魔王、再び
考えたこともなかった。魔王が死したことによって必然と平和を掴み取る事が出来たと思っていた私にとって、老婆の言葉は重くのしかかる。
確かに魔王討伐後、世界がどのように変化したのかを私は調べてなど居ない。
当たり前だろう。人々は、魔王が討伐したことによって世界は平和になると信じていたのだから。
私もその一人であった。
が、現実はそうでもないかもしれない。
私は自身の行った事が、ザレド達と共に歩んだ道が正しかったのか分からなくなりながらも、調査を続ける。
一旦、魔王討伐後の世界についての調査は後にして、やってきたのはザレドの家であった。
かつては英雄と称され、市民達からの信頼を得ていた彼の家は、それほど大きくはない。
人の通りが少ないこともあってか、家は思っていたよりも綺麗なまま残っていた。
「お待ちしておりました。アレス様」
「........ニーナか。相変わらず目がいいな」
「貴方様に鍛えられましたからね。魔王討伐後は、ザレド様の遊び相手になっておりましたし」
家の正面に向かうと、私が来ることが分かっていたかのように一人の使用人が現れる。
ニーナ。
魔王軍との戦いで両親を無くし、私達に強さを求めた1人の少女。昔は復讐に燃えた目をしていたが、今となっては落ち着きを払った淑女らしい目をしている。
私も一時期、彼女に魔法を教えていた。
才能は........まぁ、微妙であったが、私の変装を見破れる程度には実力者である。
魔王討伐後はこの国に移り住み、何かと忙しいザレドの使用人としてこの家を管理していた。
「止めなかったのか?」
「ザレド様の処刑についてですか?当然、言いましたよ。ですが、故郷に残した家族がどうなるのか分かったものでは無いと、ザレド様は仰っていました。家族の話を持ち出されれば、私は何も言えません。狡いお方です」
そう言ったニーナの顔は、とても暗くそして悲しみに満ちている。
ザレドには当然だが家族がいる。私も魔王討伐後に会ったことがあるが、とても良い人達であった。
そして、ザレドが勇者となろうとした理由には家族が関係している。
魔物に食われ、帰らぬ人となった妹が居たらしい。それ以降、ザレドは家族に対する執着が強かった。
なるほど。言われてみれば確かにそうだ。
英雄とは言えど、所詮は農民から成り上がった貴族。政治的な利用価値はあっても、権力はそれほど無い。
「だから、抵抗しなかったと」
「はい。お陰でご家族は無事です。それと、ザレド様がアレス様に残した手紙を預かっております。大変だったのですよ?王家や貴族の捜索から手紙を隠すのは」
ニーナはそういうと、一枚の手紙を私に渡してきた。
私はその手紙を受け取ると、その場で開いて中身を読む。
内容は、以下の通りであった。
『あの日、僕達が出会った日はとても寒い日だったね。
とつぜん訪問した僕に、君は何も言わずに無視をした。
はなしにならなかったのを覚えているよ。
たとえ、気に入らない相手であっても、あの対応はあんまりじゃないか?
