第4話 マーガレット視点

「いいかお前達、我らの任務は、この厨房の警備である! 鼠一匹たりとも侵入させるな!」


 団員達に向かってそう言うと、彼女らは勇ましい声と共に武器を掲げた。


 私はこの『エリザ騎士団』を統率する団長のマーガレットである。主君であるアレクサンドル伯爵の奥方様、エリザ様をお守りすることが我々の使命。そして、本日は、団員達にも確認した通り、厨房の警備を仰せつかった。何やらこの中で秘密の作業をするとかで、誰一人、中には入れないようにと厳命されている。かしこまりました、エリザ様ァ! 


 そういうわけで、厨房の前を通ろうとする使用人達は、例え顔見知りであっても、本当にこの道を通らなければならないのかを確認し、別のルートでも行けるのならばそちらを促した。どうしても通らなければならない者は所持品の確認と身体検査が必須である。完璧だ。


 ご安心くださいエリザ様。

 騎士団一同、エリザ様のためにこの身を捧げる覚悟でございます!


 しかし、ここで問題が起きた。


「マーガレット、エリザを知らないか?」


 我が主、アレクサンドル伯爵である。


「エリザ様でしたら、こちらにおられます」

「そうか、では、通してもらいたい」

「申し訳ございません、それは出来かねます」

「なぜだ。というか、なぜ騎士団総出で厨房を警備しているんだ?」

「エリザ様の命令にございます」

「エリザの?」

「本日、こちらで秘密の作業があるとかで、誰一人中に入れるなとのことです」

「成る程。さっき廊下の隅で慌てて服を着ている使用人がいて何事かと思ったが、そういうわけだったか」

「念には念をと思いまして」

「頼もしい」

「ありがとうございます」


 我々はエリザ様のために設立された『エリザ騎士団』ではあるが、あくまでも主君はアレクサンドル様である。お褒めの言葉をいただき、団員達がワッと沸いた。それを片手でどうどうと鎮める。


「それで、だ」

「はい」

「繰り返すが、僕はここを通りたい。中に入れてくれ」

「なりません」

「なぜだ」

「エリザ様から、誰一人としてこの中へは入れるなと厳命されております」

「僕であってもか」

「申し訳ございません」


 きっぱりと即答すると、伯爵は、むぅ、と少し唸った。


「マーガレット、どうしても退かぬというのなら、僕はここで剣を抜かなくてはならない」

「うっ……」


 アレクサンドル様は剣の達人だ。どう考えても、私の腕で勝てる相手ではない。


「君ほどの者であれば、剣を交わさずとも僕に勝てないことくらいはわかるはずだ」

「そ、れは……」

「ここを君や、君達の血で染めたくはない。エリザだって悲しむ」

「ですが」

「君の立場もわかる。エリザの命だ。背くわけにいかないことは重々承知している」

「でしたら!」

「だが、僕とて退けぬ理由がある。もう彼女を失いたくない」

「失う……?」


 秘密の作業とは、一体……?!

 そんな、命にかかわるようなことをなさっておいでなのですか、エリザ様!? 騎士団長という身の上で『秘密の作業』とやらが何なのかを掘り下げることなど出来るはずもなく、そこには触れずにこの命を受けたのである。ああ、こんなことなら、例え濁されるとしてもその『秘密』の詳細を確認しておけば良かった。声色や表情などから何かしらを読み取れていたかもしれないというのに!


「一刻の猶予もならないんだ。頼む」

「伯爵、私のようなものにこうべを垂れるなどおやめください!」 


 深く深く腰を折り曲げる主の姿に団員達が動揺する。もちろん私もだ。伯爵がここまでするのだ。本当に一刻を争う事態なのだろう。


「わかりました。お通り下さい」


 そう言って、武器を下ろす。「ありがとう」と中に入っていく伯爵の後姿を見送って、副団長のベロニカが「団長、よろしいんですか?」と不安気に問い掛けて来る。


「安心しろ。もしもの時は私一人の首でおさめていただくさ。その時はこの団を頼むぞ、ベロニカ」

「そんな、団長!」

「私も! ついて行きます!」

「団長一人死なせるわけには!」

「団長! いやです、私も!」


 団員達がわらわらと集まって来る。中には涙を流す者までいた。


「馬鹿者! 我らの使命を忘れたか! 警戒を解くな! こんなことで心を乱されてどうする! 我らは誇り高きエリザ騎士団なるぞ!」


 彼女らの想いに釣られて涙が込み上げてくるが、私が泣くわけにはいかない。こんな弱い心で団長が務まるか。


「団長の言うとおりだ、主君のため、エリザ様のためにこの身を捧げよ!」


 ベロニカがふるふると震えながら歯を食いしばり、武器を掲げる。団員達はそれに倣って、おお、と声を上げた。


 大丈夫だ。

 たとえ私が処されても、この団員達ならば立派にやってくれるだろう。


 そう感じ入っていると――、


「あれ、伯爵?」


 この世の終わりのような顔をした伯爵が、厨房から出て来た。


 えっ?!

 も、もしかして間に合わなかっ……?


 エリザ様?!

 エリザ様はご無事か?!


 アレクサンドル様を目で追う者、厨房の中を気にかける者で、大混乱である。鎮まれ、と声をかけ、代表して私が厨房を、ベロニカが伯爵を追うと決めたところで、


「アレク! 待って!」


 今度は血相を変えたエリザ様が厨房から飛び出してきた。

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