30:私と貴方の「はじめまして」
「定期報告会ぐらいしか会う機会ないから、会えて嬉しいな!」
「そうですね。あ、私達先輩後輩とか気にしないので!仲良くしていただければ嬉しいです…同じ、籠守ですから」
「そうですね。浅葱です。金糸雀様の専属を務めています。仲良くしていただければ嬉しいです、山吹殿」
「ひゃ、ひゃい…。あ、あの…浅葱さん、お綺麗ですね。大人って感じで、素敵です」
「あ、ありがとうございます」
「おいくつですか?私も小豆も十七。次で十八になります」
「マジか。撫子、最年少だったかぁ…」
「えっ」
「そうなんですか、鴉羽様の…」
「は、はい。撫子と言います。鴉羽様の専属です。そっか…私、十人の籠守の中で、一番年下なのね」
年下という言葉を噛みしめるように告げた撫子を見て、浅葱達三人は顔を見合わせる。
浅葱は知っている。撫子が大家族の長女で、親に甘えた経験がないことを。
小豆は知っている。年上が多い環境で、若い籠守はそれなりに甘やかして貰える過去を。
山吹は知っている。こういうしっかりしている子程、誰かに頼りたいと考えることを。
それぞれ考えていることは異なるけれど、やりたいことは同じらしい。
「いっぱい甘えていいよ、撫子。浅葱お姉ちゃんに任せな」
「最年少はいいわよ!小豆が年上になったから、今度は先輩達に甘やかされていた分、小豆達が貴方を甘やかしてあげるわ!」
「とても優秀な方なんですね。私にできることは少ないですが…頼れる先輩、頑張りますので!」
「三人ともなんで私を甘やかす前提なのよ!?」
「甘やかしたいから!」
「右に同じ!」
「ふ、二人に同じです!」
「貴方達本当に今日が初対面!?」
「そうだけど〜」
「考えていることが同じなら仕方ないじゃな〜い?特に、撫子みたいな優等生タイプは甘えベタだってデータが出てるの!絶対甘やかすわ!」
「小豆のガバ統計はともかく…こういう閉鎖的な環境で、家族にもなかなか会えないではないですか」
「そう、ね…」
「甘えられる場所があることは大事です。撫子さん、山吹では頼りないかもしれませんが、籠守は皆仲間です。私も先輩として頑張りますので、困ったことがあれば沢山頼ってくださいね」
「は、はい…」
「あ、そろそろ戻らなきゃだよね。小豆達も戻るね!ゆっくり時間がある時に、お話ししようね!浅葱、撫子!またね!」
「では、失礼します」
嵐の様に去る小豆と、一緒に戻る山吹。
こちらの同い年コンビも仲良しらしい。
「わ、私…甘やかれたことがないから、どうしたらいいか分からないわ…。甘える方法だって、誰も教えてくれなかったし…」
「人に頼ることとかから初めて見たらいいんじゃないかな。山吹や小豆が難しければ、私とかからでもいいからさ」
「わかったわ」
そう言いつつも、撫子がなかなか誰かを頼ることはない。
浅葱はそれを分かっている。
撫子が浅葱の事情を知るように、浅葱も撫子の事情を知っている。
だから、彼女が頼りやすいように目を配り、声をかける。
これが友人として浅葱ができる撫子の「甘える練習」だ。
「手始めに、抱っことしかしてあげよっか」
「それは甘やかしじゃなくて、恥さらしだと思うわ…」
「手厳しいね」
二人の後を追うように、浅葱と撫子も部屋を後にする。
向かう先は同じ、金糸雀の部屋だ。
◇◇
金糸雀の部屋に戻る前に、浅葱は撫子に廊下へ待って貰うよう、声をかけた。
先に部屋へ戻った浅葱は、のんびり椅子に腰掛けていた琥珀へ声をかけた。
部屋の窓は開かれ、日の光と新しい風が常に金糸雀の部屋に訪れる。
たった二週間ちょっと前まで、この部屋は常に窓とカーテンが閉め切られ、椅子に腰掛ける金糸雀は虚無を目に浮かべていた。
しかし、今は———新しい風を呼び込める程に、晴れていた。
「お帰りなさい、あーちゃん」
「ただいま、くーちゃん。早速なんだけど、今日は私の友達を連れてきたんだ。紹介したいんだけど、部屋に案内していい?」
「うん」
「撫子〜」
琥珀に許可をとってから、浅葱は部屋の前で待っていた撫子を呼び出す。
彼女は恐る恐る入室し、浅葱の隣に…琥珀の正面に立った。
琥珀は状況が理解できず困惑し、撫子は不安げに俯く。
この状況下で余裕があるのは、この状況を作った浅葱のみ。
「こちら撫子。新米時代の同期で、ここにも同時にやってきたんだ。三歳年下の友達だよ」
「あ、改めてお目にかかります…撫子です」
目をきゅっと瞑りながら、頭を下げる。
露骨に恐れられていることを改めて自覚した琥珀は、彼女が頭を上げると同時に、頭を下げた。
「あ、あの時はごめんなさい。権能、使うつもりはなくて…」
「謝罪は結構です。恩寵を受けし者の方がされたことですから…」
「…身体に異常はない?」
「ありません」
「…そう。でも、恩寵を受けし者だからって、何もかも許さないで。私が権能と感情を暴走させたのは事実。貴方に迷惑をかけたのも事実。貴方は何も悪くない被害者なのだから」
「そうは言いましても、鳥籠では恩寵を受けし者の方々がされることは基本的に受け入れなければいけないので…」
「そんなものがあるのよねぇ…」
