだ……! おかしいよな? おかしいだろうが!
でも今の彼女はそうではない。なぜなら――
「今更そうやって取り繕ったって遅いのよ。あなたが陰でこの子を馬鹿にしていることはお見通しなの。結局、遊びのつもりだったのね。おかしいと思ったのよ。あんなにもこの子のことを不自然に持ち上げて……そして高く持ち上げた分だけ、この子はあなたに裏切られて、深く深く地の底まで叩き落とされてしまったの。私が手を取ってあげたことで何とかなったけれど……本当、最低よ。この子を傷付けるなんて」
「ど、どういうことなの、一太……?」
――なぜなら、心が僕に向いていないから。すなわち――
「白石さん、あなた、浮気しているのでしょう?」
京子が言ってくれた。ノリノリだった。僕が浮気されてとても嬉しそうな京子なのであった。見るからに活力が漲っていた。目はギッンギン、肌はツッヤツヤだった。
「……え……? は……は? う、浮気……? わたしが……?」
虚を突かれたように瞠目する華乃さん。まるで、彼女がクラスの不良をからかい出したのを目撃した僕のようだ。
「白々しいわね。誤魔化したって無駄よ。あなたが一太以外の男とどこまでのことをしたのか、私には分からない。そんなことまでこの子の口から説明させるなんて、あまりにも残酷だもの。それに、そんなこと確認する必要すらないの。もしかしたら、あなたにとっては浮気の範疇に入らなかったのかもしれない。でも、この子が浮気されたと感じたのなら、それは紛れもなく浮気なのよ! この子は傷付いた! あなたに傷付けられた! それだけが事実! どんな言い訳を重ねようと私は絶対あなたを許さない! 絶対この子を守る! 別れさせる!」
「ちょ、ちょっと待って!? え? 一太が言ったってこと? わたしが一太を裏切ってるって? ね、ねぇ、一太? もしかして、これ……ドッキリってやつ……? 一太、わたしのこと……からかってる……?」
「――――っ、何を……っ……僕が華乃さんをからかうわけないだろ!」
「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあ、これは、どーゆー……」
「どうもこうもないよ! 君は、僕と付き合い始めてから今日まで、僕をからかっていないじゃないか! ただの一度も!」
「…………え?」「…………は?」
なぜか華乃さんと京子が声を合わせる。同じようにキョトンとした顔でこちらを向く。なぜだ。
「『え?』じゃないよ! 『は?』でもない! 華乃さん! 僕は気づいてるんだからな! 君はここ最近、別の男をからかっているじゃないか! 京子だって見ただろう、教室で! にもかかわらず、彼氏の僕のことは一切からかってこないんだ! これは一体、どういうことなんだい!?」
僕の我慢も限界だった。ついに、最愛の恋人である華乃さんに詰め寄り、まくし立ててしまった。
からかわれる側が「からかい」を求めるような発言をするなんてタブーであり、「からかい」の醍醐味を壊す、無粋極まりない行為だ。本当は絶対そんなことしたくなかったけど、事ここに至っては、さすがに言わざるを得なかった。
まぁ、やはり明確に「からかってくれ」とは絶対言うわけにいかないんだけど。あと「浮気」だとか「裏切り」だなんて直接的なワードを出す勇気もない。普通に脳が壊れる。
僕の必死の形相を前に、驚いた様子の華乃さんだったが。発言の意味を汲み取ろうとするかのようにしばらく黙り込み。そして、なぜか徐々に顔をポーッと赤らめていって、
「……からかえるわけ、ないじゃん……大好きな彼氏のこと……っ」
「は?」
俯きがちにもじもじしながら、そんな言葉を絞り出すのだった。は? 何だその可愛すぎる仕草。浮気の言い訳中なはずだろ、意味わからん。
しかし華乃さんは、なおも理解不能な可愛さで理解不能な発言を続ける。
「初めて会ったときからずっとわたしを救ってくれて……優しくて頼りになってカッコよくて、完ぺきな彼氏で……からかえるとこなんてあるわけないじゃん。むしろわたしが一太に見合う女性になれるよう、女子力向上頑張らなきゃってくらいなのに」
「は?」
完全に恋する乙女の顔で、真っ赤な頬を押さえる華乃さん。とても浮気の言い訳中とは思えない。
「そりゃ確かに、付き合う前は変なイジワルとかいっぱいしちゃったけどさ……わかるじゃん、そんなの、言わなくても……」
「あ、ああ! わかるよ、そりゃ! 君と僕にとっての『からかい』がどんなものだったのかなんて! 口にしなくてもわかるし、軽々しく口にしていいものじゃない!」
「でしょ? わざわざ言ってくるとか、それこそイジワルじゃん。もしかして、仕返しのつもり……? まぁ、そりゃわたしが悪いけどさ、好きな人の気を引くためだけに、くだらないちょっかい出しちゃうとか、小学生みたいだし……」
「は?」
「でも、だって、わかんなかったんだもん……恋愛なんてしたことなかったし、恋しちゃったのすら初めてだったし……だから、自分のこと見てもらうためにさ、まずは存在に気づいてもらわなきゃって、必死だったのっ。他の方法なんて、知らなかったんだもん……」
「は?」
こいつはさっきから……何を宣ってるんだ……?
