巻き戻さないで、牧本さん〜学園一の混血美少女が実は『時を戻して』甘えまくる女の子だと俺だけが知っている〜
耳折
第1話 世界に1人、俺だけだ
【
その言葉を知っていたのは、子供の頃にアニメオタクの親父と一緒に録画した映像を見ていたからだ。
昔はビデオテープというものにデータを保存し、中のテープを実際に巻くことで逆再生や再生をしていたらしい。
部屋1つを埋め尽くす大量のコレクションを見た時、それが本みたいに見えてまるで図書館にいるみたいで楽しかったのを覚えている。
ふと、それを思い出したのは時を巻き戻したら過ごしやすくなるのかなと思うくらいに一気に蒸し暑くなった6月の朝を迎えていたから。
「暑すぎる……」
当然そんなことは俺には出来ないので、適度にクーラーの効いた2階の教室で、しかし直射日光は避けられず半サウナ状態で授業開始を待っていた。
見下ろす昇降口前の広場は皆が憂鬱でいてどこか緊張感のある雰囲気。
煌びやかな噴水、青々しい芝生。
手入れの行き届いた豪勢なそれらだが、ほとんどの生徒は目もくれず校舎に向かうだけ。
その理由?
暑いから、それとも五月病が長引いているから。
いや、どれも否だ。
地獄のテストが待ち構えていたからだ。
俺、
都立
日本有数の進学校。
それは勉学だけでは無くスポーツの分野においても同様。
早くも競争社会に放り込まれどことなく俯きがちな生徒が多い。
しかしそんな中、その女子生徒だけは銀髪を揺らめかせ優雅に校舎へと歩みを進める。
周囲の生徒は顔を上げて萎れた花が水を得たかのように一様に背筋を伸ばし活力を取り戻す。
偶然か気のせいか、目が合った気がした。
目が合えば気があるんじゃないかと勘違いする奴は少なくないだろう。
正直言って俺もそのタイプだが彼女に関しては有り得ない。
さて、どうするか。
ここは授業開始までどこか涼しい所にでも逃げてやり過ごすか?
でもなぁ、教室が1番快適であることは間違いないんだよな。
「おはようございます、今日は一段と暑いですね」
そんな事を考えていたら、いつの間にかその美少女が教室に現れていた。
──牧本さんと一緒の教室にいるだけで幸せだ
──かわいすぎるだろ……話すなんて恐れ多い、勉強なんてもう、牧本さんを見ているだけでいい……
アメリカとロシアの血を4分の1ずつ継ぐ影響か、透き通るような白い肌と飴細工の様に輝く金色がかった銀髪、二重のくりくりとした大きな碧眼、目を惹く美しい鼻梁。
そして、小さな背に不釣り合いな大きな、胸。
成績は全科目全国10位以内の天才、家は代々300年続く凛城神社と言うこの辺りでは知らない人はいない有名な神社だ。
厳格な家柄らしいが当の本人は自分には厳しく、クラスメイトには1人を除いて優しく接して頼られているリーダー的存在でもあり、クラスメイトだけでなく学園生徒皆から尊敬を込めてその1人以外には『牧本さん』と呼ばれていた。
容姿端麗、品行方正。
同世代でも右に出る者はいないと名高い完璧美少女。
「牧本さん、今月のバレーボールの大会また出場してくれないかな……?」
「わかりました、また優勝は出来ないかもしれませんが」
「牧本さーん!言われた宿題やってきたよ、見てくれるー?」
「そうですね……ぱっと見ですが、ほとんど正解です、毎日頑張った成果が出ていますね」
女子バレー大会の数合わせに、宿題まで作って苦手な教科を教える。
天才生徒でもあり、先生のようでもある。
「あ、
「任せろ」
頭良く見えるよう眼鏡をクイと持ち上げる。
ま、俺も頭はいいんですけどね。
再び教室の前がざわつく。
今度は別の理由のようだが、すぐにその理由は判明した。
教室の入り口にいたのは日に焼けつつも塩顔俳優の様な端正な顔立ちの男子生徒。
「久しぶり、サッカー部の練習を前に見に来てくれたよね?」
「……誰ですか?」
確かええと、そう!隣の準進学クラスのサッカー部の部長だ。
サッカー部は全国ベスト8まで上り詰め、既に部長はプロチームからスカウトがかかっているとか。
