第222話 方針は慎重に、急がば回れだ



 ホブゴブリンの塒までは、五階層入り口からまっすぐに歩いて三時間。

 うち、半分の距離はグールが出ないと分かっているので走る。


 俺とクミンの速のステータスは現在同じになっているので、どちらかが気を使う必要もない。

 そう。クミンが種族進化した際には完全に俺の上位互換と化していたが、今は魔のステータスで追い抜き、速も並んでいるのだ。

 伊達に召魔忍者の要求EPがクソ高いわけじゃないのだよ。


 なお、体のステータスは見なかったことにする。


 というわけで、工程の半分ほどはそのまま走り抜ける。

 歩いて1時間半かかる距離を、およそ30分強に縮めた。

 本気で走ればもっと早かったが、人狼戦でのダメージもあるし、本番を残しているので疲れるような動きは避けた。


 そこで少しだけ休憩を挟む。

 といっても疲れたからではなく、グール先遣隊たちの確認をしたかっただけだが。


「『視覚リンク』」


 グール先遣隊は五体。そしてそれぞれに吸血蝶を一頭ずつ付けた。

 やつらがやられたときに、吸血蝶を空に放って情報を確認できるようにするためだ。

 だが、現状グールがやられたという情報は届いていない。

 念のため視覚を繋いで見たが、グールたちも面白そうなものは何も見つけてないようだ。


「マジでどんだけ広いんだよ五階層」


 少しため息を吐く。

 五階層の探索を始めて三日目だが、現在においてもこの階層の端っこには誰もたどり着いていない。

 四階層と比較しても圧倒的にでかい。


 その中から、なんの手がかりもなく屋敷を見つけ出せとか、冗談じゃないだろ。

 俺はこれでも、かなり探索に力を入れているんだぞ。


 オートマッピング先生を見ても、多少穴というか未探索エリアはあるが、五階層の入り口からの情報は埋まってきている。

 だが、地形的にはやや高低差があるくらいで、目立ったものは『ホブゴブリンの塒』以外に見つかっていない。

 これを見つけたスケルトンが、本当に大金星だった。


「……いや、そうじゃん。グールがいなくなったエリアだったら、スケルトンの人海戦術で埋めることもできたじゃん」


 スケルトンの存在を思い出して、俺は頭を抱えた。

 グールが出没するエリアで完全に力不足になってはいても、敵が出ないエリアならグールより圧倒的に安く探索を行える。

 それこそEP5000も払えば、スケルトン250体によるローラー作戦も実施できるのだ。


 まぁ、以前考えた通り、このホブゴブリンの塒の距離と五階層の入り口、それにグールの縄張りに相関があるなら、縄張りの中からは何も見つからない可能性も高いのだが。

 埋まってないマップがあったら、埋めたくなるのはゲーマーの……いや、人間のサガだろう。

 宝箱の一つでも見つかれば御の字だ。


「とりあえず、一旦置いておこう。今日はホブゴブリンの塒だ」


 考え出すと気になって仕方なくなる。

 俺は思考を強引に終了し、立ち上がった。

 五分ほどで俺がグールからの情報収拾を終えたところで、クミンが声をかけてくる。


『行きますか?』


「ああ。ここからは、どうしようか」


 一応、ここからの進み方については、選択肢が二つある。

 一つは、元の想定通り、俺とクミンが闇を纏いながら全力で隠密して進む方法。これは最初から想定している進み方。

 時間をかけつつ慎重に進み、なるべく不要な戦闘を避ける考えだった。

 目的はホブゴブリンの塒であり、奴らがもし寝ているなら不要な争いを近くで起こして、警戒させたくはないからだ。


 だが、人狼のせいで時間が余計にかかったので、もう一つの選択肢も生まれている。

 もう一つは、自分たちの隠密性能を信じて、この森を駆け抜けることだ。

 メリットは、時間の短縮。

 デメリットは、言ったように戦闘が発生する危険があって、最悪ホブゴブリン達が寝ていた場合に起こしてしまう可能性があること。



「時間を気にしないなら、慎重に進むべきだと思うんだが」


『ホブゴブリンの塒で、どれくらい攻略にかかるか分かりませんからね』


「そう」



 加えて言うなら、奇襲のチャンスは基本的に一回しかないというのもある。

 人狼戦で反省した俺は、ホブゴブリン達の知能を十分高く見積もっている。


 つまり、スケルトンの姿を見た時点で、外敵に警戒しているという可能性があるということ。

 だが、スケルトン出現が昼であること、同時に外敵のスケルトンは排除していることから、この時間帯の警戒心は高くはなっていないだろうとも思う。


 そんな中で、塒の外で戦闘があれば警戒はMAXまで引き上げられるだろう。

 俺たちは、自分が思っている以上に、慎重に行動すべきなんじゃないかと思っている。


 連中の大半が寝ているというなら、潜入してのボスの暗殺という選択肢が現実味を帯びる。ボスが居るのかはまだ分からないが。

 そうでなくとも、気づかれる前にできるだけ数を減らせられれば、減らせた分だけアドになるのだ。


 ただ、仮にやつらが夜はぐっすり眠るタイプだとしても、一度奇襲に失敗したら翌日からはノンビリ眠っていてはくれまい。

 そう考えれば、奇襲ができるのは一回だけだ。


 つまり、最初のチャンスを十全に慎重に生かすか、時間を優先して最悪乱戦を覚悟するかという話になるわけだ。

 どっちでも攻略できるなら良いが、相手の能力が未知数というのが怖い。

 本当に、可能なら時間をかけてじっくり観察したうえで、作戦を決めたいところだ。




『……慎重に行きましょう』




 話を聞いて、クミンはそう言った。


「その心は?」


『急がば回れです』


「……だな」


 その意見に俺も同意した。

 焦って乱戦になった場合、かなり高い確率でT君の札は切らされるだろう。

 それで塒を制圧し終わった後で、ボスが現れたらどうなる?

