第28話「オートバイ」

 「あー、あー、テステス。マイクOKです」

 「じゃ、インタビュー、始めてして下さい。

  本番いきまーす。3・2・1⋯⋯」

 「はい。それでは本日の特集は、ロードレース世界選手権R2クラス、日本人女性初のシリーズチャンピオンに輝いた、陽向輝ひなたあきら選手にお越しいただきました。


 今日は、そのタイトル獲得までの栄光の軌跡を収めたドキュメンタリードラマについて、お話を伺って行きたいと思います。

 それでは、陽向選手、よろしくお願いします」

 『よろしくお願いします』


 「今日は、凱旋帰国早々にご出演いただき、ありがとうございます」

 『いえ、私も早く観たかったので⋯⋯、ありがとうございます』


 「まずは、日本人女性初の世界選手権優勝、おめでとうございます。

 『ありがとうございます』

 「恥ずかしながら、わたし、オートバイレースの世界を観させて頂いたのは初めてなんですが、凄い迫力ですね!?」

 『⋯⋯そうですね。私も出来上がった映像を初めて見たんですが、最新の映像技術ですかね?

  現場の緊張感や臨場感が凄く良く伝わていると思います』


 「今回、タイトル獲得までのドキュメンタリードラマということですが、今日振り返って見て一番印象に残ったシーンはどこですか?」

 『⋯⋯世界選手権に挑んで2年目と、比較的早くタイトルを獲得できたので、苦労はもちろんありましたが⋯⋯。

 むしろ、世界に挑戦を決める3年前、全日本シリーズ選手権に参戦していた頃が、一番印象深い戦いでした』

 「ああ、本編後の、メイキングに収められている、まだ陽向選手がプロになる前の映像のですか?」

 『そうです。私にとってあの頃が一番キツかったですし、たぶん、ターニングポイントだったんだと思います』


 「そうですかー。私たちから見ると、順当にステップアップした陽向選手の栄光の軌跡に見えますが、苦労された時代があったんですね⋯⋯」

 『そうですね。そのシーズン、競ったライバルと言うか、友人?

 私は勝手にそう思ってるんですが、山田選手は、私のレース人生を語るうえで欠かせません』


 「山田選手?

  ⋯⋯ああ、山田怜やまだれい選手ですね?

  ⋯⋯凄い選手でしたよね」

 『そう。最終戦の彼は本当に凄かった。

  あのレースで私は彼に、レースをする意味を学びました』

 「レースをする意味?、ですか。

  ⋯⋯なんか哲学的ですね。

  陽向選手にとって、その意味は、どんなものか、教えて頂けますか?」

  『⋯⋯言葉にすると、当たり前のことなんですが、オートバイを楽しむこと、ですかね。

 子供の頃からただ楽しくて乗り始めたオートバイでしたが、あの頃はプロライダーとしての重圧とプライドに押しつぶされそうだったんです。

 私自身、それに気づいていなかった。

 そんな私を、彼は目覚めさせてくれました。

 彼がいなかったら、たぶん⋯⋯、この結果はなかったと思います』


 「そうですか⋯⋯、山田選手と陽向選手はそんな結びつきがあったんですね。

  でも山田選手はもう⋯⋯」

 『⋯⋯そうですね、私が追いつく前に、彼はいってしまったんですけどね⋯⋯』


 「ま、まあ、それではお時間も迫ってきたので、最後に!

  『オートバイ』に乗る人たちに、ひとことお願いします。

 陽向選手にとって、『オートバイ』とはどんなものか教えて頂ければ!!」

 『⋯⋯ 山田選手が私に教えてくれたこと、になってしまいますが、『オートバイ』は一人に一人づつあって良いんだと思います。

 私みたいに速く走る事を突き詰めるのも良いと思いますが、仲間とツーリングを楽しむのも良い。

 ピカピカに磨いて愛でて見るのも良い。

 仲間と語る肴にしても良い。

 『オートバイ』は、⋯⋯そう、その人それぞれの個性の数だけあるのかもしれません。

 『オートバイ』は、生き方なんだと思います』


 「そうですか⋯⋯。ありがとうございました。

  ⋯⋯あっ、準備できました?

