第2話 美味しいって言って貰えれば
時間の巻き戻しについては、実は牧本に会う前から自覚はあった。
何回も幼い頃から同じ光景、同じ場面がよく繰り返されていたからだ。
俺は世界ってこういうもんなんだなー、と思って気にしていなかったが、両親はそんな俺を病院に連れて行った。
いわゆるデジャヴですねー、成長期だからよくありますよー、高校生くらいになったら減りますからー
そんな感じの診断でまた病院行くの面倒だなと思ったので言うのはもうやめた。
実際に高校の入学直前には頻度は少なくなっていたし。
そうして高校で出会った、天才美少女牧本雫。
そこで俺は巻き戻しの犯人を知った。
恩恵は俺にもあり、秀才という称号を得ることが出来た。
記憶を引き継げて時間が戻るのなら、それは単純に活用できる時間が増やせ、勉強時間も増やせたからだ。
後はタイミングさえわかれば好きなゲーム買って終わったら巻き戻してとか、美味い飯食いまくって巻き戻してとか、あとは女子の……いや、何でもない。
とにかく、使い方は無限だ。
ちなみに牧本になぜこんな力があるのかはわからない。
わかっているのは時間の巻き戻し、いわゆるタイムリープを行え、その時は瞳の色が変わり時間が戻ったことは基本牧本以外にはわからないこと。
そしてここが重要だが、牧本は他の人と同じく俺が時間が戻っていることに気づいていないと思いこんでいることだ。
それを知ることになったのは、2年の春のある日だった。
………
……
…
「脅迫ですか?」
「……ん?」
学園の屋上、一般開放されていないそこで隠れる様に1人で飯を食っていたら女子のそんな声。
特徴的で牧本だとすぐに分かった。
もう1人は非常勤の男性教師、女子からかなりの人気のある韓流アイドル風イケメン。
ちなみに屋上にいた理由は1人で飯を食っているのを見られるのが恥ずかしい訳ではない、決して。
「脅迫なんてとんでもない、僕は教師として窃盗なんていう生徒の不適切な行為を指導しているだけだよ?どうにか解決したくてこうして2人きりで話しているんじゃないか」
「汚れているのが気になって洗おうと思っただけです」
汚れている?何の話だ?
「こんなコソコソしてかい?それを誰が信じるのかなぁ?ライバルだからって悪質だね」
牧本が盗み?信じられないが気になる。
「……何が目的ですか?何をすればいいんですか?」
「そうだね、個人的に指導が必要だと思うから一度家に来てくれないか?もちろん1人でね」
なるほど、その盗み?をネタに脅されてているようだ。
「そうすれば、そのデータを消してくれるんですか?」
「もちろん、コピーも無いし約束するよ」
胡散臭過ぎるだろ。
女子を喰いまくっているとか噂は聞いたことはあるが、まさか本当だったとは。
「…………」
牧本は答えない。
「仕方ない、なら夜河も含めて話し合うしかないね」
……は?俺?
何か無くしたっけ……あ。
そういえば最近体操服が無くなったな。
つまり、牧本が盗んだのは俺の体操服か。
でも、何で俺の体操服を?
というか、何にせよこのままだと牧本はあのクソ教師にいいようにされるか窃盗犯になるかだ。
……仕方ない。
「あの、ちょっといいですか」
「なっ!?よ、夜河!?」
「夜河君!?」
「あーすんません、偶然話が聞こえてたんで……で、なんか牧本を脅してるように聞こえたんですが……」
「お、脅し!?断じて違う!牧本が君の体操服を盗んでいた所を偶然撮っていて……」
「あー、それなら俺が牧本にお願いしたんです」
「……え?」
当の牧本も男教師と同じ反応をしている。
「テストの点数、数学で負けた方が何でも言うこと1つ聞くって賭けしてたんですよ。で、俺が勝ったんで何にしよっかなー、って考えてちょっと侮辱的な『体操服の手洗い』にしたんですよ」
「そんな話、嘘に決まって……」
「ていうか、それよりも何でそんな映像あるんですか?」
教師の手からスマホを取り上げて見てみると、明らかに教室の天井付近、更に言えば火災警報器の位置から撮られていた。
「これ、まさか隠しカメラで撮影してた訳じゃないですよね?教室では女子も着替えるんですけど」
問い詰められると顔が真っ赤になったかと思えば真っ青に。
「た、頼む!この事は誰にも言わないでくれ」
「いや、それは」
無理だと返そうとした時、牧本に遮られる。
「わかりました、早く消えてください」
「おい!」
「大丈夫です」
何が大丈夫なのか。
「あ、ありがとう!もう2度とこんなことはしないから!」
媚びた笑顔で必死に逃げるその姿には吐き気がする。
「……牧本、逃がしていい訳ないだろ、後で俺から他の先生に報告するからな」
「…………」
「それと、お前何で俺の体操服盗んだんだよ」
無言。
まさか、本気で嫌がらせか?
