第3話 ゲームは好きにプレイするもの

「ただいまー」


 …………はい、返事はない。

 いつものことだった。


 両親は中学の時に離婚、原因は親父の浮気。

 とある有名企業の部長だったこともあり、慰謝料と養育費はめちゃくちゃ貰った……


 実際には親父の雇ったクソ優秀な弁護士のせいで雀の涙くらいしか貰えなかった。


 で、俺たちは母さんについて行き、その母さんはと言うと……


──LINY〜♪


 スマホに着信。


 夜河奈々よるかわなな:ハワイに到着ー!お土産買ってくから留守番よろしくー!


 青い空、白い砂浜。

 そして傍らには、知らない若い男。


「今度はハワイかよ……」


 どたどたと2階から走り寄る足音。


「にぃ見た!?あり得ないよねー!ハワイーって自分だけずるい!」


「見ず知らずの男と一緒の部屋でもいいのか?」


「あー……それは無理!」


「というか、ただいまの返事くらい返せ」


「えー、彼氏でもないしめんどー」


 健康的に日焼けした肌、元気いっぱいでいつも俺に接してくれるのは妹、夜原杏香よばらきょうか、もとい杏。

 同じ凛城高校1年。


 俺とは違い社交的で友人も多く、短距離陸上の入賞経験もある。

 将来の夢は陸上選手としてオリンピックに出ることらしいが身長が低いことを気にしていた。

 まぁ、それも個性だろう。


「それよりにぃ!見てみて!また自己ベスト更新したんだー、この調子で頑張ればインターハイにも出れるかも!」


「頑張ってるからな、きっといけるだろ」


「当然じゃん!それで優勝してオリンピックに出場しちゃったりしてー、えへへ……」


 とは言え実力はまだまだで、妄想たくましいのは兄妹一緒みたいだ。


 ただ杏は俺と違い、奇妙な力無しに実力者ばかりの学園の主力にまで上り詰めた。

 兄として報われて欲しいと思うのは当然だろう。


 しかし、何でもそうだが上を目指すのには金がかかる。

 だから母さんと約束して杏には慰謝料についての真実を伝えないことにした。

 母さんも働くと言っていたが、俺としては裏切られ、更に俺たちの為に働くのは母さんの人生を台無しにしてしまうと思ったので、自由に生きてもらうことにした。


 再婚相手とは援助も関係も絶っていた。

 俺も杏もという存在が苦手だったからだ。


 しかし、援助がないとなるとそのための金は必要。


 その解決策が……


「今日も塾?頑張ってねー」


 そう、超難関受験専門の塾だ。


 高校生が大学受験の塾とはおかしいかもしれないが、何せ貰える金額が違う。

 ちなみに俺はこのバイトを中学3年から始めていた。


 塾側にはめちゃくちゃ驚かれたが、教え方や学力を認めてくれて晴れて採用となった。


 牧本には本当に感謝している。

 タイムリープが無ければ俺は何も出来ないクズのままだっただろうしな。


 ちなみに杏は俺が塾を立場だと思い込んでいる様で、まさか生活費がそこから捻出されているとは微塵も思っていない。

 


「夜には帰る、飯は作ってあるから先に食べててくれ」


「えー、1人は寂しいから待ってるよー」


「了解」


 よし、ぱぱっと終わらせるか。





 ………

 ……

 …




「おや?夜河少年じゃないか」


 電車に何回か乗り換えて場所は変わり塾に到着する。

 そこで一番に声をかけてきてくれる女性。


秋冬春なつなしさん、こんばんはっす」


「うんこんばんは、って名前で呼んでよ他人行儀だねぇ」


「……うたさん」


「それでよしっ!にしても、今日もすごい難関クラス教えてるねぇ」


「それ、詩さんが言える立場です?」


 秋冬春詩なつなしうたさん。

 色白で特徴的な薄桃色のロングヘア、眼鏡をかけていて初見なら美人大学生に見えるだろうが、中身は結構そうでもないちょいオタクな女性。

 


