宣戦布告


 勇者ザレドが死してから、約50年の月日が経った。


 魔王という脅威から開放された人間は、それまで溜め込んでいた欲を満たすかのように争い合う。


 たった50年近くで、世界の在り方は大きく変わってしまった。


 ザレドが生きていた時代に最も繁栄していた帝国は没落し、新たなる帝国がそこには建設された。


 世界的に信仰されていた宗教は、新たな神に取って代わられた。


 私はこの人間の欲を悲しく思いながらも、それが悪だと言うことは無い。


 人間がこの世界で大きく繁栄してきた理由の一つに、この欲望というものがあるのだから。


 しかし、欲は過ぎれば身を滅ぼす。


 私はその欲を押さえつけるための抑制装置として、魔王となるのだ。


 恐らく、私はこの歴史の中で最も多くの人々を殺すだろう。


 だが、私は私の正義に則って、世界の均衡を保つ。


「ここが、魔王としての最初の仕事場になるだろうな。懐かしい。不老不死の実現に限界を感じ、才能のある子に後を継がせようとした事が」

「おかげで私は、今後魔王に使えた魔女として、人類史に悪名を残すことになるのですよ?どうしてくれるんですか」

「ハッハッハ。それは済まないことをしたな」


 人々が住む大陸の西側に位置する国、エルザード皇国とリバン王国。


 私達は、両軍が睨み合いを効かせる国境沿いの空の上にいた。


 約10万近い軍達が、戦争の合図を今か今かと待ち受けている。


 この二ヶ国は、この世界の中でもかなりの力を持った国なのだが、お互いに信仰する神が違うと言うことで、かなり仲が悪い。


 魔王が生きていた時代は、魔物の驚異があったがために戦争は起きなかったが、今となってはお互いにお互いの神を主に据えようと戦争を引き起こしている。


 飢饉や疫病によって二回ほど停戦していたが、今になって三度目の戦争を始めようとしていた。


「マナリアよ。私は一人でもやって行ける。私の元を離れても良いのだぞ?これから先に待っているのは、苦難の道だ」

「戦争孤児となり、隣国の神の元に売られるしか選択肢の無かった私を拾ったのは、お爺ちゃんですよ。どんな思惑があったとしても、育ての親に恩を返さない子はいませんよ」

「全世界の親に聞かせてみたい言葉だ。戦争がなければ、本来の家族の元で........」

「私の家族はお爺ちゃんだけです。それでいいんです」


 マナリアはそう言うと、静かに目を閉じて頷く。


 彼女は、私が50年近くの旅をし中で拾った戦争孤児だ。


 12年前、このエルザード皇国とリバン王国で巻き起こった戦争の被害者であり、戦争孤児となっていたところを偶然見かけ、私が保護をしたのである。


 ........保護したといえば聞こえはいいが、実際のところは後継者として育てようとしたと言った方が正しい。


 当時、私は絶対的な脅威として君臨するため、寿命と死を克服する研究をしていた。


 しかし、長年誰もなし得なかった不老不死を実現するには、あまりにも時間が足りなすぎたのだ。


 そこで、私の研究と意志を継いでくれそうな者を探していた。


 そこで見つけたのがマナリアだ。


 彼女は生まれ持った魔法の才能があり、そして、戦争によって家族を失った事により人を信じられなくなっていた。


 私は、その才能と憎悪を買ったのだ。


 憎悪については、教育で何とかなると信じて。


 結果的に、私は擬似的な不老不死を得ることに成功し、マナリアは私を家族としてともに旅をするようになる。


 正直、後ろめたさはあったが、マナリアはそれを気にはしなかった。


 むしろ、進んで私の道を歩もうとしてくれた。


 少しばかり、昔を思い出して涙したのは内緒である。


 70過ぎのジジィの涙は、見るに堪えないだろうから。


「お爺ちゃん?」

「年は取りたくないな。昔の思い出ばかりが甦ってくる。さて、始めるとしよう。正しいのかどうかも分からない、正義の押しつけ合いを」


 私はそう言うと、昔の話に浸るのは辞めて魔王の降臨をこの世界に知らしめるために魔法を唱える。


