第225話 心を殺すまでもなく
作戦決行の合図をしたのち、地中に潜っていたクミンが地上に這い出す。
まぁ、俺の今いる場所からだと柵でその様子は見えないので、あくまでそういう想像の話だ。
俺の目に映ったのは、見張り台のはしごでもなんでもないところを、するすると音もなく上がっていく黒い何か。
実は迷彩アリの頃からできたらしいのだが、クミンの甲殻は周囲の環境に合わせてある程度色を変えられるらしい。
ベースは赤黒い落ち着いた色だが、今は夜闇に溶け込む漆黒になっている。
俺がそれを視認できるのは、テイマーと配下の関係だからだろう。
単純な視覚情報で見つけられる気がしない。
(上杉さん。見張りはどちらを向いていますか?)
クミンからの念話に、見張りゴブリンの向きを確認する。
奴は基本的に、数十秒おきに向いている向きを変えているようだ。
だが、篝火を焚いている入り口の方面だけはあまり熱心に向いていない。
まぁ、そっちから堂々と入ってくるやつがいたら、入り口の連中が見つけるだろうからな。
(基本的に時計回りに数十秒おきに向きを変えている。ただ、入り口の方はあまり熱心に観察していない)
(分かりました。では、入り口の方から行きます。タイミングはお任せします)
(了解)
俺はさっきよりも少しだけ枯れ木から身を乗り出し、見張りゴブリンの動きを注視する。
発見されるリスクが高まるが、盗み見るような形ではタイミングが測りづらい。
双眼鏡でもあればもっとしっかり見張れるのだが、仕方ない。
しばらくじっと見つめて、ゴブリンの動きを観察。
同時にクミンが入り口側にスタンバイしているのも確認。
規則的に動くゴブリンが、入り口の方をちらりと眺めて、数秒。
時計回りに方角を変えて、数十秒。
そして、完全に後ろを向いた。
(今!)
俺の合図と同時、クミンが身を乗り出す。
おそらく、物音一つ立ててない。
そのまま、見張りゴブリンの背中に取り付くと、顎で頭を掴み、首をきゅっと捻った。
器用だな、と思った瞬間には、見張りゴブリンは静かに横たわり、EPになって消えていった。
(制圧完了しました)
(確認した。こっちも侵入する)
(ウチはこの場所から、そちらをサポートしますね)
言うが早いか、クミンは人型に変わって先ほどのゴブリンのように、静かに見張りを始めた。
この暗さでは、見張り台を見上げたとてそこにいるのが成り代わったクミンだとは気づかないだろう。
(現在、外を出歩いているゴブリンはいません。そのまま侵入してください)
クミンの情報を聞いて、俺は静かに森を抜け出し『ホブゴブリンの塒』の柵に取り付く。
俺の身長よりは高い、二メートル半くらいだろうか。
とはいえ、柵の先を尖らせているわけでもなければ、この程度の高さを越えるのは造作もない。
高まった速のステータスを生かし、一足で柵を越える高さまで飛び上がる。
そのまま、柵の上部を掴んで速度を殺し、静かに集落の内部に着地する。
ほんの僅かに「ストン」という音が出たが、周囲に反応はない。
危機感にも変化はない。
(クミン。誰かに気づかれた形跡は?)
(ありません)
どうやら問題はないらしい。
そのまま、俺はオートマッピング先生を起動し、現在地、および工作ルートを確認する。
(余談だが、隠密中は基本的にオートマッピング先生をオフにして隠れるようにしてある)
入り口付近へのアタックは、終盤まで残しておく。
今も起きている入り口の見張りを早々に片付けたいのは山々だが、何かの拍子に外を出歩くゴブリンがいた場合、見張りがいなければ瞬時に異常がバレる。
故に見張りは最後の方まで残しておく。同様に、見張りに見つかりやすい入り口付近の制圧も最後だ。
本当は入り口の見張りの交代も警戒したいのだが、こちらは24時に交代がなかったようなので出たとこ勝負だ。
クミンが見張り台から集落を確認することで、オートマッピング先生に具体的な集落の地図が記載されていく。
なんとなくイメージはできていたが、柵越しでは道や位置関係などはしっかりとは分からなかった。
それが刻まれていくことで、頭の中でルートが構築されていく。
集落の中央に近づくほど、家が立派になっていく。
そして柵の近くになるほど、みすぼらしい。
ホブゴブリンの塒でも、上層と下層に階級が別れているのが分かった。
であるなら、外側から大回りして、少しずつ内部に侵入していくルートがいいか。
同時に、道が交わる地点には、条件付きで起動するマインをセットしていくことにしよう。
範囲を広めに作って、条件は三体以上のゴブリンが範囲に入ったとき、とかならイレギュラーで一体くらいが出歩いても大丈夫か?