なら、それも報告を……
「……とーまくん」
「………………は?」
牧本に抱きつかれ、時間が停止したかのようにあたりが静まり返っていた。
「は、え?」
「まさか本人ね見つかってしまうなんてぇ……でも、もう我慢しません……ああ、とーまくんの匂いぃ……」
「い、いや、あの……」
何が起きているか分からず。
そうして牧本が一通り満足し終わった後、その瞳が綺麗な銀色に変わった気がした。
◇ ◇ ◇
「…………あれ?」
次の瞬間、俺は2日前の朝にタイムリープしていた。
今は何日何時だ!?とかタイムリープしてきた奴の常套句みたいな事を妹に問いただすと『何言ってんのこの陰キャ馬鹿妄想キモにぃちゃん』みたいな目で蹴り出されて再び学園に行く羽目になった。
最初は夢かと思った。
クソみたいな退屈な授業から逃れようと俺が妄想と現実の区別がつかなくなったんだと。
でも、すぐにそれが間違いだと気付かされた。
まず1つ目、クソ教師は懲戒免職になっていた。
噂だと匿名通報があり、盗撮で捕まったとか。
そして、牧本はと言うと……
「とーまくん、一緒にお昼食べませんか?」
翌日、まさかのお昼に誘われたのだから。
当然の如く教室がざわつく。
何であの陰キャが、とかお姉様が……とか言って耐えられずに教室を飛び出す女子もいた。
「お弁当作ってきたんです、その……食べられるものだけでいいから食べてくれればいいので」
向かい合わせの机に丁寧にランチョンマットを敷いてそんな事を言う雫。
いつの間にそんなことを?
敵意に満ちた教室で申し訳なさそうに机に出された手作り弁当。
「これ、本当に俺に?」
「はい、あの……もしかして手作りとか苦手ですか?」
「全然そんなこと無い、ただびっくりして」
牧本、ではなく雫から渡されたのは可愛らしい猫の弁当箱にご飯を猫の形を使って作られたキャラクター弁当。
見た目だけでは無く、食べ盛りの男子というか焼き鳥が好きという俺の好みに合わせて色々な焼き鳥が入った肉がかなり多めの中身。
間違い無く目の前にそれは存在している。
毒とか、入ってないよな?
妙な怖さもあったが、俺の好物ばかりのそれに抗えずいつの間にか箸を手に取っていた。
「じゃあ、いただきます」
「は、はい、お願いします……!」
米と肉を口に運ぶと丁度よいタレの甘辛い味付けと脂の旨みが口に広がり、薄く海苔の敷かれたご飯と絶妙にマッチする。
「……美味しい」
「本当ですか!?」
「本当だ、語彙力無さすぎて申し訳ないんだが、今まで食べた中で1番美味しいぞ……なんだこれ」
「ふふっ、なんだこれってただの弁当ですよ?面白いとーまくんですね」
まっすぐ俺を見つめる雫に目を合わせられず、俯きながら黙々と食べる。
「作ってきた甲斐がありました……」
憑き物が落ちたかのように安心して笑うのを見るとかなり緊張していたみたいだった。
俺如きにそんな緊張しなくてもと思い、手を見てみると幾つも絆創膏が貼られていた。
「その手、もしかして……」
「り、料理はあまりしたことないのでそれでちょっと……でもお弁当はちゃんとできてるはず……ですよね?」
不安そうに俯く雫を見るのは初めてだった。
謙遜しつつも自信に溢れ、誰もが信頼するのが牧本雫だったからだ。
「完璧だ、っても俺の舌だから信用ないかもしれないけな」
「とーまくんに美味しいって言って貰えればそれで十分です!他の人の評価なんてどうでもいいですから!」
身を乗り出して力説する雫。
その勢いに周囲の皆が注目する。
「すっ、すいません……」
俯き萎れた花の様に小さくなる。
タイムリープの能力を持っているのに傷だらけの手なのは頑張って作ってくれた証。
牧本さんの手に傷だと?あいつ許さん!と殺気を感じながらも遠慮なく食べ進める。
茹でてあるだけのブロッコリーも雫にかかれば小さなゴマとハムで目がついて可愛らしく、猫をかたどったご飯も中には肉球型のニンジンが入っていて可愛い。
これが料理をほとんどしたことが無くて作っているならば才能の塊に違いない。
