第10話 幼なじみなのに外堀全然埋められない系ヒロイン

 一週間たっても、華乃さんはそのままだった。浮気女だった。常に僕の一歩後ろを歩いて、男として立ててくれるし、頬をほんのり染めながらも健気に愛の言葉を囁いてくれた。あまりにも甘すぎる一週間を過ごした。余り皮をからかってくることなんて一度もなかった。性的な話なんて一切しなかった。ビッチだった。


 一方で、郷土ごうど豪樹ごうきのことはからかいまくっていた。売女ばいただった。あの不良間男もなぜかこの一週間に限って毎日登校してくるし。実は女性経験がないことを看破され、華乃さんに「童貞♪」「どーてーどーてーどーてー♪ 童貞番長くん……♪」と煽られてるのを見たときには脳が壊れそうになった。僕だって童貞なのに……。

 とはいえ、間男野郎が、かつての僕と違って童貞煽りにはビクともしていなかったので、その点だけは救いだった。「そりゃ学生の身分で性交渉なんてしねーだろ。男として相手の人生を幸せにできる保証も持たずに、愛する女を抱くなんてありえねぇ」とか真顔で言っていた。からかい不成立だった。


 しかし、ヤリマンからかい女は瞬時に彼のからかいのツボを見抜いてしまった。卑怯者扱いされること、嘘つき呼ばわりされること、そして友だちがいないことを指摘されると、間男野郎は顔を真っ赤にしてムキになってしまうのだ。からかい成立である。浮気である。奴が青筋立てて必死に華乃さんに反論し、それを華乃さんが「あはっ♪」「うぷぷっ♪」と馬鹿にする度に、僕の脳細胞はどんどん破壊されていくのだった。僕にNTR趣味はないので僕のペニスが青筋を立てることはなかったのだった。


 そんな浮気からかいの直後にもかかわらず、華乃さんは僕の元に戻ってくるなり、見た目は白ギャル・中身は大和撫子という完ぺき彼女モードで甘々照れ照れデレデレしてくるのだった。しかしイチャイチャはできなかった。だってついさっきまで別の男と「あはーっ♪」していた女なのだ……! ぐぐぅ……僕だけの「あはーっ♪」だったはずなのに……!


 僕は泣いた。毎晩泣いた。華乃さんに裏切られ続けても、それでも彼女を信じようとした。すぐに自分の過ちに気づいて僕の元に戻ってきてくれると、僕だけをからかってくれると信じていた。


 しかし、そんな日は来なかった。


 ということで、僕は京子に助けを求めることにした。泣きついた。


「うわぁぁぁん! 京子ぉ……! 華乃さんが、華乃さんが……!」


 月曜日の朝。

 京子の家の玄関で顔を合わせるやいなや、僕は京子の胸に飛び込んで泣いた。そういえば、いつの間にやら、待ち合わせ場所がこっちの家になっている。華乃さんと付き合う前まではいつも京子の方からうちに来て、準備が遅れてる僕の忘れ物がないかチェックしてくれたり、身だしなみを整えてくれたりしていたのに。僕が寝坊したときの、京子のクールぶりながらも明らかにウキウキしてる感じが今となっては懐かしい。


「何? 私と違って一太の自尊心を常に高めてくれるあの完璧彼女さんがどうかしたの? 頼まれてもいないのに何でもかんでも勝手に手出しして一太の成長を阻害し続けた私と違って、またあなたの向上心を引き上げてくれたの?」


 今の京子はクールな顔でとても卑屈なことを言うのだった。僕が胸に飛び込んだのに抱き返してくれない。まぁ、それは別にいいけど。僕が京子に求めるのは具体的で実効性のある手助けなのだ。


