第27話「激闘」

 (パァァァーー、パァァァーーアアーアーアー!!)

 絞りきったアクセルスロットルを全閉。

 フルブレーキキング。

 (ギャッ!! シャンシャーン)

 フロントフォークが限界まで沈み込む。

 発火しそうに真っ赤に焼けたディスクローターから火花が飛び散る。

 2台は並走したまま、コーナーをクリアしていく。

 輝がコーナー立ち上がりで引き離せば、怜はツッコミで再びマシンを重ねる。


 ピタリと並んで走る2台は、折り重なるようにコーナーをクリアしていく。

(カシッ⋯⋯ カシンッ⋯⋯ カシッ⋯⋯)

 カウルがぶつかり合う音が、コースを移動していく。

 すぐ隣で息づかいが聞こえるほど、二人の距離は近い。

 コーナーを跳び回る2匹の蝶のように舞いながらセカンドグループを抜け出し、トップグループとの距離を詰めて行った。

 怜のマシンの前輪が、輝のマシンの前輪と並ぶ。

 2台は併走したまま、第1コーナーに飛び込んでいく。

 前を走っていた周回遅れを縫って、2台のランデブーは、トップグループの最後尾に追いついた。

 チェッカーまで残り2周。

 輝と怜のバトルは、トップグループの4台を巻き込んでさらにヒートアップしていく。


 『⋯⋯ ハァハァハァーー、怜。

 やっぱり君はすごいや⋯⋯

 まさか、追いついてくるなんて』 

 「輝、待たせたな。ラスト2周、おまえの本気を見せてみろーー」

 S字コーナー、第1ヘアピン、ダンロップ下のシケインと、2台は並んでコーナーをクリア。

 4位のマシンをパス。


 輝がバックストレートの立ち上がりで、3位のマシンをパワーでねじ伏せる。

 怜は輝と抜かれたマシンのダブルストリームに入って、最終コーナー進入でパス。

 メインストレートのゴールラインを輝3位、怜4位で駆け抜ける。


 ラスト一周。二人の猛追を伝える場内アナウンスが悲鳴に変わる。

 グランドスタンドの観客は総立ちだ。

 その盛り上がりとは裏腹に、茂樹はペースダウンのピットサインを出した。  「怜、速すぎだ。これ以上は危険だ⋯⋯」


 (カアアエアアーーー!!!! シュバッ パウパウパゥパゥゥパゥーーン!! ギャッ) 

 第1コーナー入口のブレーキングを遅らせた怜は、輝のマシンに並んでいく。

 奥がキツくなる第1コーナー入口で、輝は怜に並ばれても気にしない。

 「怜、そのラインじゃ⋯立ち上がりでまた失速するぞーー !!?」


 (ユラユラユラーー ダダダッ)

 オーバースピードのせいで、不安定に揺れていた怜のマシンの後輪が音を立ててスライドした。


 「怜、ーー やるな!!」

 意図的にタイヤを滑らせスピードを殺し、強引に立ち上がりにラインを乗せるオフロードのテクニックだ。

 「でも、その代償はエンジン回転に来るはずだ。

 高速仕様のオンロードマシンでは、低速トルクが足りなくなって立ち上がりで失速してしまう⋯⋯、はず⋯⋯なに!?」


 輝の予想に反し、怜のマシンは静かに・・・加速し、輝のマシンの前に躍り出た。

 (ゥウウアアアアアアアアーーー!!!!)

 やがて静かだった怜のマシンが、輝が今まで聞いたことのない大音量のエグゾーストを放ち猛然と加速した。

 輝は夢を見ているようだった。 怜のマシンは目の前に迫っていた2位のマシンをいとも容易くパス。

 第2ヘアピンの立ち上がりで、1位のマシンを追い抜いて、このレース初めてトップに躍り出た。


 バックストレートの加速勝負。

 怜のマシンは、今まで後塵を拝してきた最高速のマシンたちを引き連れて猛然と加速していく。

 (ゥウウアアアアアアーーーアアアアア!!!!)


 それはツーサイクルエンジンとは思えない、地から湧き上がるような咆哮だった。 高らかに吠え上がる怜のマシンは、トップのマシンをスリップストリームから引き剥がしていく。

 3位に上がってきた輝は、何が起きているのかわからなかった。 場内アナウンスが絶叫していた。

 「ゼッケン7番、山田怜選手が速いぃぃぃーー!!」


 「⋯⋯、怜、おまえ、完成していたのか!?」 ピットの屋上から、バックストレートで起きた奇跡の様な出来事を、茂樹は呆然と見ていた。


 レース前、怜のマシンは爆弾を抱えていた。

 前のレースで怜のマシンを大破させたのは、茂樹が開発したスペシャルパーツをキャブレターに組み込んだ事が原因だった。


 それは、スポンサーからの多額の資金で戦闘力を上げていく上位チームに、ただ直向きにテクニックで立ち向かう怜の為に、茂樹が開発したものだった。

 テスト走行で何度も失敗を繰り返し、それでも笑って挑み続ける怜に応えたくて、茂樹が持てる全てを注ぎ込んだ常識を打ち破るものだった。


 「理論は正しいはずだ。

 最後の足りないピースは何なのか⋯⋯、それさえわかれば」

 しかし、最終戦を前にパワーが暴走。

 トップスピードでエンジンブローしたマシンは大転倒の末に大破した。

 怜も古傷を傷めるダメージを負ったが、生きているだけ儲けもののような事故だった。 責任を感じた茂樹の夜を徹した修理で、かろうじて最終戦に出走する事はできたが、そのパーツに注いできた努力もすでにタイムオーバーを迎えようとしていた。

