第二章:鳩は随伴の帰郷を願う

1:とある浮浪児の記録①

物心ついた時には、既に孤独だった。

誰が親か、家族かも分からないまま、街の中を彷徨い歩いた。


盗みを働いた。生きるために必要だった。

情報を得て、売った。意外と金になったが、同時に恨みも売り捌いていた。


春は売りたくなかった。

殺しもしたくなかった。

死体漁りもしたくなかった。


当時を振り返れば、生きる手段が限られていた割には我が儘ばかりで、我ながら呆れてしまう。

しかし、人として持ち合わせている最低限の誇りを傷つけてしまえば、きっと戻れない場所に辿り着いてしまうだろう。

そんな確証のない恐怖を抱き、僕は情報屋として未踏地周辺の廃村を点々としながら生活を営んでいた。


「あ〜。東雲じゃん。何してんの?」

「武器の調達。未踏開拓軍が落としていった銃とか、ナイフとか…この先転がってるし」


「東雲、最近仕事の効率いいって聞いてたけど…」

「銃、練習した。便利だね、あれ。ナイフより効率いいし、遠くから狙える分、逃げやすいっていうか…」

「殺しの仕事、やめたら?僕と情報屋やろうよ。護衛はいつでも募集中だよ」

「お断り。ちまちました仕事より、効率いい方選ぶし」

「そ」

「それにあんた、逃げ足は超早いじゃん。あんただけ逃げ切って、私だけ置いて行かれるとか当たり前のようにありそうだし。ここにいる人間は信用しないことにしてるんだよね。だから、仕事とか絶対に、一緒にしたりしないから」


鳥籠で再会した東雲は、かつて廃村を渡り歩いていた時の知り合いだ。

何があって鳥籠に来たのかはわからない。

けれど、彼女と僕は同郷の出身と呼べる間柄。


こんなところに来るはずのない、下賤で、出所も分からない子供。

毎日生きるのにも必死で、失敗したら明日はない。

その辺に転がる死体は、明日の我が身。

吹き渡る風を遮ることすらできない野原で身を縮こませ、ぼろ切れで暖かさを得る生活。

未来を見ることができない、この世の終焉。

色鳥も見捨てた場所で、僕は…将来鳩羽になる存在は、過ごしていた。


何もない場所で、僕は祈る。

僕が生きていても許される世界を。

僕を見つけてくれる存在が———誰かが隣にいて、寂しくない世界を。

偽名でなく、本名を呼んでくれる人がいる世界を、望み続けた。


そんな中、僕の元に廃村には似合わない小綺麗な制服を着込んだ連中が訪れた。


それが九年前の話。

白藤と出会う、少し前の話だ。


◇◇


白藤と出会ったのは、顔合わせの時だった。

周囲の恩寵を受けし者達はまだ幼子ばかり。


「…皆小さいねぇ」

「そうだね。ほら、見なよ。向こうに赤ん坊がいる」

「あの子も恩寵を受けし者になるんだ」

「選定基準がわからないよね、これ」

「分かる〜」


厳粛な空気の中で、一番年齢が近かった蘇芳…後の花鶏と共にその時を待つ。

時間が来たら、色鳥と対面し…恩寵を授かるらしい。

その後、自分達を世話してくれる籠守を選ぶそうだ。


「ねえ、君はいくつ?」

「一応、十五」

「そ。私、十四」

「働いているの?」

「うん。未踏開拓軍。うちは元副隊長だよ!」


「軍人さん?強いんだね」

「強くないよ。強かったら、うちは蝋君を死なせなかったし…露草も青磁元隊長を死なせなかった。強かったら、二人で傷を舐め合いながら、共依存なんてしたりしない…」

「…」


後で詳しく聞いたのだが、花鶏は恩寵を受けし者になる前に、恋人を戦場で失ったらしい。

そして現在、彼女の籠守を勤めている露草もまた、同じ戦いで旦那を失ったそうだ。


「…露草、大丈夫かな。一人で、寂しくないかな。うちがいなくても、案外楽しくやっていたりして」

「そんな生活をしていたら…君の事が忘れられないと思うよ」

「そうだといいな。うちは、露草のことだけは、絶対に忘れられないから…」

「どうして?」

「初めての人。うちの処女、露草にあげたもん」


蘇芳の言葉に、僕はギョッとする。

先程出会った相手にそれを告げられる精神と、その意味に。

意味が分からないほど、僕も無知ではないからだ。


「男相手じゃなく、女が初体験の相手なのかい?できるの…?」

「できるよぉ。どうするか教えてあげよっか」

「…実戦じゃなく、口頭なら。興味はある」


「お兄さんじゃ無理だよ。でも、まあ…異性の性交渉なら、できるかも」

「僕は色情魔を好んでいない」

「好きでこんな風になったわけじゃないんだけどな」


「そうでもしないと、嫌な事は忘れられなかったの?」

「ん。うちが嫌な事忘れる為には、気持ちいいことしかなかったから…」


「…この環境で、誰彼構わず手を出すなよ。露草とやらに操は立てておけ」

「操かぁ…本当に堅苦しいね。実はいいところの出なの?」

「君達の職場の隣で暮らしていたよ」

「廃村区画で…?それにしては」

「情報屋を営んでいたからね。人並みの会話はできるよ」


「なるほどねぇ。ところでさ、君」

「ん?」

「どうして、性的な話題に食いつかなかったの?堅苦しい言い方で拒絶してさ」


「…僕は、僕の人生を、僕と共に歩いてくれるたった一人に捧げたいから」


「ロマンチストな人。現実を知りすぎて、理想を高く構築しちゃった匂いがするよ」

「好きに言うといいさ」


恩寵を受ける順番がやってくる。

一足先に、舞台へ上がる前に…蘇芳の誤解を解いておくのを忘れないように。


「あと、僕は女だ」

「えっ」

「仕事をする上では、男の姿を使った方がいい場面もあるからね。それから単に、この格好は動きやすい」

「…そういうの、早く言ってよ」


蘇芳の小言を背に、僕はそれと対面する。

一言会話を交わした後、僕の中に変化が現れた。


真っ白な髪に、うっすらと黄色が差した白に近い、灰色の瞳。

儚げな印象を抱かせていた僕の全てが、紫色に変化する。


纏うのは、紫色の光。

この瞬間、僕は———恩寵を受けし者に、鳩羽へと至ったのだ。

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