魔王が居た時代


 勇者ザレドが処刑さたことを知ってから一週間後。


 まだ親友が死んだという事実を受け止め切れないながらも、私は前を向いて歩くことにした。


 ここで立ち止まっていては、何も始まらない。


 なぜザレドは処刑されたのか、なぜ彼は何も言わずに処刑を受け入れたのか。


 その調査をするべきだと、私は感じていた。


「この家とも別れる時か。五年間、世話になったな」


 まず、私が最初にやった事は最低限の魔法の研究成果だけを持って行方をくらませる事であった。


 勇者パーティーの二人が死んだとして、次に狙われる可能性があるのは私しかいない。


 どのような理由でかつての英雄達を狙うかは知らないが、間違いなく私も狙われることになるだろう。


 大剣豪ゾーイは魔王討伐後に旅に出ており、この国には居ないのだから、順当に行けば私の番となる。


 だから、家を焼いて私の痕跡を消した。


「待っていろザレド、クリスティナ。何があったのか、私が真実を暴いてみせる」


 そう言って私は、亡き友人の灰が入ったペンダントを握りしめながら、勇者ザレドと聖女クリスティナの死について調べる旅が始まった。


 旅で最初に訪れたのは、とある公爵家に本部を構える教会であった。


 聖女クリスティナが所属していたキンケール教会。


 私は神の存在を信じていないため、あまり詳しくは知らないが、この国で最も大きな勢力を誇る教会であることぐらいは知っている。


 そして、その内部の腐敗が酷いことも。


 治癒の奇跡は、人々の生活に欠かせないものだ。怪我を一瞬で治せると言うのは、それだけで一定以上の価値になる。


 教会はそこに目をつけて、治癒の奇跡が使える者を独占。そうする事で、教会の価値を高め、戦場にも出ない貴族達との導線を繋ぐ。


 それで、権力を得るのだ。


「聖女クリスティナ様についてですか?あのお方はとても素晴らしい方でした。教会の腐敗を根本から浄化しようと、あちこちを駆け回っていましたね」

「なるほど。勇者ザレドによってその命を終えたと王家や教会は発表していますが、それについてはどう思いますか?」


 私は勇者ザレドと聖女クリスティナの死について調べる記者に扮し、階級の低い雑用を任されていたシスターに話しかけた。


 私の見た目は少々目立つが、それは姿を変える魔法を使えば問題ない。


 相手が実力者ならば見破られてしまうが、街の中を歩く程度ならば特に問題ないだろう。


 私の質問に、シスターは周囲を見渡すと小さな声で耳打ちをした。


「正直な話、勇者ザレド様が聖女クリスティナ様を殺害するとは考えられません。教会に所属する多くのものは、上層部がクリスティナ様を邪魔に思っていることを知っています」

「それはつまり、勇者ザレドではなく、教会内部により犯行だと?」

「........これ以上は私の口からはなんとも」


 まぁ、予想通りの回答である。


 聞き込みだけで、真実が明らかになるとは思っていない。私がこの教会に来た理由は、他にあるのだ。


「そうですか。お時間を取らせていただきありがとうございます。それでは、私はこれで」

「はい。神の御加護があらんことを」


 虫図の走る言葉を残しながら、シスターは自身の業務に戻っていく。


 神の加護?それを一身に受けていたはずのクリスティナは、死んだと言うのに?


「だからあれ程“神”に頼るなと言ったのに」


 私はそう呟きながら、教会を後にする。


 既に仕込みは終えた。私の魔法で、教会の上層部が住んでいるであろう場所に盗聴用の魔法を仕掛けたのだ。


 後は、彼らが気分よく口を滑らせてくれればいい。


 そして、その日の夜、酒の入った枢機卿が聖女クリスティナを殺害した旨の話を聞き、私は改めてこの世界には神が存在しないことを悟った。



 ──────



 聖女クリスティナの殺害は、教会の手によるもので勇者ザレドのものでは無いと確信した私は、次にザレドの家へと向かった。


 彼は勇者として偉大な功績を残した為に、一代限りではあるが貴族としての称号を得ている。


 私にも貰えるものであったが、私は面倒で断った。代わりに、森の奥に一軒家を建てる許可を貰ったことを覚えている。


 ザレドの家は、王都の中にある。


 ザレドが処刑されてから既に三ヶ月以上の時間が経過しているため、私に対する警戒も少しは薄くなっているだろう。


 近場から調査しようかと思ったのだが、先に教会を調査したのはそれが原因だ。


「........これは」


 そんなザレドの家へと向かう道中、私は小さな宿場街が崩壊していた様を見た。


 行きは特に問題なかった平和な街が、血の匂いに紛れている。


 何があったのかと、比較的暇そうにしていた老婆に話しかけた。


「何があったのですか?」

「ん?アンタもここに泊まりに来た口かい?悪いが、見ての通り宿は野ざらしになっちまったよ。悪いが、青空の元で今日は寝てくれ」

「それは慣れているので構いませんが、何があったのでしょうか?」

「盗賊さ。それも、大規模なね。女は連れていかれ、男共は殺された。私はババァだったのと、上手く地下に隠れていたから何とかなったが........全く。これなら魔王が生きていた時代の方がマシだったさ」


 その一言は、私にとって衝撃的なものであった。


 魔王が生きていた時代の方がマシ?ならば、ザレドがやった事は一体なんだったのだ。


 思わず友が平和の為に行った命懸けの行為を侮辱した老婆に殴り掛かりたくなってしまったが、私はグッと気持ちを堪えながらその理由を問う。


「なぜ........なぜ魔王がいた時代の方が良かったと?魔王は多くの人々に死を齎した存在なのですよ?」

「初めは良かったさ。勇者様が魔王を討伐してから一年目は、実に平和だったよ。魔物達の活性化は収まり、この街に来ることも無くなった」


 魔王は魔物を活性化させる。どのような術を使っていたのかは知らないが、魔物と呼ばれる化け物とも呼べる存在を通常よりも強くしていたのだ。


 それによる被害が、人々が魔王に恐怖を抱く理由。


 魔王直属の配下である魔族が脅威だと思われがちだが、村や街で生きる人々とってはこちらの方が身近な驚異となる。


「なら─────」

「────だが、二年目から盗賊が襲ってくるようになった。おそらく魔物たちが大人しくなったからだろうね。魔物達は、盗賊達を殺してくれていたのさ。私達は知らず知らずのうちに、魔物によって盗賊から守られていた」

「........」

「もちろん、魔物が街を襲ってくることもあったが、魔物は知能が低い個体が多いし、何より私達と見た目が違う。盗賊と知らず街に引き入れちまっても仕方がないのさ」

「........なる、ほど」


 言葉に詰まった。


 人間は狡猾で、ずる賢い。知能こそが人間の武器であると、私は思っている。


 そんな知能を使う者と、本能のままに暴れる魔物。


 どちらが対処しやすいかと言われれば、後者の方が基本的には楽だろう。


 例外はあるが。


「勇者様は確かに世界を救ったかもしれんが、そこら辺で静かに暮らす街の住民からしたら、魔王がいてくれた方が安全だったという訳さ。皮肉だとは思わないかい?旅人の」

「そう、ですね」


 私はそれ以上の言葉を見つけることが出来ず、その日は老婆の言葉が頭の中でグルグルと回って寝ることが出来なかった。


 魔王がいた時代の方が平和だった?


 では、なぜ私達は、ザレドやクリスティナは魔王を討伐したのだ。


 私達がやってきた事は正しかったのか?


 魔王は果たして悪なのか?


「調べるものが増えたな........魔王が居た時代とこの平和になった五年間。一体どれほどの影響が世界に出ていたのかを」


 私は、ザレド達の死の真相の他に、私達がやってきた事が本当に正しかったのかと言う調査を始めることにした。


 これは、魔王を討伐したものが背負う使命であるとして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る