第224話 人がどう生きるべきかなど
現在は23時40分ほど。舞台の構築は終わった。
鉄の備蓄が少ないのがほんの少し気がかりだが、グール相手じゃないので、そこまで神経質になることはないだろう。使うと決まったわけでもない。
ホブゴブリンの性能が未知数なのが気がかりだが、こちらの基準はグール、それに人狼だ。
全員がグール未満ならかなり余裕。グール以上、人狼未満でもやりようはいくらでもある。
全員が人狼並みだったら死ぬしかない。
いずれにせよ、時間がない俺には挑む以外の選択肢がない。
制限時間は長くても三時間。可能なら二時間程度で目処を立てたい。
だが、焦りはミスを生む。隠密だけは切らさないように気をつけよう。
(それじゃそろそろ行きますね。ナビはお願いします)
(了解。気をつけて)
ホブゴブリンの塒からやや離れた場所。
見張り台からも視認できないだろう森から、クミンは土の中へと潜っていった。
土石魔術とスキルの力をうまく組み合わせているらしいが、そう聞いても俺には真似はできない。
今更ながら、クミンの種族特性に助けられている。
さて、クミンの堀った穴をずっと見つめ続けていても仕方ない。
俺はオートマッピング上で、クミンのナビをする仕事がある。
最初に測量スキルで、ここから見張り台までの距離は計測してある。
それを伝えたところで、クミンはだいたいどれくらい掘れば良いのかはわかるらしい。
だが、このトンネル作戦が、ホブゴブリンの塒制圧戦の最初の鍵となる以上万全を期す必要がある。
ゆえの、ナビだ。
オートマッピング先生には、すでに見張り台の位置が刻まれている。
元々の縮尺では作戦に使う地図としては大雑把過ぎたので、現在は市街地用の地図みたいな感じのを別で作ってもらっている。
それによって、俺の現在地、クミンの現在地、そして見張り台の位置が分かる。
本当にオートマッピング先生様様だ。目星先生にも頼りまくってきたが、こと探索においてはそれ以上の利便性を感じる。
これを見ながら俺はクミンの位置がずれてきたら都度修正の指示を出し、見張り台まで到着したらそこで待機の指示を飛ばせば良い。
ずっとマップとにらめっこをしていると、ダンジョン探索RPGでもこんなことをやっていたなとふと思ってしまう。
雰囲気を楽しむ時にはミニマップを表示しつつ普通に探索するが、そうじゃない時には俺は全画面にマップを表示して、マップだけを見ながら探索することが多かった。
もちろんグラフィックの作り込みとかは感心するのだが、俺はマップを埋めるのが好きだったのだ。
マップの穴を減らすためには、マップ拡大表示は基本だった。
……俺は今、この瞬間を楽しんでいるのだろうか。
命がけの探索中に、ゲームみたいだと思っているのだろうか。
クミンの位置を確認しつつ、思考は流れていく。
ゲームみたいだ、とは思っても、やはりどこまでいっても現実は現実だ。
そのはずなんだけど。
「……ゲームだったらな」
以前、ポロリとクミンにこぼした思いが、気をつけていたつもりなのに口から溢れた。
これも泣き言か。頭ではこれがゲームじゃないとわかっているんだ。
現実だと思えば思うほど、少しでも楽しいと思いそうになると、自分を許せなくなる。
そんな風に考えている場合じゃない、と。
だけど同時に、楽しいと思うべきなんじゃないかとも、ふと考えてしまう。
平和な世界に生きている人間ほど、死に鈍感になっているなんて昔はよく聞いたけれど。
死を身近に感じれば感じるほど、世界は現実感を失っていく。
そんな世界では、心を殺した方が生きやすくなっていく。
楽しまなければ、悲しまなければ、喜ばなければ、怒らなければ。
感情をちゃんと感じなければ、人としての己は、いずれこの信じたくない現実に耐えられず、死に絶えるだろう。
何も感じない。そうした方が、生きやすいから。
だけど、何も感じない生き方が、人として正しい生き方だろうか。
人として生きろと、称号がたびたび警告を発するのは、飲み込まれた途端に俺たちが人として死ぬから? モンスターと変わらなくなるから?