うぐ、一気に食べすぎて喉が詰ま……
「大丈夫ですか!?味噌汁もありますから、はい!」
味噌汁を受け取ろうとして絆創膏だらけの雫の手に触れてしまう。
「……っ!!ごめん!」
「い、いえ……それより飲み込めましたか?」
「あ、ああ……」
驚いた勢いで一気に飲み込んでしまった。
「反省材料かもしれません、今度は食べやすいようなものにしますね、例えばカレーとか……弁当には向いてないですかね……」
こんな時にも勤勉だ。
「ありがとな、今度何かお礼を……」
と言いかけた所でどうせ巻き戻るのだと思い言葉が止まる。
ここでの会話は恐らく無かったことになるのだから。
「いえ、これはいつものお礼ですから、でも……もし良かったら、とーまくんのこと、今だけ色々教えて欲しいです……いいですか?」
それを断る理由もなく。
「ああ、もちろん」
◇ ◇ ◇
そして時が戻り、俺は確信した。
雫がタイムリープを起こしている張本人だと。
そして同時に普段の生活で頻繁に感じていたデジャヴの原因が雫だと確信した。
一体何故ほとんど話した事のないはずの俺にこんなことを?
俺が考えた結論がある。
……………そうか。
それは、ストレス発散だ。
好いてもいないし、むしろ嫌っている。
そんな弄びやすいどうでもいい奴に甘えることで雫は周囲の期待、他人の視線、日々の重圧などなどのストレスを発散しているのだと。
そうとしか思えない、いやそうに違いない。
本気で俺に好意なんてありえないからだ。
体操服の件もストレス発散の1つだったんだろう。
運悪く(良く?)俺に見つかったことできっと発散のターゲットを俺にしたんだろう。
というかもし『え、もしかして俺のこと好きなのか?』と聞いて勘違いだったら、俺は恥ずかしさのあまり間違いなく死ぬ。
自惚れてはいけない。
雫の力で幸運にも秀才となった凡人以下の俺にできることなんてストレス発散のサンドバッグになる、それくらいだ。
それに、本当に時を戻すなんてことが出来るのであれば慎重になるべきだろう。
もし起きた出来事を俺が覚えていると知ったら、どうなるかわからない。
『ああ、そうだったんですね』で終わるかもしれないが、もしかしたら裏の姿を知った俺をタイムリープで赤ちゃんの姿に変えてくるかもしれない。
能力は未知数、だがその力を少なくとも悪用をしていないと思うからこそストレス発散に協力していた。
表の牧本と、裏の雫。
夜河と呼ばれれば前者で、とーまと呼ばれれば後者、俺はそう呼ぶことにした。
──きーんこーんかーんこーん
そして、また昼休み。
よし、雫の弁当が食べられる……じゃないだろ俺。
ストレス発散が出来るように、知らないふりをしなければならない。
別に気づかれて弁当が食べられなくなるのが嫌だからとかじゃないから、はい。
「牧本さんー、今日はお弁当じゃないんだね、なら私達と一緒に学食行かない?」
「いいですよ、今日は
あれ?弁当じゃないのか?
友達と食べに行く?
あ、そうですか……そう……ですよね、それが普通ですね。
「あの、何ですか?まさか……ついて来る気のですか?」
俺がもの欲しそうに見ていたのがバレたのか、牧本が睨みつけてくる。
「そんな訳ないだろ」
「そうですか」
そう、距離を感じるこの態度。
これが普通だということを忘れてはいけない。
「でも珍しいね、いつもはお弁当持ってくるのに……お兄さんが作ってくれてるんだっけ?」
確かに牧本フレンドの言う通りいつも弁当だったはずだ。
「はい、でも今日は忙しかったみたいです。本当は私が作ってこようと思ったのですが……」
「えぇ!?牧本さんの手作りお弁当!?絶対美味しいじゃん!!」
最高に美味しかった。
途中でタイムリープして全て食べられなかったのは少し残念だったが。
「そんな事ないですよ?ただ……」
牧本が綺麗な左手を握りしめる。
「気になる人に褒めてもらえるくらい、ですかね」
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