  あ、はい。⋯⋯はい。

 ではここで、一昨年、世界選手権最高峰のR1クラスで、日本人初のシリーズチャンピオンを獲得した、山田怜選手のVTRが準備できたようです。

 山田選手も忘れられないアスリートですね。

 優勝した後の彼のインタビュー映像が残っていましたので見て頂きます。それではどうぞ」



 「(ザッ⋯ザザ⋯⋯) サーキットとは⋯、『オートバイ』とは、山田選手にとってどんなものですか?」


 「ん〜〜〜 考えたことはなかったですが、今思うに、すごく安心できる場所だったなぁ、サーキットは⋯⋯。

 練習はもちろん厳しかったし、荒っぽい連中もいましたね。

 チームメイトだからって、なれ合いとかしなかったし⋯⋯。

 コースじゃせめぎ合い、競い合い、大怪我するヤツとか、死んじゃうヤツもいました。

 レースとはいえ、人をひいてしまったり、傷つけたりして悩んだこともありました。

 練習につぐ練習で、同世代の奴らみたいに遊んでる暇なんてなかったので。

 緊張、孤独、恐怖で眠れない夜も数え切れない。

 でも、⋯⋯ いつも、みんなが、一つのものに向かっていた気がします。

 『速くなりたい』

 ただそのためだけに、みんな何かと戦っていた。

 所属するチームが違っても、名前なんか知らなくても、ここに来ればライバルたちはいつも僕を待っていた。

 自信に満ちた瞳で。

 『やれるものならやってみな』と、僕を誘っていた。

 きっと、皆がそれぞれ苦しいドラマを背負っていたはずです。

 それでも、スターティンググリッドに立つときは、誰もそんなそぶりなど見せなかった。

 意見がかみ合わなくて喧嘩しても、勝負に勝っても負けても。

 あふれる情熱のすべてを、受け容れてくれる。

 サーキットは、そんなどこか安心できる場所だったと思います。


 ⋯⋯『帰ってくる場所』じゃないですかね。

 僕らは必ずここに帰って来る。

 時がたち世の中が移り変わっても。

 あの頃の笑顔で、また出会えるところ。

 そういう仲間達がいる場所、です⋯⋯。

 それが、僕にとっての『オートバイ』かな」


 「はい、オッケー!!

  山田選手、お疲れ様でしたーー!!」

 (『なんか、俺カッコつけすぎ?』

  「良いんじゃねえのー? 怜

   おまえ、チャンピオンなんだから!

   何でもありだろ、わははは!!」

  「ええー、またそんな適当な、アホ茂樹、あははは」)


 数分のVTRで語る山田怜は、少しはにかんで少年のような笑顔で笑っていた。

 隣には、いつものように茂樹と雫が楽しそうに映っていた。

 久しぶりに会う怜に、陽向輝は笑いながら、泣いていた。


 レーシングライダー山田怜は、世界選手権を2度制し、シーズン最終戦の表彰式で電撃引退を表明した。

 その翌年、山田の半生を綴った小説を出版すると、ミリオンセラーとなった。

 華々しい経歴とはかけ離れた、山田怜の物語は、希望を持てない現代の若者の心をつかんだ。

 誰もが皆、経験する挫折と葛藤の中で、ひたむきに『オートバイ』に向き合い、走り続けた青年の物語は人々の心を打った。


 山田怜は、その印税を注ぎ込んでキャンピングカーを買い、雪村雫と子供たちを連れて旅に出た。

 その後の彼の消息を知る者はいない。



 「怜、貴方はまた新しい『オートバイ』を探しているの?」

 輝は、インタビューを終えてスタジオを出ると、空を仰いだ。





 オーストラリア大陸、アリススプリングスの平原に、3台のオートバイとキャンピングカーが野営していた。

 「おーい!おまえらー!!

  そろそろ行くぞー!? オートバイの用意はできたのかー!?」

 「はーい! RZオッケー!」

 「ハーイ! ARオッケーだよー!」

 「ストマジもだいしょぶ⋯⋯」


 「雫、出発する準備はできた?」

 『怜、大丈夫。

  子供たちの準備も出来ているわ。

  さあ、出発しましょう!!』


 「よーし、じゃあ行こうか!!

  俺たちの新しい『オートバイ冒険』を探しに」


to be continued to the next genetations

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