のんびりしていた時間に、話しかけたのは悪かったけどさ。
んで、仲良くなったかと思えば、僕が飽きても話し続ける。
だから、アレスは友達が少ないのさ』
最後に残した手紙にしては、随分と中身がお粗末だ。だが、私はその手紙を読んでザレドの伝えたい事を理解した。
私には家族が居ない。魔王によって活性化した魔物に、家族が食われたから。
私には守るべきものがない。既に二人の友を失い、1人は旅に出ている。
私は、ザレドの友である。彼は私の性格を分かっているから、この手紙を残した。
「ハハハ。なんとも生意気な奴だ。私に全てを押し付けて、自分は自分の守るべきものを守って先に行くとはな」
「........なんですかこの手紙。内容が全くないじゃないですか」
「それでいいのだよ。万が一見つかっても、没収されないためにこんな書き方をしたのだ」
私はそう言うと、さりげなく手紙を除いていたニーナのおでこにデコピンを当て、そして私のやるべき事をする為に再び歩み始めた。
いいだろう。勇者がやり残したことを、私がやってみせるとしよう。
例えそれが、苦難に満ちた道で、誰からも理解されぬものであったとしても。
───────
ザレドの家を去った後、私は魔王討伐後のこの国の動きや、死者数を調べ上げた。
ほぼ1人で行った為に二年と言う月日が経過し、気がつけばセルレーン王国は隣国と戦争を開始していたが、私の知ったことでは無い。
結果から言おう。
魔王が生きていた時代よりも、討伐された後の時代の方が年間の推定死者数は多かった。
更にいえば、世界各国で巻き起こっている人間同士の戦争も、魔王が生きていた時代の方が少ない。
あの老婆が言っていた通り、魔物の活性化が収まると盗賊や野党が続出。
おそらく、魔物への脅威が低くなり、比較的楽に魔物に対処できるようになった為、ならず者達が集まりやすくなったのだろう。
もちろん、街の中にもならず者は少なからずいるが、街の中の犯罪は憲兵達が取り締まる。
常を目を光らせている存在がいるのと、居ないのとでは犯罪率にも大きく関わってくるらしい。
そして、魔物よりも時として人間の方が残酷だ。
魔物は自らの腹を満たせればそれでいいと言う個体が多く、ある程度人を食い荒らせ場どこかへ消える。
しかし、盗賊となるとそうもいかない。目撃者は全員消す。
事件の情報を相手に与えないために。
下手に頭が回るから、被害もより大きくなるのだ。
そして、戦争の増加にも同じことが言える。
行軍中の魔物の被害を恐れていた、もしくは戦争中の魔物の乱入を恐れていたがために動けなかった国が、次から次へと動きだしている。
噂を聞くだけでも4ヶ国。このセルレーン王国の近くで戦争が起きているらしい。
魔王が生きていた時代には、有り得なかった事だ。
「そして、力をつけたセルレーン王国もその一つであり、ザレドは戦争の邪魔をして消されたという訳か........」
実に愚かである。
ザレドの利用価値の高さを切り捨ててまでも、戦争を仕掛けようとした王家や貴族達ももちろん、魔王が悪だと決めつけて討伐した私達も。
魔王よりも、人間達の方が欲に塗れているではないか。
「魔王を倒せば平和が訪れると思っていたが、現実はそう甘くは無いのだな。魔王よりも、人間の方が恐ろしく、そして愚かであったとは」
私はそう呟くと、夜空を見上げる。
魔王討伐後、世界の情勢は不安定になりつつあるだろう。この先数十年、数百年と人々は殺し合い、上に立つ者達の欲を満たすだけの醜い争いが行われるはずだ。
現に、今既に起こっている。
国を良くしようと言う考えには賛成だが、その結果に多くの血が流れるのであれば私はそれを平和とは呼ばない。
そして、人の手で人を殺せば、必ず怨嗟が生まれる。
殺した人間を恨み、その人を殺す。その殺された人間の友や家族は、その殺した人間を恨み、その者を殺すだろう。
終わりのない連鎖。憎しみの先にあるのは憎しみだけだ。
それならまだ、魔物や魔王に憎悪を向ける方が健全とも言える。
少なくとも、彼らにはその先がないのだから。
「........ザレド。私達は間違っていたようだ。魔王を討伐すれば世界は平和になると、勝手に思い込んでいた。悲しいものだな。お前も最後には気が付いて、私に託したのだな」
私は、ひとつの決意を決めると、亡き友達のために立ち上がる。
私達が始めた時代だ。その責任は私たちにある。
そしてその責任が取れるのは、現状、私しかいない。
「行くか。真の平和は人間がいる以上訪れない。ならば、小を殺して大を生かす。罪は、私が被るとしよう」
勇者ザレドによって魔王が討伐されてから約50年後。
魔王は再び現れる。
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