第4話 悪魔の使い
とある日。
噂話を耳にした。
白い髪の毛に白い肌。赤い瞳が特徴的な女性がこの学園に編入してきたという噂だ。そして彼女は『悪魔の使い』のようである、と。
前世であれば「なにを馬鹿なことを言っているんだ。悪魔の使いなんてそんな非現実的なことあるわけないだろ」と一蹴するところなのだが、この世界そのものが非現実的なものであって、そうやって一蹴することはできなかった。
「アルメリア。聞きました? 悪魔の使いについて」
授業が始まる前。隣の席に座ったティアレは挨拶を早々に切り上げて、例の噂話を私にぶつけてきた。
「おはようございますティアレ様。はい。私も耳にしました、その噂話」
「悪魔の使いとかなんとか。恐ろしいですわね。どうしてそんな恐ろしい人間に学園は編入を許してしまったのか。わたくしは不思議でなりませんわ」
悪役令嬢らしく他者を蔑む。
だけれど今回に限っては彼女を咎めようという気持ちにはならない。
ティアレ以外も同じようなことを言っている生徒がたくさんいるからだ。
むしろ今回に限ってはティアレが多数派。悪魔? なにそれ? と、思っている私みたいなのが少数派。
「そんな怖がることですかね」
と、私は思う。
「悪魔ですよ、悪魔でしてよ……恐ろしいなんて物じゃありませんわ」
「そう……ですか」
「人の魂を喰らう化け物。魂を喰らい、人を操り、国家一つでさえも簡単に破滅へ追い込むと言われている恐ろしい存在ですわ」
既に破滅しかけているティアレが恐れることなんてなにもないじゃないかと思ってしまったが、さすがにたちの悪いジョークであると自覚し、自重する。
私ったら偉い。
「そういうアルメリアは怖くないのかしら」
「私は……怖いとは思わないですね」
「お強いのね」
「強い……?」
「ええ、悪魔に恐怖すらしないその精神力。強さなのでしょう?」
「精神力の強さじゃないと思います」
「ではなんですの?」
ティアレはこてんと首を傾げる。
「信じてないんですよ。悪魔がどうとか。信じてないというか、言われてもピンと来ないって感じですかね」
要領を得ない説明にティアレはほぉ〜んという納得しているのか、納得していないのか判別できない微妙な反応を示す。
「悪魔そのものを信じていないってことです」
「悪魔そのものを……」
「ええ。実際この目で見たらもしかしたらティアレ様と同じように恐怖を感じるのかもしれませんが。私はまだなにも知らないので。怖いと思えないのです。見てもないものに対して怖いと恐怖を抱く。もしも相手が悪魔の使いではなくただの人間なのだとすればそれはあまりにも可哀想なことであると私は思うのです」
誰かが作り上げた畏怖で忌み嫌われ、人生をぐちゃぐちゃにされる。
私の……前世の感性のある私にとってそれはあまりにも受け入れ難いものであった。
ティアレの人生が破滅するのとはわけが違う。ティアレの場合は圧倒的自業自得であるのだが、その名前もわからぬ悪魔の使いと言われている彼女に関しては濡れ衣の可能性が充分にあって、仮にそうであるのなら同情という言葉では片付けられないほどに可哀想だと思ってしまう。
怖いという感情よりも、可哀想が勝る。
「ティアレ様も一度顔を合わせてから判断してみませんか」
「悪魔の使い……とですの?」
「ええ」
「怖いですわ」
「知っていますよ。それは。今までの会話からもティアレ様がその悪魔の使いとやらをどれだけ怖がっているかはわかります」
私には怖さは分かりませんが、と一度言葉を切ってから付け加える。
「ですが、顔を合わせずに噂話だけを信じ込んで、相手を遠ざけ、無意識に傷つける。それってなによりも怖いことだと私は思うんです」
「どういうことでして?」
「相手を知ろうともせずに距離を置くというのは、本来仲良くなるはずだった相手との関わりを自ら断ち切っていることになるのです」
「それは困りますわ。仲間を増やさなければなりませんのに」
「そうですよね。だから会ってみましょうって話です」
「……悪魔の使いを仲間に」
「ええ。ティアレ様ならできます」
ティアレの価値観を変える、大きな機会だと思った。
噂話を鵜呑みにしてはいけないということも、人を見た目で判断してはいけないということも、自分から歩み寄れば簡単に仲良くできるということも。
ティアレには圧倒的に成功体験が足りない。
今から行きましょう。と、提案しようとしたタイミングで教師が講堂へと入ってくる。
さすがにティアレへ授業をサボろうという提案はできなくて、授業の後に提案しようと心に決めた。
◆◇◆◇◆◇
魔法の歴史に関する授業を終えてからティアレへ提案をした。
「今から行きましょう。会いに」
もう慮る必要はなにもない。授業も終わったし、悪魔の使いと呼ばれる生徒と顔を合わせるメリットもティアレへ散々説いた。
だから無理矢理連れていく。
講堂を出て、学園内を彷徨う。
名前も知らぬ悪魔の使いを探す。見た目は特徴的らしいのですぐ見つかる……そう思っていたが、世の中そう甘くない。
と思っていると。
この前、ヒロインが座っていた中庭のベンチにぽつんと座る白髪の少女の姿が見えた。瞳はルビーのように赤く、肌は雪景色のように真っ白。人間というよりもお人形さんのようで、恍惚としてしまう。また身体は驚くほどに華奢で、触れただけで壊れてしまいそうな。そんな雰囲気さえあった。
彼女はお淑やかにお弁当を食べる。絵になるなと思うのだが、哀愁漂う姿でとても可愛いとか美しいとかそういう感情を口に出すことはできない。憚られる。
「あの子かしら」
ティアレは目配せをしてきた。
私もそう思う。
噂話に上がっていた特徴から、彼女がこの学園に編入してきた悪魔の使いとやらだろう。
「老人のような白髪に血色の悪い白い肌。魔物のような赤い瞳。やはり悪魔の使いですわ」
「ティアレ様。お言葉ですが、人を外見で判断されるのは賢明とは言えないかと。私たちは言葉を持っています。言葉でコミュニケーションをとりましょう」
偏見を口にしたので咎めた。
「ほら、声をかけてみてください」
「……」
「大丈夫です。声をかけて死ぬことはありませんから。呪われることも」
確証はないけれど。
噂がたって、イジメのような状況にあって、それでも実害はなにも出ていない。
それってつまり、彼女に害はない。その証明なのではないか、と私は思う。
だからティアレの背中を押す。
これが上手くいくか、上手くいかないか。
それはわからないけれど、大事な一歩になる。そんな気がしたから。
ヒロインに攻略された攻略対象しかいない乙女ゲーに転生した〜孤立して国外追放されそうになっている悪役令嬢が可哀想だったので救ってみた〜 皇冃皐月 @SirokawaYasen
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