才能

 二人の沈黙を破るようにニエモが言った。稲盛は意外そうな顔をする。物体との距離を測る能力である深視力は、バスケットにおいて重要な要素だが、あえて計測をする事は少ないからだ。しかし、稲盛は文句を言うこともなく学を不思議な機械がある場所に連れて行った。

「これは、大型の免許の取得の際に使われるモノをヒントに開発したモノなんだけど、深視力を測る装置だ。画面を除くと三本の柱が見える。真ん中の柱が前後に移動するから、二つの柱と同じ位置に来たらボタンを押すんだ」

 学は言われたとおり、稲盛の指示に従ってボタンを押すことを繰り返す。学は視力検査の様にすぐに終わると思っていたが、何度も距離を変えて測定を繰り返したのでそれなりに時間がかかった。

 測定が終わると、結果を見て稲盛とニエモが難しい顔をしながら話し始めてしまった。学はこれも悪い結果だったのかと不安になってしまい二人の話を聞くことができず、少し離れて待つことにする。一段落したのか、稲盛とニエモがこちらに向かってきた時に、学は緊張して背筋が伸びる。今からでもやっぱり学じゃ無かったという事もあり得るかもしれない。

 「学君、今の君の能力では大会はかなり厳しいと感じた」

 稲盛は真剣な顔で言う。学は何も言い返せなかった、それが事実であることは学でも理解できる。一年以上もまともなトレーニングもしていないからだ。「深視力のテスト結果を見るまではね」稲盛がニヤリと笑う。

「どういうことですか」

「テスト結果が素晴らしいと言うことだよ。近距離も、遠距離も、学君の深視力はNBAのトップ選手並だ。いや、何の訓練もしていなくてこの数字なんだとしたらそれ以上かもしれない。」稲盛は興奮した様子で言った。

「中学校の頃、スリーポイントの確率も高かったんじゃない?」

 稲盛は興奮したように学に質問をするが、中学時代はチーム内では身長が高くセンターポジションだったので、外からシュートを打つ機会はあまり無かった。

「言ったでしょう、学君には才能があると」

 ニエモが言った。二人の反応で、学は体が軽くなるのを感じた。ニエモと会って以来ずっと自分で大丈夫なのかという不安があった。しかし、自分の才能をわずかにでも感じられたことで少し希望を持つことができた。

「しかし、もちろん深視力をシュートに活かすためにも基礎体力は必要です。簡単ではありませんが、しっかりとやっていきましょう。」

 学は頷く、これまでに無いレベルで練習をしないとやっていけない事は理解していた。

「合宿は三日後、私が学君を迎えに行きます。かなり遠い場所に行くので、気軽には帰ってこれなくなります。覚悟をしておいてください」

 ニエモはそう言った。学はどこへでも言ってやるという気持ちでいたが、その言いぶりに少しだけ不安になる。

「怖い言い方になりましたね、そんなに心配しなくて大丈夫です。ヒトがもあまり行かないところなのでのびのびと練習できますよ。確か今まで十三人くらいしかヒトは行って居ないはずです。」

 そんな場所があるのかと学は尋ねる。

「ええ、学君もよく知っている場所ですよ」

 ニエモはニヤリと笑いながら学の方をみる。

「月ですよ、学君」

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