「ま、ボクも優秀なのは否定しないかな?」


 そして詩さんは凛城学園の卒業生だ。

 東大に進学したことからかなり優秀なことは間違いない。


「少年がボクと同じ大学に通ってくれると楽しみが増えるのだけれど確か進学はしないのだよね?」


「金もかかりますし、大学で特にやりたいこともないんで」


「奨学金を貰えばいいだろう?少年なら間違いなく対象になるさ」


 かもしれない。

 だが奨学金は別の、もっと大学で真面目に学問を学びたい奴がもらうべきだと思っていた。


 金の為に教えている様な奴じゃなくだ。


「すぐに金欲しいんで働こうとしか考えてないですね」


「そう?そうか……残念だね、でも夜河少年に出会えてよかったよ」


「からかうのはやめて下さい、俺は凡人なんで」


「からかっているつもりはないよ?ボクは頭の良い人が好きなんだよ」


「大学の方が沢山いますよね、それ」


「頭がいいというのは色々種類があるだろう?少年はボクの好きな頭の良さがある」


「はぁ」


「それにもう少年の住所とかも知っているし、何かあればいつでも家に侵入して襲……」


「あ、もしもし?警察ですか?今知人の女性に脅迫されていて……」


「じ、冗談だよ!?」


「冗談に聞こえないっす……そろそろ時間なんで、また」


「はい、じゃあまたねー、少年」



 本当に変人というか距離が近い。

 ま、こちらもそれくらいの距離感の方が話しやすい。


「さて、始めるか……」


 ふと窓から外を見てみる。

 駅近とはいえ人通りは少なく、塾の立地としては静かで最適。


 なのだが、目の前で言い争っている男女がいた。


 やめてくれよ、授業の邪魔だろうが……ん?

 あれは……


「…………牧本?」


 いや、見間違いだな。

 家からここは50km離れている、そんな所に牧本が1人でいるはずがない。


──……!!

──……〜


 いや間違いない、牧本だ。

 それも男女、カップルっぽい奴らと言い争っている。


「……くそっ!」


 見てしまった以上は仕方ない。


「本当すいません、ちょっと担当お願いします!すぐ戻ってくるんで!」


「え?いいけど、あ、ちょ!?」


 説明する時間も惜しい。

 急いで向かうとやはり言い争っていた。


「は?何?俺達がなんか迷惑かけたの?」


「わからないのですか?少し考えればわかることです」


 いわゆる金髪ヤンキーと茶髪ギャル風が牧本に絡み、どう考えても手に負えていなさそうだ。


 で、牧本はなんでここにいるんだよ。


「お前うぜー、1人でいい度胸だな」


「ねぇ、やっちんー、こいつ生意気だからボコっちゃおー」


 仕方ない。


「あー、ちょっといいですか」


 仲裁は公平でなくてはならない。


「どうしたんですか?他の方も気にしているようなので……」


 聞き役に徹する。

 牧本とは他人のふり、先に男の言い分を聞いた方がいいだろう。

 まだどちらが悪いかはわからないからな。


「あ?関係ねぇだろ引っ込んでろ」


「ここ塾の前でなんで関係あるんですよ、これ以上うるさくするなら警察呼びますけど」


「は?塾なんてしらねぇよ、警察呼ぶなら呼べや、でも覚悟はしろよ?」


「そうだよねー、ポイ捨てしたくらいでピキんなって」


「その貴方の捨てたタバコから危うく火事になる所だったんですよ!?」


 はい訂正、完全にヤンキーとギャルが悪い。

 

