第2話 ボロ剣と少女の剣術

 冒険者ギルドで寄せ集めパーティを結成してから小一時間。

 俺は新たな相棒(?)であるフローラ・グレイスとともに依頼を受け、街の外れにある森へ向かっていた。


「えっと、この依頼書によると……“森林地帯に大量発生したマリオネットバグを討伐せよ。報酬は銀貨十枚”……だそうです。危険度は、そこそこ高めですね」

「数が多いと厄介ってことか。けど報酬は悪くないな」


 依頼に書かれたマリオネットバグは、虫のように集団行動する魔物だ。ただ個々の能力はそれほど高くない。

 底辺に成り下がった俺としては、ありがたい報酬ではあるが……。新人同然の二人でこなすには、一筋縄じゃいかないだろうな。最悪のシナリオとしては、こっちが餌にされかねない。


「用意するものとか、大丈夫ですか?」

「うーん……あんまり金がないからな。回復薬も最低限しか買えなかった。フローラは?」

「私も予算がなくて……気休め程度に携帯食と絆創膏くらいです」


 まあ、そんなもんだよな。正直、呆れるほどに余裕がない。

 大きく深呼吸して、肩の力を抜く。こうなったら、当たって砕けろだ。


「でも、フローラって剣を使うんだよな? どっかで習ったとか?」

「……昔、父に少しだけ。家がまだ潤っていた頃は、教本や師匠を呼ぶ余裕もあったんです。でも今はそんなもの、とても……」


 彼女はそう言って、どこか寂しげに視線を落とす。娘が一人で冒険者として稼ごうとしているくらいなのだ、今は相当厳しい状況なのだろう。没落貴族……、なまじ元が名門だっただけに、今との落差を痛感しているのかもしれない。

 けれど、父親が“少しだけ”教えたという割には、動きが洗練されている気がする。身のこなしや姿勢が自然と整っているし、剣を握る右手にも芯の強さを感じる。俺も一応、パーティでの実戦経験はあったから、そういうのは見ていて分かるんだ。


「剣、少し見せてくれないか? どれくらい使えるのか知りたい」

「わかりました。……あ、でも私の剣、けっこうボロボロで」


 そう言いながら、フローラは腰に差していた剣を抜く。刃先は欠け、刃こぼれだらけ。ガード部分も錆が目立つ。彼女が言う通り、装備は散々だ。

 でも、握り込む様子は確かに様になっている。姿勢を取り、素振りを始めた瞬間――目の前で風が微かに揺れた。


 す、すげぇ……。

 力の伝え方が上手いからか、空気を裂くような切れ味が感じられる。しっかりと身体に染みついた動きだ。こんなボロボロの剣でも彼女なら戦える、そう思わせる雰囲気がある。


「どうでしょう……まだ、いけそうでしょうか?」

「いや、めちゃくちゃ上手い」

「よかった……。少し安心です」


 フローラがほっと息を吐く。正直、救われた気分だ。何せ、俺の装備はどれもゴミ呼ばわりされてきたものばかり。攻めも守りも彼女と協力しないと、どうにもならないからな。

 もっとも……俺の剣だって、ひどい有様だ。さっき追い出されたパーティでも、ガルドンに「ゴミ剣」なんて散々言われてきた。

 けど、この剣とも長い付き合いだし、実は気に入ってるんだよな。なぜか手にしっくり馴染むっていうか……説明しづらいけど、妙な愛着がある。


「それにしてもレイさんも、もといたパーティを抜けてすぐクエストに出るなんて、すごい行動力ですよね」

「いや、金がないだけだよ。のんびりしてたら宿代も払えなくなる……」


 情けない話だが、これが現実。冒険者はクエストをこなして稼がないことには生きていけない。

 フローラは自分の事情もあるだろうに、苦笑しつつ「同じですね」とつぶやいた。


「私も、できるだけ早く報酬が必要なんです。……家の借金を返すためにも」

「借金か……。ごめん、変なこと聞いてたら」

「いえ、平気ですよ。気にしないでください」


 それからは余計な詮索をしないよう、話題を変えつつ森へ足を進める。いつの間にか木々が鬱蒼とし始め、道も獣道のように細くなってきた。

 この辺りから魔物が出てもおかしくない。足音を殺しながら注意深く進んでいくと――


「……あれ、もしかして?」


 視界の先、木の根元近くで数匹の不気味な虫型の魔物がうごめいているのが見えた。まるで人形のような節くれ立った脚がガチガチと音を立てている。これがマリオネットバグ……か。

 一匹なら対処も楽だが、すでに五、六匹は確認できる。さらに奥にまだ多数潜んでいそうだ。


「レイさん、先にどう動きますか?」

「やるしかないな。俺が正面から引きつけるから、横から援護してくれ」


 本当は安全策で一匹ずつ狙いたいところだが、一気に蹴散らさないと、森の奥からどんどん援軍が来るかもしれない。

 腹を括り、俺は腰の“愛着あるボロ剣”を抜いた。生き残るため、これと一緒に戦うしかない。


「っしゃあ――行くぞ!」


 奇襲のつもりで勢いよく飛び出した俺だが、思った以上に魔物たちの警戒反応は速い。一斉にこっちへ視線を向け、ガチガチと嫌な音を立てて脚をうごめき始めた。

 地面を引きずるように突っ込んでくるマリオネットバグが一匹、二匹……いや、三匹か。素早く剣を横薙ぎに振って牽制する。


「うわっ……硬っ!」


 一匹目をとっさに切りつけるが、外殻が思ったより頑丈で、手にビリッと衝撃が走る。ボロ剣の刃こぼれ部分がさらに大きく崩れた気配さえする。

 やばい。これ、耐えてくれるかな……?


