第3話 クエストの完了と報酬

 森での討伐を終え、俺たちは冒険者ギルドへと戻ってきた。

 日がすっかり暮れた街並みを抜け、木製の扉をくぐると、熱気がどっと押し寄せてくる。まだギルド内はにぎわっているらしい。


「ふう……とりあえず、報告を済ませてから休みたいな」

「そうですね。実はさっきの連戦で、もう腕がパンパンなんです……」


 フローラは弱々しく笑いながら、軽装鎧の肩口をさすっていた。確かに虫型の魔物相手でも、あれだけ数が多いと疲れるのも無理はない。

 俺も全身がズシンと重い。早くクエストの完了手続きを済ませたいところだ。


「……よし。行こう」


 受付カウンターの前は、相変わらず大勢の冒険者でごった返している。みんなそれぞれに報告をしたり、次の依頼を探しているようだ。

 そんな人混みをかき分けて進むと、見覚えのある女性が顔を上げてこっちに気づいた。


「お疲れさま、レイくん。確か、クエストに出かけると聞いていたけれど……」


 ギルド受付のシェリルさんだ。俺が底辺時代からお世話になっている人で、いつも淡々と仕事をこなしながらも、どこか温かみがある。

 今日は髪をきゅっとまとめていて、相変わらず手際の良さが滲み出た雰囲気だ。


「シェリルさん。これ、森のマリオネットバグを討伐してきた報告です。依頼達成できたと思います」

「えっ、本当に? あの依頼、受注しただけで断念する人も多いのに……」


 シェリルさんは目を丸くして、俺たちの持ち帰った素材――虫の体液の入った瓶や、ドロドロになった外殻の一部を見つめた。

 マリオネットバグ討伐の証拠としては十分だろう。これでクエスト報酬はもらえるはずだ。


「すごい……二人でこれだけ倒したんですか? レイくん、いつのまにそんな実力を……」

「いや、今回はフローラが頑張ってくれたんだ。剣の腕がすごいんだよ、彼女」


 そう言って横を見ると、フローラは恥ずかしそうに俯きつつも、少し誇らしげな表情だ。

 シェリルさんは納得いったように微笑みを浮かべる。


「なるほど、フローラさんのおかげなのね……。では依頼達成の確認をしますので、少々お待ちください」


 そう言って手際よく書類をまとめ始める。俺たちはカウンター脇で一息ついた。

 短い休憩とはいえ、この雑踏の中で座れるのはありがたい。さすがに疲労が限界に近い。


「俺たち、意外といいコンビかも」

「そ、そうですね。思っていたより息が合いました……」


 フローラは照れくさそうに笑う。けど、その笑みの奥に安心感があるのを、俺は感じとった。

 今朝まで見ず知らずの相手だったのが嘘みたいだ。お互い苦しい立場同士、どこか共鳴するものがあるのかもしれない。


 ――そう思った矢先、背後から嫌な気配を感じて、思わず身構えた。

 視線を移すと、そこにはいかにも高価そうなプレートアーマーを身にまとった男――ガルドンが立っている。


「へぇ。まさか一日で戻ってくるとは、やるじゃないか、レイ」

「……何の用だよ」


 声をかけてくる時点で嫌な予感しかしない。わざわざおれを追放した相手が、にこやかな顔なんてしているわけがない。

 ガルドンは取り巻きを引き連れ、カウンターの向こうに行くでもなく、まるで俺たちを品定めするように見下している。


「いや、ちょっと気になっただけさ。クビにしたはずのおまえが、どんなボロ雑巾状態で帰ってくるかと思ったら……元気そうだからな」

「……あんたには関係ないだろ?」


 俺が返すと、ガルドンは嘲笑まじりに肩をすくめる。そのまま視線をフローラへ向けた。


「そっちの嬢ちゃんは初めて見る顔だな。なるほど、可愛い子を連れてるじゃないか。レイには惜しいくらいだ」

「っ……」


 フローラの眉がピクリと動く。気分が悪いのは俺も同じだ。

 ガルドンが女性を見定める視線は、まるで商品を眺めるようで嫌悪感しかわかない。


「ただの同伴者です。関係ないので、放っておいてください」

「ふーん。まあ、俺には上等な装備があるからな。あんたらみたいな貧乏くじに頼らなくても困らないわけだが……」


 イラつく口調に、俺が言い返そうとしたそのとき、ちょうどシェリルさんが報酬の封筒を手に戻ってきた。


「お待たせしました。銀貨十枚、確かにお渡しします。お二人ともよく頑張りましたね」

「ありがとうございます」


 これで当面の生活はしのげるはず。ホッと胸を撫でおろす。

 ガルドンはそれを見て鼻で笑う。


「たったそれだけの金でも、おまえらには大金か。まあせいぜい頑張るんだな、底辺冒険者さんよ」


 それだけ言うと、あっさり踵を返して立ち去っていく。取り巻きたちも口々に嘲笑を漏らし、続いていった。

 まったく、どうしてここまで感じ悪いんだか……。追放されたことを改めて思い出してムカつくな。


「あの人たち……レイさんの元仲間、ですよね?」

「元仲間、って言えるほど仲良くもなかったけど。あんな調子でいつも威張ってたよ」


 まあ、アイツらのことは放っておこう。今はクエストを無事に達成できた嬉しさの方が大きい。

 余計な雑念は頭から振り払わなくては。


「それでは、クエスト達成の報酬は受け取りましたし、これでクエスト完了ですね」

「そうですね。フローラも疲れただろ?」


 フローラはコクリと頷く。俺たちはシェリルさんに別れを告げ、ギルドを後にした。

 夜風が肌に冷たい。正直、早く横になりたいが、何だかんだ言って腹も減ってきた。

 フローラはあまり財布事情が良くないらしいし、俺だって大して余裕があるわけじゃない。宿屋が出してくれる簡単な夕食で済ませることにしよう。


「ねえ、レイさん。明日はどうしますか?」

「うーん、次の依頼を探すか……ちょっと迷うな。あんまり無茶なクエストに手を出しても死ぬだけだし」


 もっと強い魔物相手なら、報酬は跳ね上がる。でも今の装備じゃ危険すぎるというジレンマがある。

 ただ、俺の謎の“武器進化”みたいな現象が起きるなら、いずれ強敵とも渡り合えるかもしれない……そう考えると、チャレンジしたい気も出てくる。


(でも、下手に大物を狙って死んだら元も子もない)


 俺がそんなことを考えていると、隣のフローラがポツリとつぶやいた。


「……貧乏でも、地道に頑張るしかないですよね。私も早く借金を返したいし……」

「そっか。フローラの家の事情もあるし、稼ぐならなるべく早い方がいいよな」


 家が没落しても、彼女には守るべきものがあるのかもしれない。今は詳しく聞くつもりはないが、その強い意志を感じる。


「とりあえず今日は休もう。明日の朝またギルドに行って、何か良さげな依頼を探そう。幸い、ちょっとはお金も入ったし、少しだけ余裕ができた」

「はい……ありがとうございます、レイさん。私にとっても大きな一歩になりました」


 そう言ってフローラは少しだけ微笑む。俺も疲労の中で、なんだか嬉しくなった。

 この先どうなるかわからないが、ひとまず“底辺コンビ”としては上々の出だしだろう。

 明日はどんなクエストに出会うのか――そして、この剣の謎の力は一体何なのか。


 俺は宿の灯りを目指して一歩ずつ足を進めた。

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