くだらないちょっかい? 小学生みたい? からかいが? 僕と君とのからかいが、小学生の、くだらないちょっかい?
おかしいよ……もはや犯罪だよ……僕と君のあの営みを、小学生なんかがしていいわけないだろ……確かに傍からは幼稚な行動に見えたかもしれないけど、そういうカモフラージュも含めての「からかい」だろ。周りから隠れるようにして、僕たちは、濃密で濃厚な感情と快感を交わし合っていたんじゃないか。ガキ同士のじゃれ合いごときと同列に語るなんて、貞操観念が崩壊してるよ……!
だって、だって……!
僕と君にとって、からかいは――いわばセックスじゃないか!!
本気の愛を確かめ合うためのセックスでもあるし、時には快楽を求めるためのカジュアルなセックスでもある。
そうだ、言ってみれば僕らの繋がりは、セックスから始まってしまったものでもあるわけだ。出会ってすぐに運命を感じ、勢いで「からかい」をしてしまった。お互い初めての「からかい」だったけど、妙にしっくり来てしまった。相性が、抜群に良かった。そこから僕らは「からかい」に溺れ、「からかい」を重ねていく内に、心までも互いの虜になってしまって。徐々に徐々に「からかい」欲と愛情の境目が溶け合っていき。その二つを区別する必要が、なくなっていったのだ。つまり、心も「からかい」も含めて、僕らは互いに恋をし合った。愛し合った。「からかい」をしたから好きになったし、好きだから「からかい」をする。「からかい」を重ねるたびに、より相手を知って、より「好き」になる。
そうして、正式に付き合うことになって。からかいフレンド――「からフレ」から脱却し、恋人同士になったことで。これからは、今まで以上に激しく、今までとは違い、背徳感や罪悪感を覚えることもなく、純粋に、僕と君だけの「からかい」を、楽しんでいけると思っていたのだ。
それなのに、君は……!
「まったく、一太はさ……ま、まぁ、そーゆーSっ気があるとこも知れて、嬉しいけど……ちょっとキュンってしちゃったけど……」
何だその天使みたいなデレデレキュンキュン蕩け顔は!? 僕をからかって愉悦に溺れる小悪魔みたいな顔してろよ! 何なら小悪魔どころか悪魔でいいよ! 悪魔がいい! 早く僕の皮余り粗チンを馬鹿にしてこいよ!! それが純愛ってやつだろうが!!
「い、一太……」
しばらく呆然と立ち尽くしていた京子だったが、ようやく、か細い声を絞り出してくる。
そうだ、僕で無理なら、京子に頼めばいいんだった。そのために連れてきたんだった。京子に華乃さんを糾弾してもらう手はずだったんだ。
「あとは任せた、京子。華乃さんはどうやら認知が歪んでしまったらしい」
「何を、言っているの、一太……頭を、冷やしなさい……」
「え」
京子はバッキバキに充血した目を見開いて、僕の両肩をつかんできた。
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