「はあっ!」


 すかさずフローラが、斜め後方から鮮やかな剣撃を放つ。ボロボロの剣なのに、彼女のスイングはしっかりと虫の関節を狙い、スパッと斬り込んだ。

 そのまま二匹目にも連続で突き込み、魔物の動きを鈍らせる。うん、やっぱり上手いな。


「助かる、フローラ!」

「二人でなら、なんとか……!」


 共闘する形で順調に殲滅していくが、虫の数は思った以上に多い。次々と集まってきて囲まれる恐れがある。

 俺は剣を握りしめ、再度切りかかろうとする。が、刃こぼれが酷いせいで、手応えがいまいち伝わらない。これ以上攻撃を当て続けると、完全に折れちまうかも……。


 ――そのとき、不思議な感覚が走った。

 まるで、手の中の剣が“震え”ているような……。体の奥底から力が湧いてくるような妙な熱量を感じる。これは一体……?


「レイさん、来ますよっ!」

「お、おう!」


 状況が状況なので、今は変な感覚にかまけている場合じゃない。俺はグッと気合を入れて剣を振り下ろした。まるで手が吸い込まれるように、正確に魔物の頭部を捉える。

 ガキィンッ! ――にもかかわらず、さっきよりも確実に深い手応えがある。さっきと同じ部位を斬ったはずなのに、切断面がより鋭くなっている気がする……。


(何だ、今の……? まさか、剣が……“成長”してる?)


 そんな馬鹿な。装備は使えば使うほど磨耗して壊れていくのが普通だ。だが、今俺が感じたのは、“刃が自分に応えている”ような、不思議な感触……。

 混乱する俺だが、戦闘はまだ続いている。フローラが背後で二匹を相手に苦戦しているのが見えた。あのボロ剣でも、彼女の技能で何とか立ち回っているものの、数が多いとやはり厳しい。


「フローラ、下がれ!」


 俺は彼女の前に立ちふさがり、残りの魔物に一閃を見舞う。今度こそ確信した――刃の軌道が滑らかになったのをハッキリと感じる。ボロ剣のはずなのに、まるで上等な刀の切れ味のようだ。

 相手の外殻を難なく貫いた剣先が、濁った体液を撒き散らしてマリオネットバグを仕留める。すると他の虫たちが警戒し、一旦後退する気配を見せた。


「レイさん、すごい……何か今、剣が光ったような?」

「わからない。でも――勝てそうだ。あとは一息だ!」


 息を合わせ、最後の数匹を二人で片付けていく。森の奥から追加の魔物が来る前に、ここを陣取って殲滅するのが得策だ。

 そして、何度目かの斬撃を振り下ろした瞬間――俺は見てしまった。剣の表面にうっすら浮かぶ、まるで“紋様”のような光の走りを。刃先が微妙に形を変え、剣の鋭利さが増していく様子を。


「な、なんだ……これ……!」


 完全に理解を超えた現象だ。だが、その疑問は一旦置いておいて、とにかく虫どもを一掃する。

 十数分に及ぶ激戦の末、辺り一帯はマリオネットバグの死骸だらけになり、もう動く個体はいなくなった。


「はぁ、はぁ……終わった、よな?」

「多分……これだけやっつければ、クエストは十分達成できそうです」


 俺たちは互いに息を整える。と同時に、脳裏にはあの奇妙な感覚がこびりついて離れない。さっきまで欠けだらけだった刃が、今は少しだけ“磨かれた”ように見える。

 そんな俺の剣を、フローラも不思議そうな目で見つめている。


「レイさん。もしかして……その剣、何か特別な力があるんですか?」

「正直、わからない。長いこと使ってきたけど、今日みたいに急に切れ味が増すなんて初めてだ」


 地面に突き刺してみると、前よりもスッと土の中に入り込んだ。まるで鍛冶屋で最新の研ぎを入れたかのように、確実に性能が上がっている。


「……何が起きてるんだ、俺の剣?」


 答えは出ない。だが、この不可解な現象は間違いなく俺にとって追い風だ。ほんの少しだけ湧き上がる、底からの自信と期待――これがは何なのか。わからないが、助かったのは確かだ。

 とにかく、依頼は完遂した。ギルドに戻れば銀貨十枚が手に入り、俺も当面の生活には困らなくなる。フローラも同じように、笑みを浮かべていた。


「なんだか今日は、いい日かもしれませんね」

「そうだな。俺も思いがけない収穫があったし。フローラの剣の腕もわかったし、ひとまず最低限の成果は出せた」


 二人して重い足取りで森を後にする。何しろ結構な数を相手にしたから、疲労も相当なものだ。

 でも、心には不思議な充足感がある。追放され、ゴミ剣しか持たず、絶望的だった状況から、わずかでも抜け出せそうな手応え。

 “武器が進化する”なんて現実離れしたこと、誰も信用しないだろうが……。


「……よし、ギルドに戻って報酬をもらおう。今はそれが先決だ」

「はい!」


 暗くなりかけた森の小道を並んで歩きながら、俺たちはこれからのことを考える。

 ゴミ装備の底辺冒険者と、没落貴族の少女剣士――奇妙なコンビはまだ生まれたばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る