第3話 ボタンの仕組み
調べたところによると、一年の死者数は大体百十万人。それを三百六十五日で割ると一日平均三千人ほど死んでいることになる。この間は十回連続で押した。だから一日で十万人死んでいるわけで、通常の三十倍は死んでいるわけだが、世間は全く騒いでいない。芸能人死亡のニュースが多くなった程度だ。もしかしたら、本当に一万人死んでいるわけではないのかも知れない。全世界七十億人のうちのほんの一握りが死んだのに過ぎないのかも知れない。
そんなことを考えながら今日もエクセル遊びをする。古田が死んだ日から、俺はボタンを押していない。ボタンはカバンに入っている。なぜか、ボタンを持っているだけで全能感が溢れ、日々の生活が生き生きしている。鬱病の薬も飲んでいない。酒も以前ほど飲んでいない。毎晩、缶チューハイ一本を飲みながらボタンを眺める。それだけで夜はグッスリと眠れるようになった。
毎日ボタンのことを考えていたら、ふとある疑問が湧いた。古田は死んだが、ボタンを押した直後に死んだわけではない。古田が俺の後ろを通った後に三回押して、その日に古田が交通事故にあった。押した時点では古田は生きている。どういう仕組みなんだ?
「課長、あの。」
「なんだ?」
課長の大西はじろっと俺を睨むようにみた。
「古田さんがお亡くなりになられたのって大体何時くらいだったんですか?」
「帰宅途中の夜七時って聞いてるけど。なんだ、お前なんか関係あんのか。」
「いや、自分も歩いて帰ってるんで気をつけないとな〜と思って。ありがとうございました。」
俺は足早にその場を去ったが、課長はまだ俺のことを見ている。古田の代わりにお前が死ねばよかったのに、とでも思っているような目線だった。
俺がボタンを押したのが朝九時頃。古田が死んだのが夜七時。間が十時間も開いている。ボタンの仕組みを理解するには、サンプルが足りない。そこで、メールで送られてきた回章通知と芸能人の死亡情報を集計し、押した時間と突合してみることにした。これからは遊びではなく、本気のエクセル作業だ。
集計が終わった。まず、初日。夜九時くらいに酔っぱらってボタンを押したわけだが、ちょうどその日に一人死んでいた。時間は午後十時五十五分。次の日は十回押したわけだが、これも夜九時くらいだった。押した直後に死んだ人もいれば、十一時五十六分に死んだ人もいた。次の日は朝九時に三回押して、古田以外に一人死んでいた。夕方五時二十分。
ここから、ある程度のことが分かった。ボタンを押す前には死亡者がいないということ。ボタンを押したら、すぐ死ぬわけではなく、時間差があるということ。その日の夜十二時までに死ぬということ。また、死亡者が東京に集中していることであった。最後の点については、なんとなく理解できた。東京に人口が集中しているから、もしランダムに一万人選んでいるとしても必然的に東京在住者が多くなる。また、十二時を跨がない、ということからも、どうやら日本の中から一万人を選んでいるらしい。
解析を終えたら、一気に脱力した。解析したからといって、何ら役に立つわけではない。結局ランダムに人が死ぬ仕組みだということが分かっただけだ。
暇だから思考実験を続ける。
押しまくったら、例えば千回連続で押したら、一千万人死ぬことになる。それが一日で起きる。つまり、大規模災害が日本で起きるということか?そうなったら、俺の生活にも支障が出る。被災者になるかもしれないし、最悪死ぬかもしれない。このボタンを押しても俺が死なないという保証は無いのだ。
そんなことを考えていたら頭が痛くなって来た。
「あー、ピンポイントで消せたらいいのにな。」
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