第12話「その世界の住人」
「遥へ
君の存在は、僕にとって最後の隠れ家だった。
僕は今、君が別れを選んだ理由がようやくわかったのかもしれない。
何も知らない頃、僕はバイクを速く走らせることに自信を持っていた。
しかしサーキットを訪れたとき、そんな自信は吹き飛んだ。
そこには僕の踏み込めない領域まで、平気で踏み込んでいく男たちがいた。
僕には彼らは命が惜しくないかのようにすら見えた。
勝ち気な僕は懸命に練習し、技をみがいて彼らに挑んだ。
しかし技を磨けば磨くほど、彼らと僕の間に横たわる壁がはっきりと見え始めた。
彼らは自身のすべてをかけて走っているんだ。
過去も、未来も、何もかもをかえりみず、
ただ無謀なまでに瞬間を生きていた。
僕は強さがほしかった。
自分の限界と対峙したときに見える、恐怖を、未来の予見を振り払う勇気がほしかった。
あのときの僕には見えない、その壁の先がどうしても見たかった。
遥。君は、そんな僕を見透かしていたんだね。
そして、僕の最後の安息の地だった君は、僕と別れることを決断したんだね。
君と別れて手に入れた世界は、
恐怖を越えた世界には、単純に「生きる」ということの答えがあった。
日々僕たちは無意識に未来の予定を立てている。
昼食のメニューは?
帰宅時間は?
明日は? デートの約束は?
近い未来、遠い未来、将来の夢。
僕らは無意識に、未来の予定を立てている。
死の危険に遭遇したとき、この次起こるであろう苦痛と、キャンセルされてしまう未来の予定に、僕たちは恐怖する。
そしてそれは、あろう事か今を生き抜く努力をおろそかにすらしてしまう。
未来を手に入れるために、未来を捨てる。
彼らはけっして、自暴自棄に限界を超えているのではなかった。
自身を活かすために、今を生き抜くために、
恐怖や自我や、未来の予定をも捨てて、
今にすべてを託していたんだ。
そして僕も、その世界の住人になるよ。
さようなら、遥。
これが、最後の手紙。
怜」
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