「そうなんだよ、京子……一昨日は華乃さんがうちに来てお母さんお父さんに挨拶していってさ、僕からも恋人だと紹介したわけなんだ。いきなりあんな美少女ギャルを連れてきたわけだから二人とも最初は驚いてたけど、結局すぐ打ち解けちゃったよね。華乃さんもずっと僕のことを最高の彼氏だって、男として立ててくれてさ。お父さんはまるで自分が褒められてるみたいに鼻高々で、滅多に呑まないお酒まで開けちゃってね。『良かったよ、いつもお隣の京子ちゃんからしか一太の話を聞かないから、こいつは本当にダメな奴なんだ、俺の子育てが間違ってたんだって、罪悪感で押し潰されそうになってて……でも華乃ちゃんのおかげで気づけたよ……一太は俺の自慢の息子や!』って泣き出しちゃってさ。華乃さんは『一太もきっと、お義父さんのような立派なパパになってくれるはずですね!』とか言っちゃって。そうそう、お母さんなんて『これからも遠慮せず毎週来てね。毎日でもいいわよ? 京子ちゃんが来ると、ほら、疲れちゃうから……。自分も一太の母親として何かダメ出しされるんじゃないかってビクビクしちゃって自分の家なのに緊張感で張り詰めてしまうのよね。でも、アレと違って、華乃ちゃんが来てくれたら食卓がパァって明るくなっちゃうわぁ』ってニッコニコでさ。華乃さんも『やだなー、お義母さんが作ってくれてきた家庭じゃないですか! 一太もいっつもお義母さんの話してますよ? 実は嫉妬しちゃってたんです(笑) ほんと理想の家族って感じで……いいなー、わたしも将来こーゆー家庭作りたいなー……』とか呟いてて、お母さんも『あらあら……』って微笑ましげに頬染めちゃってたよね。何か華乃さんと僕に当てられちゃったのか、二人も変な雰囲気になってて、あの夜、もう何年ぶりなのかっていうセックス絶対してたし。昨日も今日も妙に夫婦仲良くてさ、見てらんないよ、まったく。京子が帰った後なんかは、いつも二人とも疲れたようにため息ついてて雰囲気ギスギスするのに」


「そうなのね、バリボリ、もぐもぐ」


「昨日は華乃さんちにお呼ばれしてのお家デートで、初めてのキスもしたんだ」

「バリボリ」

「お互い緊張しちゃってさ、だって僕は当然キスなんてしたことないし、正しいやり方もよくわかんないし。でも華乃さんも初めてだって言うし、男としてちゃんとリードしたいじゃないか」

「私があなたから『女性をエスコートする』という経験と意欲を奪ってきたものね。でも彼女と付き合い始めたことでそんな熱意があなたの中に生まれたのね。成長ね。バリッ、ボリッ」

「まぁ、結局、そんな上手い感じにはできなかったわけなんだけど。ていうか、正解がどんなものなのかもよくわかってないし。とにかくぎこちない感じになっちゃってさ、唇を離した直後、思わず謝りそうになっちゃったんだけど、そんな僕の開きかけた唇を華乃さんの唇がまた塞いできてさ。何か流れでそのまま舌と舌を絡め合ったりもしちゃって」

「ついに私より大人になっちゃったわね。唇同士を合わせるだけのキスなら小さいころ私と八回しているはずなのだけれど、あなたはカウントしていないのね。ザクッ! ザクザクッ!」

「まぁお母さんとのキスもカウントしてないし」

「なるほど、そういう扱いなのね。そういう括りなのね。あ、補充ありがとう」

「お薬もちゃんと飲みなよ? で、お互い真っ赤な顔で見つめ合ってさ、『気持ちかったよ……? 一太は、どう、だった……?』とか『あはは……これから少しずつ、二人でいろんなこと上手になってこーね?』とか言ってくれて」

「二人一緒に成長していこうという前向きな姿勢が素晴らしいわね。私はそんな発想持ったことすらないものね。ガリッ! バリボリバリリッ!」


 今さらだけどブラックサンダーの咀嚼音ってそんなに大きくなる? もはやどれだけ力強く噛めるかどうかが目的になってない?


 しかし、僕の話も長くなってしまった。朝っぱらから京子にブラックサンダーを五個も食べさせてしまった。まぁ、でも、おかげで京子にも僕がどれだけ参っているかが伝わったことだろう!


「つまり、わかるだろう!? 僕が何を言いたいのか!」

「最高の彼女ね。彼女と比較して私がいかに毒馴染みだったのか分からせたかったのね。最強の当てつけね。もぐもぐ。もはや美味しいのかどうかも分からない。それなのにやめられない。バリボリ」


 全然伝わってなかった。

 仕方ない。こんな言葉、口に出したくはなかったが……はっきりと言ってやろう……!


「つまり、華乃さんが……浮気してるんだ……っ! 僕を、裏切ってるんだ……!」

「任せなさい、一太。一太は私が守るわ。助けるわ。昔からずっとそうだったように、一太は私に頼っていればいいの。ん? 何これ。チョコレート? こんなもの食べている暇ないわ! スマホ貸して。あの女を、一太の幼なじみである私が――成敗してあげる!」


 十日間ほど虚ろだった京子の表情が、スッと正常な――昔からお馴染みの、凜としたものに戻った。キリッとした切れ長の目で僕のスマホを操作し、電話口の向こう、僕の彼女へと、宣戦布告するのであった。


 六個目の食べかけブラックサンダーは僕が食べた。サクサク。うん、やっぱこの程度だろ、咀嚼音。

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