 この日の為に、私はどのような相手が来ようとも負けないだけの力を手にすると決めた。


 擬似的な不老不死に、人知を超えたと言われても過言では無い魔法の数々。


 例え、友人達が私の過ちを正そうと墓から飛び起きてきて私を殺そうとしたとしても、決して負けぬように。


 私は元々天才魔導師と言われた存在なのだ。その存在が、自身の人生の全てをかけて本気で強くなろうとし、僅かな運があれば人を越えられる。


「人間達よ。魔王の再臨だ。震えるといい。滅びの始まりをレクイエム


 刹那、国境沿いで睨み合っていた幾万もの兵士達は見た。


 突如として空に浮かび上がった巨大な魔法陣と、次の瞬間には周辺のものを全て巻き込んで消えていく様を。


 彼らが殺し合う場所であったはずの戦場は、底の見えない大きな穴を作り出し、大地が口を開けたかのように待ち受ける。


 彼らはきっと、私を見ただろう。


 ならば、名乗るべきだ。


 私は遠くに声を届ける魔法を展開すると、その名を名乗った。


「私は魔王アレス。今より、人類に宣戦布告をする」


 その名は“賢者”ではなく“魔王”。


 その日、一斉に活性化した魔物たちによって、多くの人々の命が失われた。



 ──────



 リバン王国の王都にその存在が知らされたのは、魔王アレスが名乗りを上げてから6時間後の事であった。


 公務をしていたベルラ・ド・リバンは、慌てた様子で部屋に入ってくる宰相に視線を向けると嫌な予感を覚える。


 戦争に負けたかもしれない。


 開戦を予定していた時刻から逆算すれば、まだそのときでは無いと分かるはずなのだが、戦争という緊張がベルラの頭を狂わせる。


「た、大変ですベルラ様!!」

「........何があったのだ」

「魔王が、魔王が現れました!!魔王は魔物達を一斉に活性化させ、我が軍の後方から魔物な襲撃を開始。死者数は二万近くに及びます!!」

「何だと?!」


 それは、予想だにしなかった事態であった。


 ベルラはまだ若い。30そこそこの王であり、彼は魔王が生きていた時代を知らない。


 しかし、その名は知っている。彼の父と祖父はその時代を生きていた歴史の証人であり、勇者ザレドの英雄譚はベルラのお気に入りであった。


 結末は現実と違ったが。


 そして、魔王の存在はとてつもなく大きく、そして人間の驚異になる事を嫌という程教わった。


 事実、既に二万名の犠牲者が出ている。


 実は、この殆どが予期せぬ魔物の襲撃によって、魔王の出現によって起きた混乱の中、逃げ出した兵士達が転び、その転んだ兵士を踏み潰したものなのだが、魔王が現れたことによる被害なのは変わりない。


「魔王はどうした?!」

「空に現れたらしいのですが、巨大な魔法を使って大地に穴を開けるとそのままどこかへと消えたそうです」

「........なんだと?10万の兵士を殺戮しなかったのか?」

「直接手を下す必要も無いという事でしょう」


 物語の魔王は、それは慈悲も無き悪として描かれている。そのイメージが脳裏にこびり付いたベルラからすれば、殺戮しないというのは魔王らしさがなかった。


 が、宰相の言う通り、人間を見下していると考えれば納得出来る。


 ベルラの顔は怒りに満ちていた。


「今すぐにエルザード皇国との和平交渉の場を作るぞ!!我々の敵は、現時点を持って変わったのだ!!」

「ハッ!!直ちに!!」


 その後、僅か一ヶ月の間にエルザード皇国とリバン王国派和平交渉を成立させ、対魔王同盟を結んだ。


 彼らの親の代は、魔王の恐ろしさを知っている。


 その教えを引き継いだ子達の判断は、早かったと言えるだろう。


 こうして、魔王アレスの名は世界に広まる事となる。


 世界各地で戦争している地域に出現しては被害をもたらし、三年後には戦争を続ける国はほぼ無くなった。


 それが魔王の目的であるとも知らずに、彼らは魔王討伐を掲げ始めるのだ。

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