 そのパーツはエンジン性能を激変させる。

 低回転のトルクを使わない、ツーサイクルエンジンの乗り方を一変する革新的な技術だった。

 そして、レーシングマシンが絞り出す極限の出力を更に引き出すそのパーツが、レースの最後まで耐えられるかは未知の領域だった。

 それでなくとも怜は、まだそのパーツを組込んだマシンを乗りこなさていない。

 またいつエンジンが焼き付いて、今度こそ怜の命を奪うのではないかという恐怖が拭えない。

 茂樹は、その未完成のパーツをこの最終戦に投入するのを反対した。


 「何言ってるんだ茂樹。レース場は走る実験室だぜ。

 少しでも速くなる可能性があるなら、俺は乗りたい。

 あんなに苦労して開発したのに、最終戦でやらないでいつやるって言うんだ?」

 怜は、怖気づく茂樹にいとも容易く応えた。


 「確かに今使わなければ、来シーズンのニューマシンには使えない、ただの金属クズだ。

 でもな、怜。

 おまえの命には代えられないんだ⋯⋯」

 「茂樹⋯⋯、輝が俺を待ってるんだ。  やらせてくれ、大丈夫」

 「⋯⋯⋯っ、怜、死ぬなよ」


 「ふーんふん、ふんふん、たたたーた〜♪」

 輝と激しいバトルをしながら、怜は彼の『オートバイ』を最高に楽しんでいた。

 茂樹がくれた「秘密兵器」を、怜はこの最終戦を前に自分のものにしていた。 それは決して容易いものではなかった。

 「最終兵器」に足りない最後のピースのヒントは、オフロードにあった。

 低速トルクにパワーを集中する、オフロードマシンを操るように怜はライティングスタイルを変えていた。


 通常ロードレースでは、エンジン回転をパワーバンドから外さないように高回転を維持して走る。

 ツーサイクルマシンの貧弱な低速トルクを補うテクニックが勝敗をわけることは常識だ。

 その乗り方をして、怜はエンジンの暴走を引き起こしマシンは大破した。


 その転倒で、怜はマシンから聞こえる声に気がついた。

 オンロードの超高摩擦路面で、オフロードの低摩擦の走り方をするという離れ業だ。

 言葉で言えば簡単だが、そこには精密機械の様なアクセルワークと、大胆な減速テクニックが必要だ。

 オフロードを果てしなく走り込んだ、怜にしかできない芸当だった。


 コーナー入口で超高速のままドリフトで進入し、あえて・・・エンジン回転を下げる。

 湧き上がる低速トルクのパワーをスリップギリギリでコントロールし加速していく。

 マシンが常識外れなら、乗り手も規格外でなければならなかった。 最後のピースは、怜自身だったのだ。


 その事に気づいた怜は、壊れたマシンを必死で直す茂樹に告げず、ケガのリハビリと称して河原のオフロードコースを直走った。

 それでも、この最終戦の決勝でぶっつけ本番、完成できるかは怜にもわからなかった。


 予選はそれを温存したまま、決勝のグリッドに並び、スタートダッシュを決めるつもりだった。

 しかし、怜のいつものスタート失敗癖を、怜自身が忘れていた。

 出遅れたが、ソレもいつものこと。 滑るタイヤはお互い様。 むしろ怜には「秘密兵器」を隠しておく、良い隠れ蓑になった。


 ずっとパワーに劣るマシンでバトルを続けたシーズンは、怜にパワーに頼らない走りを思い出させていた。

 初めて乗ったオートバイ、愛機「キャロット」を思いだした。

 怜はマシン劣勢を苦にすることはなくなっていた。

 一生懸命整備してくれた茂樹やチームスタッフにも。

 いつも側にいてくれる、恋人の雫にも。

 すべてに感謝して、最高に楽しんで。

 怜の『オートバイ』を解き放っていた。


 「遥、君が言いたかったことはこういう事だったのかな?

 俺はいま、『オートバイ』を最高に楽しんでいるよ」


 怜に足りない最後のピースは、楽しむことだった。

 怜を加速させる燃料は、新しいパーツではなく、毎夜徹夜してマシンを作ってくれる茂樹の熱意だ。 


 ずっとどこかで、願いを叶えたいのなら、苦しさや孤独に耐えて、願いと等価の犠牲が必要なのだと思い込んでいた。

 苦しい時にその犠牲たちが、支えになってくれると思っていた。


 でも、そんな陰鬱としたもので得るものに、どんな喜びがあるだろう。

 誰かを犠牲にした苦い思いに、何を得ようか。

 「楽しむこと」が、全ての力を引き出す最後のピースだったことに怜は気がついた。


 迷い、探し続けた問いの答えは、怜の頭の上にあった。

 怜が気づきさえすれば、上を向きさえすれば、答えはいつもそこにあった。


 その事に気づいた怜には、全てのリミッターが外れ加速した。

 走るのが楽しい。

 前に走るマシンは、もう誰もいない。

 最終コーナーの先のグランドスタンドが見える。

 ピットで泣きながら手を振る、茂樹と雫が見えた。


 スピードの向こう側へ、俺を連れて行け!!

 俺の『オートバイ』!!


 怜の視界が、白く霞んでいった⋯⋯

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る