 T君が使えない状況で、強敵に乱入されることの恐怖は、さっき痛いほど学んだところだ。


 もし、人狼戦でT君が使えたら、俺たちの戦いは全くの別物だったはずだ。

 人狼と真正面から渡り合えるT君がいれば、俺が奴の胸に風穴を空けて、クミンが続いて銀を押し込む、みたいな簡単な連携で勝てた可能性も十分にある。


 T君は強力だが、万能じゃない。

 クールタイムという、明確な弱点も生まれた。

 使わずに勝てるのなら、使わないに越したことはない。

 安易に切って良い切り札など存在しないのだ。


 だから、T君を使わないで済むような作戦を可能な限り採用するのが、結果として一番安全に繋がるはずだ。

 そう考えると、多少時間をかけても、なるべく戦闘を避ける方が賢明。

 ホブゴブリンを掃討できた際に、おかわりボスがくる可能性を考慮して。



「ここからは、一層隠密に気をつけていこう。最悪、サモンモンスターをうまく使えば切り抜けるのはそう難しくないはずだ」


『後は、屍肉草──じゃなくて、喚屍草を使った引きつけも場合によってはですね」



 喚屍草は、できるなら最後まで使いたくはないがな。

 多分、ちょっと切っただけなら、せいぜいグールが20体オーバーで寄ってくる程度というのは分かっているんだが。

 仮にあのグール大戦争が来たら100%T君に頼らざるを得ないので、さっきの結論から全力で反対方向にダッシュすることになる。


 ちなみに、わざと塒に喚屍草をぶち込んで、そこにグールを突っ込ませるという案も浮かんだが採用は見送られている。当然である。

 同様にここらへんで使って、グールを呼び寄せてから逃げる案も見送られた。

 効果範囲の分からないアイテムを使うのは、追い詰められたときだけで十分だ。



「じゃあ、そろそろ行こうか」


『はい』



 それから、自分とクミンに闇纏を掛け直し、俺たちはオートマッピング先生を信じて先へと進む。

 地面に足跡を残さないように、慎重に。

 ここから先は、いつグールと遭遇してもおかしくない。

 焦らず急いで、警戒を厳にしながら進んで行こう。



 そして、歩き始めて七分ほどで、気配を捉える。

 グール。数は、三か。

 足音は出していない筈だが、こちらに向かっている。



(やり過ごす)


(了解です)



 言ってから、俺は周囲を観察して手頃な岩を見つけた。

 立った俺の背丈を隠す大きさはないが、しゃがめば体を隠すことはできる。

 クミンは以前と同じように、適当な樹上に隠れるようだ。



 そして隠れ、気配を捉えてから数十秒経ってから、ようやくグールの一団が現れる。



「ぐるぅ……」



 のそり、のそり、と何かを探すように歩くグールたち。

 だが、やつらの動きは特定の何かを、例えば隠れている人間を探そうとする動きではない。ただ周りを見ているだけだ。

 巡回ルートがあるのか、ただ徘徊しているのかは知らないが、戦闘時とは比較にならないノロノロとした動きで、俺たちに気づくことなくその場を歩き去る。


 警戒を厳にしたまま、こちらで気配を探れなくなるほと遠ざかったのを確認し、クミンに連絡をする。



(もう行った。とりあえず合流しよう)


(はい)



 念話で合流を命じたあと、先ほど別れたあたりで落ち合い、歩きながら話す。

 むろん、無音を保つために念話で。



(奴らの探知能力は微妙か? ここまで念入りに隠れる必要はないか?)



 今はグールに任せているオートマッピングの描画距離を見ても、奴らの視界よりは、俺の索敵範囲の方が明らかに広いのはわかる。


(……視認距離と相手の索敵範囲が同じとは言えませんからなんとも)


(む、それもそうか)


 そういえば、グールがこちらを認識する方法も微妙にわかってないんだよな。

 屍肉草で寄ってくるなら、音と匂いかなとも思えたが、屍肉草ではなかったわけで。

 喚屍草が呪いを撒いているとすると、本当に何なのかは分からない。


(急がば回れ、で行くと決めたんじゃないですか?)


(……そうだな。慎重に行こう)


 正直に言えば、グール三体くらいならほぼ無音で倒せる気もしないでもないが、方針は慎重に、急がば回れだ。

 多少時間がかかっても良いから、今夜は隠密優先で進もう。

 それでも、オンタイムで着けば御の字だ。





 そして、慎重に歩みを進めていき、俺たちは一度もグールと戦闘をしないまま、スケルトンが見つけた『ホブゴブリンの塒』の位置にまでたどり着いた。


 経過時間は1時間58分といったところだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る