合宿の始まり

 月へ行くまでの道のりを学はほとんど把握していない。合宿開始日にニエモが運転する小さな軽自動車に乗り込み、とある立体駐車場に入った。車を駐めると、ニエモに降りるように言われたので、ここからは別の移動手段になるのかと学は思った。ニエモに続いて立体駐車場の中を歩いていると、意外に中が広いらしく、なかなか外にたどり着かない。道もわからないので、ただニエモについて行っていると、学は違和感に気づいた。まだ夜では無いはずだが、窓の外がやけに暗いのだ。不思議に思って窓の外をのぞいてみると、そこから見えたのは青い星、この角度からは見たことは無いが、よく知っているはずのその星は、地球だった。

窓の外を見て固まってしまっている学に気づいて、ニエモは足を止めた

「ああ、すみません。先ほど言うべきでしたね。これで君が十四人めの月へ上陸したヒトです。歴史的な瞬間ですね」ニエモは本心でそう言っているようだ。

「帰ったら弟に月に行くまでの道のりがどれだけ大変だったか教えてやろうと思います」

 学はなんとか言葉を絞り出した。

 施設内の食堂のようなスペースに着くと、ニエモと向かい合う形で座る。

「これから一ヶ月、学君にはここで過ごしてもらいます」

 一通りの施設内の説明をニエモから受ける。どうやら居住スペースとトレーニングスペースからなっているようだった。施設は学が見たこともない機器が数多く置かれており、食事や生活に必要なモノは自動で出てくるという事だった。

 施設の説明の後は練習メニューの説明に移る。意外なことに練習メニューは決して目新しいモノでは無かったが、よく検討されていることがわかる構成だった。身体能力向上のための筋トレ、ステップワーク、ボールハンドリング、シューティングとそれぞれの練習が段階ごとにレベルアップするように設定されており、タイムスケジュールは朝から夜までみっちりと決められていた。「やれますか」とニエモに問われ、学はゆっくりと頷いだ。

 それから学の練習の日々が始まった。トレーニングは、地球から遠隔で稲盛が指導をしてくれる。初日は久しぶりに練習ができる事が嬉しく、稲盛の指導も遠隔であるにもかかわらず適切で、疲れ以上に興奮で学は楽しさを感じることができた。しかし、翌日の朝に学は衝撃を受ける。尋常ではない筋肉痛により目を覚ましたのだ。全身が隅から隅まで動くたびに痛みが走る、余りの苦痛に学は笑ってしまいそうになった。しかし、もう既に引き返せる段階ではなく、学は歯を食いしばりながら日々のトレーニングを続けた。トレーニングをしていればいつかはメニューに慣れると思っていたが、何日立っても朝はとんでもない筋肉痛を感じ、練習もどれだけやっても、こなせるようになった感覚はなかった。

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