「だから、恩寵を受けし者じゃなくなれば撫子も受け入れてくれると思うんだよ。と、いうわけだ、撫子。こちらは琥珀。私が探していた子だよ」
「なっ!?」
「ちょ!?」
「大丈夫。これは私達だけの秘密さ」
「それはわかるけども!?」
「お、恩寵を受けし者の本名を知るのは規則違反よ!?」
「じゃあ真紅のことを知っちゃった新橋も巻き添えで死ぬね。心が全然傷まないのはなぁぜ…?」
「貴方別の籠守も巻き込んで余所様の本名暴き歩いてるの!?」
「不可抗力だよ。撫子も知っているでしょう?私が探していたくーちゃん…琥珀と、死んでも会いたくなかった真紅。最低でも恩寵を受けし者の本名を二人分は暴くことになるって」
「それは理解していたけれど、貴方だけの話だと思っていたのよ?私どころか他の籠守まで巻き込んでいるだなんて…」
「撫子だけだったら、よかった?」
「うぐっ…その捨てられた犬みたいな目をするのやめなさい。元より私は規則を犯す気でいたわ」
「でも規則…」
「貴方の目的を知った上で協力すると言った手前、最低でも貴方が探していた琥珀さんが担う役名を知る事にはなるだろうと想定していたわ。ここまで来たら一蓮托生よ!」
「流石撫子。私と共犯になろうとしてくれる覚悟がデカすぎる…と、言う具合にずっと協力してくれていてね。情報収集から試験の対策まで、撫子に頼り切っていたのさ!」
「自信満々にいうことじゃないわよ」
「あの…撫子さんは、どうしてそこまで…」
琥珀からしたら、撫子はただ浅葱に巻き込まれただけの存在だ。
浅葱の面倒を見て、鳥籠の規則違反を犯す覚悟でここに足を踏み入れた。
とてもじゃないが、撫子にそこまでする義理はないと思う。
「ただ、放っておけないだけです。目を離したら、何をしでかすかわからないでしょう?」
撫子の言葉に、琥珀は記憶を振り返る。
あの日、あの時、浅葱の日々。
目を離した隙に、どろんこになっていた。まだ可愛い部類。
目を離した隙に、お腹がすいたからと畑のニンジンを勝手に収穫して食べていた。琥珀が育てていたものだから許した。でもちゃんと怒った。
目を離した隙に、泳げないのに川へ飛び込んで溺れていた。
目を離した隙に、前髪が邪魔だと適当に切り出して…琥珀だけでなく淡藤まで発狂させた。
「何をしでかすか分からないって…そんなことないよね、くーちゃん」
「……」
「くーちゃんさん?」
「ダメだ何も反論できない」
「くーちゃん!?」
「良くも悪くも思い切りが良すぎるのよ。後先ぐらい少しは考えなさいよね…」
「あ、それは私も同感…何度か死にかけたことあるよね。川で溺れた時とか…」
「浅葱、今も昔も泳げないでしょ!?川に飛び込むって自殺でもしたいの!?」
「てへへ〜」
「「てへへじゃない!」」
同時に声が出た。
琥珀と撫子は顔を見合わせて、小さく笑い合う。
普通の女の子らしいとは言い難い会話だが、そこにはかつて手放した普通の日常が存在した。
琥珀にとっても、浅葱にとっても、そして…撫子にとっても。
「貴方にとって浅葱が大事な存在であるように、私にとっても同じなんです」
「それは…」
「大事な友達で、唯一の友達。その思い切りの良さに、救われたこともあります」
撫子の脳裏に浮かぶのは、泣き叫びながら撫子の名を呼ぶ幼子達。
自分が逃げ出した、自分でいられない場所からの使者を…浅葱は穏便に追い返してくれた。
その声に怯え、動けなくなった、撫子の代わりに。
子供より子供の様にはしゃぎ回って、最後はちゃんと大人として諭してくれた。
撫子にとって浅葱はふざけたことをよくしでかすけれど、頼りがいのある相棒みたいな存在なのだ。
「あの日支えてくれたように、今度は自分が…と」
「私達、似てるね」
「そう、かしら?」
「少なくとも、私とは同じ。ねえ、撫子」
———私と、友達になってくれない?
かつて浅葱にも告げたその言葉は、二人の転換期。
そして今日、琥珀が九年前に失った「ごく普通の女の子」としての日々を過ごす為の、第一歩。
「是非」
そして、撫子の世界が広がる第一歩となる。
鳥籠の暮らしは常に閉鎖的だ。
恩寵を受けし者と籠守。
主と従者の立ち位置でも、元を辿れば同じ少女である。
その気になれば、立ち位置を同じにすることはできる。
———共に、自由を掴むこともできる。
「目論見大成功」
「本当に成功しているかしら…」
「成功してないと思う」
「二人とも辛辣だなぁ…」
金糸雀の部屋に響く、和やかな声。
三人仲良く語らう声が響くその場所から、少し離れた場所では…。
「なんだかんだで、お前と会うのは初めてだな」
「…一番会いたくない奴に遭遇してしまった」
「ところで、姉様の様子はなんなんだ?まるで傀儡ではないか?」
「…体調が、悪いだけだよ」
「…お前、姉様に何かしたのか?」
撫子が戻らない為、茶を淹れて貰えず、カラカラの喉を中央広間に通う水路からの直飲みで潤そうとした鴉羽と、鳩羽に黙って従うだけとなってしまった白藤を隠すように立つ鳩羽が…対面を果たしていた。
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