 確かにゴミ山の一部が焦げてその上には無惨に燃えた服が被さっていた。

 これ、まさか……


「これお前の服か?」


「そうです」


「何だキモオタ、こいつの知り合いか」


「いや……」


「じゃあカッコつける為に出てきたんか?ならキショいから消えろ、ほら行くぞ!」


「い、やですっ!」


 牧本の手を掴み連れて行こうとする男。


 瞳が銀色に……いや。


「触るんじゃねぇよ」


 いやいや、こんなクズに能力を使うだなんて勿体無さすぎる。


「うがぁっ!?」


 男の腕を握りそのまま捻りあげる。

 そして直感した、


「なっ、強……」


 見た目陰キャの俺が意外な力を出したことに驚いているようだが、男はまだ睨んだまま力を緩めない。


 ちなみにこれも牧本のお陰。


 昼間は勉強、そして夜は余った時間で筋トレや護身術をしていた成果。


「このっ、てめっ!」


 引き剥がそうと抵抗してくるが何ら問題はない。


 昼の運動は巻き戻しで無駄になることが多いのでほとんどしていなかった。

 周囲からは勉強大好き野郎に見えていただろうな。


 ミシミシと手から伝わる感覚、怪我をするかしないかギリギリの所で力を加えて男は悶絶する。


「わ、わかった!わかったって!俺が悪かった、だからもう許してくれ!!」


「俺じゃなく彼女に謝って下さい、それができないなら……」


「わかった!だから手を離せ!」


「……わかりました」


 手を離すと男は尻餅をついて怯えた様に俺を見上げる。


「な、なんだよてめぇぇぇ!」

「あ、やっちんまってぇ!?」


 嵐の様に去って行った。


「最悪だな」


 塾の中からは野次馬生徒がスマホで動画を撮っていた。

 あのデータを貰い警察に相談すればすぐに見つかるだろう。


「助かりました、ありがとうございます」


「気にすんな、こっちも迷惑してたからな」


「そうですか……ですが夜河君、なんでここに?」


「あー、それは……ってその手!?」


「いえ大丈夫です、少しだけですから」


 明らかに赤く、火傷だと一目でわかる。


「大丈夫な訳無いだろ、病院行くぞ!」


「でも、塾の途中だったんじゃ」


「今は緊急事態!ちょっと待ってろ」


 一通り説明してバイトは早上がりにさせて貰った。

 代わりに秋冬春さんにお願いしてしまったので借りが増えてしまった。


「後でじっくり話を聞かせてもらうからね?楽しみだなぁ!」


 からかいを後に急ぎ呼んだタクシーに乗り込む。

 近くの病院までは20分程で着くらしくそれなら悪化することはないはずだ。


「タクシーまでありがとうございます、助かりました」


「それより手はどうだ?」


「少し赤くなってヒリヒリするだけですから……ひゃん!?」


「おい、変な声出すなよ……」


「そっ、それは夜河君が急に変なことしてくるからで……」


「変って、手を冷やしてるだけだろ?」


「冷やし……いつの間に氷を?」


「塾の冷蔵庫、氷くらいはあるからな」


 とりあえず痣にはなっていないようで安心だ。


「すいません、でもあのまま見ないふりをする訳には出来なかったんです、そうしてしまったらまた同じことを繰り返すと思ったら許せなくて」


 真面目な牧本には到底許せることではなかった、というか俺でも許せないけどな。


「夜河君があんな強いなんて驚きでした」


「あれは……あっちが弱すぎただけだ、牧本こそ何でここに?」


「ええと、買い物に……」


 珍しく言い淀む。

 何か秘密の買い物か。

 プライベートにあまり踏み込むつもりはない……ん?



「その漫画、英姫大対戦?」


「え?は、はいそうですが……」


 英姫大対戦は歴史上の偉人を女性化した10周年になる長寿スマホゲーム、持っていたのはそのコミカライズ本だ。


「漫画とか見るんだな、好きなキャラクターとかいるのか?」


「わ、私は別に……偶然見ただけで……」


「…………」


 こんな化石みたいなゲームの漫画にハマるなんてマニアとしか思えないんだが。


「……あの、やりかた」


「え?」


「ゲームのやり方教えて下さい、前に夜河君がゲームをしていたのを見たので……」


 俺の?全然気づかなかったな、というか。


「……ゲームやるのか?」


「しっ、仕方なくです!ゲーム依存症になる夜河君のような人について何故そうなってしまうのか知る必要がありますから!」


「いや、でも手の怪我があるし操作は……」


「なら、夜河君が私のスマホ操作して下さい、それを見て覚えます。操作は許可します」


 女子のスマホを操作するのはかなり抵抗あるんだが、断れそうに無い雰囲気があった。


「……わかった」


 牧本のスマホのホーム画面を見てみると、ずらりと並ぶのは全て勉強関連のアプリ。


「すげぇ」


「普通です」


 逆に俺のスマホはゲーム漫画ばかりなんだが。


「んでやり方は……」


 ゲームの説明を一通りする。


「で、好きなキャラを敵と戦うって訳だな。後は慣れとキャラ愛で選ぶといい、基本ゲームは好きにプレイするもんだからな」


 牧本はしばらく色々とキャラを見て決めたようだ。


「この、ってキャラがいいです」


「おい、何で俺の名前と一緒のキャラなんだよ」


「自意識過剰です、別にこのキャラがボコボコにされているのを見てストレス発散する訳じゃないですから」


「する気満々じゃねぇか」


「『基本ゲームは好きにプレイするもの』ですよね?」


「ぐっ……」


 変にカッコつけるんじゃなかった。


「ちなみに夜河君は好きなキャラいるんですか?」


「あー…………いないな」


 教える訳にはいかなかった。

 何故なら俺の好きなキャラは銀髪碧眼だからだ。


「そうですか、ではわからないことがあれば聞きますね」


 まさかとゲーム繋がりが出来るとは。


「到着したみたいだな」


 運転手に声をかけられて病院に到着したことに気づいた。


「ありがとうございました、ではまた学園で」


「ついて行かなくていいか?」


「はい、子供ではないので」


 手の赤みは少し引いていた。


「おう、じゃあな」


「はい、ではまた……



 ──とーまくん」



「……何か言ったか?」


「いえ、何でも」


 颯爽と病院の中に消えて行く、だが。


「……聞こえてるんだよなぁ」



 何かされるかと思って身構えていたから拍子抜けだった。



 翌日。



 プライベート?何それ?状態の秋冬春さんに根掘り葉掘り聞かれたので、もう借りは作らないことに決めた。


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