だとすれば、現実を見つめたまま、人として生きることのなんと辛いことだろうか。
いっそ全てを手放してしまえたら、どれほど楽になるのだろうか。
分からない。人がどう生きるべきかなど、ただの大学生にわかるわけがない。
ただ、決意だけはある。
茉莉ちゃんを救うまで、俺は立ち止まってはいけないという、決意だけは、いつまでも色褪せずに心に突き刺さっている。
それだけが、方向を示す羅針盤であるかのように。
……また変なことを考えていた。
現実だのゲームだの、感情だの心だの。今考えることじゃないだろう。
並列思考があると、どうにも余裕があるときにこういうことを考えてしまう。
マップを確認し、クミンにずれを伝える。
(クミン、ほんの少し東にずれている。修正してくれ)
(了解です)
夜の闇の中、ただじっとマップを眺め続ける。
暗闇がどうしても優しく、暖かく、心地よく感じているのは、きっと称号のせいなのだろうなと少しだけ思った。
(クミンストップだ。その場で待機)
(了解)
そしておよそ15分ほどかけて、クミンは見張り台の真下の地面にまで到着した。
今更ながら、地中からの侵入というのは凶悪だと思う。
人間の目は自分のいる高さと左右は見えるが、頭上になると途端に怪しくなる。
さらに地下ともなれば、警戒しろというほうが難しい。
誰だって、いきなり自分の足元が急になくなる想像をしながら生きているわけじゃない。
それはホブゴブリン達も同様で、彼らは地中からの襲撃に対する備えを何も行っていなかった。
だから、俺たちは順調に作戦を遂行できる。
それとともに、ゾンビ溢れる地上のことを少し考えてしまう。
もし、地上のゾンビが飛べるようになったり、地下へ潜れるようになったら、今の地上のコミュニティの何割が対応できるだろうか。
救済ジョブという基本ジョブの中に弓兵が存在するにも関わらず、ダンジョンにある程度潜らないと弓すら手に入らない世界だ。
ましてや地下対策など、何が用意されているというのか。
呪腐魔病の基本は軽症と重症で、どちらもそういった特殊能力を備えているわけではない。
だが、悪性変異体という存在がいるのは確かで、変異という点からそういう能力に目覚めないと決まったわけじゃない。
呪腐魔病について俺たちは何も知らない。だが、ただの自己増殖を繰り返すウイルスというわけではない。
実際に、自我を持った特殊個体と遭遇している俺だから、その懸念を考えてしまう。
あの白い女型のやつ。あいつは悪辣で、学習能力も高かった。
レギオンの一件で消し飛んでいれば良いが、望みは薄いと思う。
ゾンビパニックを生き残る上で必要なのは、安定ではなく成長し続けること。
そして、未来に希望を持つことのはずだ。
呪腐魔病の治療薬は、希望の一つになりうる。
茉莉ちゃんのための行動が、もしかしたら誰かの心を救いうる。
早く、五階層を突破しなければ。人類の足踏みにゾンビが合わせてくれるわけじゃないんだ。
(上杉さん、見張りの様子は?)
(もう少し、待ってくれ)
考え事をしていても、見張りの様子は変わらず観察していた。
時刻は、丁度24時。
余裕を見るなら、ここからしばらく観察していたいところだが、いや。
(上杉さん。ゴブリンらしき気配が近づいてきます)
(こちらも、見張り台に動きがあった)
薄暗い闇の中で、見張り台に動きがある。
見張り台に設置されている、木製のはしごのようなものに影が見えた。
ゴブリンだろう。
ゴブリンがはしごを途中まで上ってきて、その姿が見えた。
上のゴブリンと下のゴブリンが何やらやりとりをした後、下のゴブリンがはしごを上りきる。
そのあと上のゴブリンが交代するようにはしごを降りて行った。
見張り台の面積はそう大きくないので、すれ違うときは少し窮屈そうだった。
さっきまで見張りだったゴブリンは、おそらく屋敷かどこかに消えていき、上には交代したゴブリンだけが残っている、と思う。
とはいえ、柵によって見えないだけで、見張り台の下でしばらく様子を見ているかもしれない。
(見張りが交代した。念のため、もう五分ほどやりとりがないか見てから、作戦を始めよう)
(了解しました)
(ただ、ここからでは見張り台の下の様子は見えない。そちらで気配察知して、気になる点があったら報告してくれ)
(はい。現状、ゴブリンの気配は遠ざかって消えたように思います)
となると、見張り台の見張りみたいな存在はいないと考えるのが妥当か。
それでも、もしかしたら、さっきまでのゴブリンが何か忘れ物を取りに戻ってくるかもしれない。伝え忘れた何かがあったりするかもしれない。
また、職務を交代したばかりのゴブリンは警戒心が高いかもしれない。
そういうことを考えて、交代してから五分ほど様子を見たが、特に動きはなさそうった。
(変化なし。クミン、作戦決行だ)
(ラジャ)
そして『ホブゴブリンの塒』攻略戦は24時を過ぎた今、静かに始まった。
最初の課題は、見張りゴブリンの排除だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます