魔王を倒せば、世界は平和になると思っていた

杯 雪乃

勇者の死


「よって、勇者ザレドを処刑する」


 共に魔王と戦った盟友、聖女クリスティナを殺害した罪と国家反逆罪の容疑をかけられたかつての英雄、勇者ザレドに告げられた無惨な宣告。


 5年前。当時、世界中の人類を恐怖のどん底に陥れた魔王ゼバル。


 各国が力を合わせ、魔王とその軍勢と戦う中で一際大きな輝きを放つ者がいた。


 セイレーン王国の英雄、勇者ザレド。


 彼は正義感に溢れた、優しくも頼もしい勇者である。


 当時、“勇者”の称号は誰にでも許されたものであり、勇者を名乗る偽物が大量に現れていた。


 誰もが本物の勇者など居ない。そう思いながらも希望の見えない戦いを続ける中、現れた一筋の光。


 元はただの農民の生まれであった青年が、人類の希望となり、三人の仲間を引連れて魔王を討伐したのは記憶に新しい。


 が、そんな英雄は今、大きく力をつけたセイレーン王国の国王によって処刑を命じられたのだ。


 明日、人類を救った英雄は、死ぬ。


「これで邪魔者は消えましたね」

「そうだな。これで我々の動きを牽制するものはいない。貴族達に軍を動かさせろ。隣国、レイテーン王国へと攻め込むぞ」

「ハッ!!」


 そして翌日。


 勇者ザレドは、民衆が見ている前で首を切られ、21年という短い生涯に終わりを告げた。



 ───────



「大変です賢者様!!」

「何の用だ。私は今研究に忙しい。研究中に入ってくるなとあれほど言っていただろう?その頭は飾りか?」


 魔法と呼ばれる、未知なる力の研究を進めていた私の手を止めさせたのは、連絡役であるマーレであった。


 私はこのセイレーン王国の王都から少し離れた森の奥に住む者。


 人々は私の事を“賢者”又は“賢者アレス”と呼ぶ。


 かつて、勇者ザレドや聖女クリスティナ、大剣豪ゾーイと共に魔王討伐のパーティーに加わり、今はこうして魔法の研究を進めている。


 王家は私を国の魔法師団の団長に付けたがっていたが、私は貴族社会やら何やらが面倒で全て断り、森の奥に家を建てて引きこもっていた。


 お陰で俗世には疎い。この前久々に街におり、商人に“流行モノ”と言われて買った服は、マーレ曰く3年前に流行ったが既に廃れた流行らしい。


 賢者である私を騙すとはいい度胸だ。だが、こう言うのは騙された方が悪い。


 それに、質は悪くなかったので、意外と気に入っている。


「で、何の用だ?」

「ゆ、勇者ザレド様が処刑されました........!!」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。


 ザレドが死んだ?しかも処刑で?


 馬鹿げている。ザレドを殺して利益などあるはずもない。


 この国は元々小国であったが、ザレドや私達のお陰で周辺国に対して大きな発言力を持つようになった国。


 殺す理由が見当たらないのだ。


「........タチの悪い冗談だな。私をからかう為にここまで来たのか?」

「そんなはずないですよ!!ここまで1週間以上はかかるんですし!!本当です!!聖女クリスティナを殺害し、国家反逆を企てたとして処刑されたのです」

「........は?クリスティナが死んだだと?」


 何を馬鹿な。


 私の思考は二度目の停止をした。


 聖女クリスティナと言えば、この国で最も治癒による奇跡が得意な者。その慈悲深き姿から、人々は“聖女”と呼び彼女を神のように崇め奉る。


 現在は教会内での発言権も強くなり、根本的な教会の腐敗した体質の改善に尽力していたはず。


 彼女が死ぬなどありえない。それこそ、ザレドが死ぬのと同じように。


「何をふざけたことを。私はやつが嫌いだが、その実力は本物だ。そう簡単に死ぬはずもない。それに、ザレドがなぜクリスティナを殺す?理由がないだろう」


 論理的な思考をする魔導師と、神という曖昧な存在を信仰する聖職者。


 お互いの考え方がまるで違うので、彼らはよく対立する。


 私とクリスティナもそうだった。神を信じぬ背徳者である私に神が何たるかを説き、私はそれを戯言だと言って神の存在否定をする。


 それを聞いていたザレドは楽しそうに笑い、ゾーイは呆れて頭を抱えるのだ。


 それが、旅のお決まりであった。


 命からがら魔王の討伐を果たし、皆がその場に座り込んでいた時でさえその決まり事を義務感のようにやっていた。


 で、そんなクリスティナも死んだだと?


 ありえない。あってはならない。


 私よりも先にあの二人が死ぬなど、あってはならないのだ。


「僕が嘘をつくと思いますか?!僕だって信じられないんですよ!!ですが、あの顔は........あの顔は間違いなくザレド様のものでした」

「........お前の見間違いかもしれんだろう?」

「そんなはずありません!!ザレド様が処刑されてから三日間の間、晒し首にされています。ご自身の目で確認してください」


 辛そうに、本当に辛そうにそう告げるマーレ。


 私はマーレの言葉が真実であると悟りながらも、心のどこかで間違っていて欲しいと願いながら杖を取り家を飛び出す。


 私は魔導師だ。魔力という生物に宿る力を、魔法という力に変換し戦う。


 世間一般の魔導師は、魔法に頼り切る戦い方をするために体力が無かったり運動神経が悪いものが多い。が、仮にも私は魔王と戦った勇者パーティーの一員。


 その気になれば、1週間以上もかかる道程を三日程度で踏破できる。


 魔法を使い空を飛べば、もっと楽に早く王都へと行くことが出来たのだが、この時の私は動揺のあまり頭が回っていなかった。


 親しきものを亡くしたのは、これが初めてでは無いのに。


「ハァハァハァ........!!」


 脇目も振らずに走り続け、そして王都の中へと入る。


 既に日が沈み、この時間帯の街の出入りは本来禁じられているが、私は賢者。権力とはこういう時に存在する。


 街へと入り、走り続け大広間を目指す。


 そして、大広間に辿り着くと、そこにはまだ多くの人影があった。


 私はここでようやく、自分の存在が人々に知られると面倒になると判断しフードを深く被って顔を隠す。


 私の顔はそれほど特徴的では無いが、髪が黒く長い。男なのに女っぽい髪型だなと、よく大剣豪ゾーイに言われたものだ。


「すまない。通してくれ」


 人混みを押しのけて、前へ前へと進んでいく。


 この先ではきっと、大道芸でも行われているはずだ。私が共に過ごし、友人に........いや、親友となった者の首が置いてあるはずもない。


 そう願いながら、そうであって欲しいと初めて神に祈りながら、先へと進む。


 そして、最前列までやってきた私の目に入ったのは、神は存在しないという証明であった。


「ザ、ザレド........」


 そこにはかつて共に戦った戦友の、親友の死した姿があった。


 顔は最後に会った時よりも更に逞しくなっており、髪も少し伸びたようだ。


 しかし、その目が開かれることは無い。その口が動いて私の名前を呼ぶことは無い。


 彼は既に死んでいるのだから。


「そんな........嘘だ........」


 一体何があったのか、一体何がどうしてザレドは私の親友は死してしまったのか。


 そんなことを考えるよりも前に、目の前が滲んで前が見えなくなっていく。


「嘘だァァァァァ!!」


 私はこの日、人生で初めて誰かの為に本気で泣いた。


 人目も気にせず、私が賢者であると知られても構わずに、膝から崩れ落ちて地面に小さな水溜まりを作るしか無かったのだ。


 そして、これ以上友の死を侮辱してはならないとし、私は友の首を灰に変え、我が家に持ち帰るのであった。


 その日の光景は、生涯死ぬまで忘れることは無いだろう。忘れたくとも、忘れられない。


 一週間後。ようやく友の死から立ち直った私は、真相を確かめるべく調査に向かう。私の友人があの勇者ザレドが、こうも簡単に処刑された理由とその背景について。

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