なんか、こういう工作とかをしているとあれだ。
初めて正しく職業らしい動きをしている気がする。
ゲームの忍者はバリバリの戦闘職だけど、本来はこういった工作活動とかが中心だったらしいからな。
(それじゃ、暗殺に入る)
(お気をつけて)
頭の中で行動ルートを選定し終わったら、行動に移す。
足音を立てずに、柵に沿うように動いて一軒のあばら家を目標にした。
入り口からほど近く、さりとて光の当たらない程度の場所。
集落らしい集落になっているといえど、一軒一軒に玄関や鍵が付いているわけでもない。
サイズ自体も、キャンプに使うテントもかくやといったところ。
俺が周囲を警戒しながら入り口に取り付けば、中の様子は簡単にうかがい知れた。
ただ寝るだけといった作りの家。
干した草を敷き詰めただけの寝床の脇に、手作りのように見える弓が立てかけられている。
あるのはそれだけ。火をおこす竃のようなものもないし、窓らしきものもない。
ただの寝床に、一体のゴブリンが寝ているだけ。
ゴブリンの臭気が鼻につく。
息遣いが、耳に残る。
モンスターであるにも関わらず、生き物のような錯覚。
いや、モンスターと生き物が別であるなど、決まったわけじゃない。
足音一つ立てず、中に入る。
うぐいす張りの床があるわけでもない土の地面。
罠の反応も当然ない。
まるで悟られることなく、ゴブリンの枕元に立てた。
「…………zzz」
眠っている。
モンスターが眠っているのを見るのも初めてだ。
念のため、アライメント鑑定だけ済ませておくか。
──────
ゴブリンアーチャー・男
混沌・悪
──────
ゴブリンと変わりない結果だった。
秩序・中立とか、中立・中立とか、そういうこともない。
ただの、敵対的なモンスターのそれだ。
(ならばいい)
俺はストレージから鍾馗を呼び出す。
俺の持っているパッシブスキルが全て発動しておかしくないような状況だ。
そのまま、鍾馗の刃を立てて、ゴブリンの首に落とす。
音すらなく、HPがあったのかもわからぬまま、ゴブリンの首は胴体と離れる。
あとには血すら残ることなく、そこにゴブリンがいた痕跡ごとEPとなって消えた。
職業がそうであった故か、立てかけた弓も同様に消えていった。
(ほんの少し、罪悪感はあるか)
何も感じないかと思ったが、少しだけひっかかりがあった。
それでも、相手は敵対モンスターだし、こっちはそもそもスケルトンをやられている。
元から、戦うしかない相手ではあった。
だが、集落を築いて、そこで生活をしているような様を見せつけられては思うところがあった。
思っただけだ。
心を殺すまでもなく。
俺は俺の目的のために動く。
(クミン。一体やった。何か変化はあるか?)
(問題ありません)
(了解、このまま続ける)
俺は何事もなかったかのように、ゴブリンの塒だった家を出た。
首を落としたゴブリンのことは、もう忘れていた。
そのまま、外周部をゆっくり回って、音もなくゴブリンの首を落としていく。
集落の規模は大したことはない。
一つの家に2分もかからない。
時たま、一つの家に二体のゴブリンが詰めていることもあった。
だが、子供ゴブリンがいるようには見えなかった。
問題はない。作業時間も20秒も変わらない。
外周部をゆっくり、入り口近くを残して一周する。
20軒ほど回っただろうか。
経過した時間は、30分経つかどうか。
(外周部を殲滅し終えた。変化は?)
(ありません。静かなものです)
(了解した。少し、内側に入る)
クミンの報告を受け取って、俺は通りを一つだけ内側に入る。
家のランクは、少しだけ外周部のものより上がっただろうか。
だが、大した違いはない。構造も変わらない。少し大きくなったくらい。
中にいるゴブリンも、気持ち大きくなった程度だろうか。
スヤスヤと眠り続けるゴブリンの首を、鍾馗はたやすく落とした。
何も変わらない。
だが、警戒だけは怠らない。
来た方向と逆周りに、また一軒一軒巡っていく。
気のせいでなければ、二人組のゴブリンの数が増えた気がする。
問題はない。
ミスをしなければ、奴らが起きるはずもない。
家を回っていく途中で、大きな道の交わりの部分に、条件付きマインを設置していく。
発動しなければ良いが、発動することになったら俺を助けてくれるだろう。
そうして、一つだけ内側の通りを、7軒ほど制圧したところだろうか。
(気配が三つ、か)
一軒の家の中から感じる気配が、三つあった。
より慎重に、細心の注意を払って、家の中の様子を伺う。
大柄なゴブリン二体に挟まれて、小柄なゴブリンが一体。
ダンジョンの悪趣味に嫌気がさした。
どう考えても、この規模の集落で食べ物を確保しながら森で生き残れるはずがない。
この数がマトモな生活を送れているはずがない。
故に、この集落の生活感は全て、ダンジョンが作ったまやかしのはずだ。
それでも、まやかしだと分かっていても、気分が良いか悪いかは別の問題だ。
何より、三体が連なっていると、位置的に殺しにくい。
(クミン、三体の家を発見した。万が一見つかった時の場合を考えて待機しておいてくれ)
(了解です)
念のためクミンに連絡を取って、そしてゴブリンを見る。
三体同時に首を落とすのは、並びからして難しい。
一体ずつ、やるしかないだろう。
問題は順番だ。
今までで一番、位置関係が近い。
ということは、下手をすれば殺した拍子に起きるかもしれない。
息を深く吸い込んだ。ゴブリンの臭気が再び鼻につく。
息を止めて、ゆっくりと近づき。
まず、外側の大きなゴブリンの首を落とす。
何が起きたのか気づくことすらなく、ゴブリンは消えていった。
少し悩んで、俺はもう一体の大きなゴブリンを次に狙う。
納刀することもなく、握ったままの鍾馗を再度、静かに振り下ろす。
首の接続が切れて、そのままの表情で消えていった。
その瞬間だった。
小柄なゴブリンが、目を覚ました。
驚きに目を開き、口が開く。
「…………?! っ!」
俺はその口を左手で押さえつけ、右手に持った鍾馗を心臓に突き刺した。
押さえつけていたゴブリンの目から、静かに涙のようなものが垂れた。
だがそれも一瞬のこと。
次の瞬間には小さなゴブリンもEPになって消えた。
(クミン。一瞬、ゴブリン一体に気づかれた)
(はい。今の所、変化はありません)
(了解。引き続き警戒を頼む)
なんとかなった、という安堵を感じ、そのあとに俺は左手を見た。
押さえつけた口から漏れた、生暖かい呼気の感触が、嫌に残っていた。
俺は、その感触を振り払って、次の家へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます