2. 恋する空想

 ここからは少し話が早くなってしまうことを許してほしい。僕にとって重要だったことはもう一度友人と奇跡的な再会をしたことではないのだから。タイムリープしてからすぐに、少しずつ謎解きの答え合わせが始まった。僕とゲーム友達になる予定だった後輩はこんな人だったんだとか、僕に絵の書き方を教えてくれる予定だった人はこの人だったんだとか、僕と唯一無二の友達になる人はこの人だったんだとか、そんな感じの答え合わせが続いた。

 答え合わせと言っても絶対にそれが正解かはわからない。僕とゲームをする後輩も絵を教えてくれた人も友達になる人も何人かいるからだ。たとえば、僕と親友という関係になる人がいたとすると、僕は確かに親友になる人がいるという事実だけは覚えている。けれどそれが誰かはその親友になるはずの人に会っても確信できるわけではない。ただ、その親友になるはずの人とは本当に親友のように仲良くなるから、結果的に推測としてこの人が親友になるはずの人なんだろうなと考える。これが僕のやっていた答え合わせだ。だから、この答え合わせは間違っている可能性もあるってことだ。その可能性に気づくべきだったんだよな、この時の僕は。


 6月の終わりにもなるとおおよその答え合わせも終わって、2周目の新鮮味はだいぶ失くなってきた。7月からの僕はおおよそ1周目をなぞるように大学生活を過ごしていた。ただ1つのことだけを除けば。僕はこの時期になると自分が恋するはずの人が誰なのか探し始めていた。僕は8月29日、夏休みが終わる頃に告白することになっている。だから、そろそろその相手が誰なのか知る必要がある。そして1周目とは違う出会い方をする必要があった。


 7月が始まってすぐに、サークルの飲み会があった。大学の前期のお疲れ様会という名目だ。僕の向かいの席には同学年で2年生からこのサークルに入った女の子が座った。肩までのびた黒い髪がよく似合っていて、その眠たそうな瞼の奥の瞳には向かいに座っている僕が鮮明に映るほど透き通っている。僕と向かいの席に座った時、こちらの目を見て目を細めながらニコッと笑うその笑顔に吸い込まれそうになった。

 まだ新入生が入って半年ということもあり、親睦を深めるために自己紹介が行われた。この子の名前はユウリというらしい。ユウリ、そう聞くと僕が恋をするはずの人もそんな感じの名前のような気がした。もちろん記憶がないから、想像だけれど。

 眠たそうで寡黙そうな見た目に反して、ユウリは積極的に僕に話しかけてきた。趣味とか特技とか最近の嬉しかったこととか、そんな他愛もない会話だけどこの時間を特別に感じた。一人の人間が僕に興味を持ってくれていて、しかもその人が僕の恋する予定の相手ともなれば、その時の僕の舞い上がってしまう気持ちが誰にでも察することができると思う。でもここで、一つの疑問が浮かび上がった。


 正直僕はユウリの容姿を悪くないと思っている。いや、むしろ好みと言っていいほどだ。そんな人がこんなに好意的に接してくれたら、僕はきっとそう遠くないうちに恋に落ちるだろう。そして1ヶ月も経てば告白するような気がする。これは自分の中で確信に限りなく近い感覚だ。でも、僕はこのまま行くと彼女に振られてしまうことになっている。いったい僕はどこで間違えたのだろうか、そもそも彼女のこの行動や言動は好きという感情からくるものではないのか、そんなことをずっと考えながら、その思考からくる不安を掻き消すようにレモンサワーを流し込む。

 

 飲み会が終わって、ミツキも僕も立てなくなってしまうくらいに酔っ払ってしまって、酒を飲んでいない人、酔いにくい人たちに介護されながら居酒屋を出た。誰かに肩を貸してもらっていたことだけは覚えている。居酒屋を出たらそこで解散ということになり、みんな少しの談笑をしたのちに次々と駅に向かって歩いて行った。サツキは帰りたくなさそうにしていたが、サツキと同じ最寄駅の女の子の門限が近いということで、肩を貸してもらいながら強制的に帰らされてしまったみたいだ。

 僕はというと、この日は柄にもなく泥酔していた。タイムリープする前の大学4年間でも、ここまで飲んだことは一度もなかった。やっと恋をするはずの人に出会えた喜びに舞い上がって、そして彼女にいつか振られるかもしれないという不安を掻き消すために、いつもよりだいぶ酒を飲んでしまったようだった。そんな僕を最後まで解放してくれたのはヒメノさんという人らしい、ということは後から友人に聞いたことだった。


 この飲み会の翌週、僕はヒメノさんにお礼を言うことにした。友人によるとその日の僕は本当にどうしようもないほど酔っていたようで、1時間近くまともに立てなくなっていた。そして家が遠い人たちから順に終電がやってきて、次々と帰っていく。そんな中で僕と同じ最寄駅の人はヒメノさんしかいなかった。それで、ヒメノさんは僕を終電ぎりぎりまで介抱したのちに、肩を貸して最寄駅まで送ってくれたらしい。

 流石に申し訳ないと思い、僕はヒメノさんの連絡先を友人からもらって、飲み会の日のお礼をした。すると、ヒメノさんからは予想外の返答が返ってきた。

「じゃあ私のお出かけに付き合ってよ。君とは趣味も近そうだし、仲良くなってみたかったんだよね。3日後とか空いてない?」


 3日後、僕はヒメノさんと遊びに行った。僕たちの共通の趣味は喫茶店巡りだった。ヒメノさんは僕の友人からこのことを聞いていたらしい。駅に着くと、ヒメノさんはすでに集合場所に立っていた。その人をヒメノさんと分かったのは、酔っていた時の微かな記憶を覚えていたからだ。『綺麗な黒髪。』その一言に尽きるのだけれど、僕の心は彼女の髪にすっかり奪われてしまった。他を寄せ付けない深い闇のような黒。それでいて艶やかで繊細な細い髪。目線を上に移すと、まっすぐなのにどこか儚げな目をしていた。ヒメノさんは僕を見かけると少し口角を上げて微笑んでから、こちらに歩いてきた。表情も歩く動作も、全てが美しい。思わずそう形容したくなってしまう、不思議な人だった。

 この日、僕たちは喫茶店で2時間ほど話し込んだ後、本屋に寄って同じ本を買った。今度会った時にこの本の感想会をしようということになっている。次に会う口実ができた、それだけで不思議と幸せな気持ちになれた。この会が終わる頃には、僕たちはだいぶ意気投合して名前を呼び捨てで呼ばれるようになっていた。だから僕も相手に合わせてヒメノと呼ぶことにした。


 ヒメノといるとすごく安心できて、幸せで、でもそれは同時に不安を呼び寄せるようになった。その不安の正体に気づくのはそう遠くない、2週間後の話だ。

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