進学校としての側面が未だに濃い我が校において、サッカー部が文武両道の『武』の1割くらいを担っていると言っても過言じゃ無い。
「えっ、サッカー部の部長の大平って言うんだけど……覚えてない……?」
「部長、ですか?」
まさか忘れられているとは思わなかったのか、部長は『ほら、大会で最優秀選手だった』とか『ハットトリック決めた』とか必死に説明している。
「思い出しました、参考に見に行った時お話ししましたね、それで要件は何ですか?」
「あ、ああえっと、ちょっと大切な話があって……2人きりで話せないかな?」
また、一瞬目が合った気がした。
気のせいだろう。
「何かあるならここで話して下さい、もう授業始まるので」
基本は皆に優しいが、明らかなそういう雰囲気を出す男子にはちょっと厳しい。
多分嫌になる程に何度も告白されたからだろうな。
もちろん俺は告白なんてしたことはない。
そんな雰囲気の中で部長は少したじろぐが、すぐに牧本と向かい合う。
「わかった、俺……牧本さんのことがずっと好きだったんだ、よければ付き合ってくれないかな?」
案の定の告白。
周囲から上がるおお、と言う驚嘆の声。
漢気ある公開告白だなぁ、これには何か反応が……
「ごめんなさい」
ある訳なく、清々しいほどの一撃粉砕。
公衆の面前で告白する側も勇気あるが、それをスパッと断る方も勇気がある。
「プロを目指しているんですよね?なら今は私に時間を割いている暇は無いはずです、お互い目指す夢に向けて頑張りましょう」
自分を卑下しつつやんわりと私とお前の道は違うと言いつつ応援、わだかまりが無いよう対応する完璧さ。
「じゃあ、連絡先だけでも……」
「必要な人にしか教えないので無理です、勉強の相談や部活の助っ人ですがどちらも必要無いですよね?」
「あ、いや」
男としては食い下がりたい所だが、あれだけ断言されてしまっては何も言えなかったのか頷くだけ。
「それに……」
ずんずんと部長まで近づく。
「教室の出入りの邪魔になっています、退いていただいていいですか?」
「は、はい……」
呆然と廊下の端に立ち尽くす部長様。
──完敗だな、これで何人目だ?20人?
──男嫌いの牧本さんに無謀だよなぁ
噂ではあまりに告白されて男嫌いになっているとか。
当然と言えば当然か。
にしても告白側も大層な度胸と自信だ。
「俺には無理だな……さて、準備を」
「無理?何が無理、なんですか?」
「……牧本、いつの間に」
いつの間にか、牧本が目の前にいた。
小声で口にしてしまったその一言を聞かれてしまう。
小姑かよ。
「で、何が無理なんですか?」
「いや、それは……」
何となく怒っている状態の牧本に何を言っても怒られる気がして黙ってしまう。
「はぁ……もういいです、それよりも
「頭?ああ、これは寝癖で……ゲームして寝落ちしたからなぁ」
「ゲームなんてものにハマっているのですか?」
「いいだろ趣味なんだから。やってみろよ、楽しいぞ?」
「やりませんふざけないでください、それより男子学年成績トップの自覚はあるのですか?皆のお手本となるよう身だしなみにも気をつけるのが当然です」
やれやれと溜息をつきながらわざとらしくジェスチャーしてくる。
「一応これでも直した方だけどな」
「それで?であれば元から変な髪型ってことになりますね」
「校則守ってればいいだろ、そんなこと言ったらそっちこそ銀髪だろ」
「これは地毛ですし私は許可貰っているからいいんです、それと違って夜河君はどうしていつもそう適当で、だらしがない……」
「ちょっと待て」
「え?」
牧本の制服についていた中々に気持ち悪い虫をさっと取り窓の外に放り投げる。
「……何ですか、今の」
「ゴミだ、気にするな」
「じゃあ外に捨てないで下さい」
「……次は気をつける」
虫がついていたと言った所で余計に怖がらせてしまうだけだ。
「そういう所が…………」
「なんだよ」
「な、何でもないです、というか勝手に触ってこないで下さい」
「はいはいわかりました」
って感じ、で牧本は俺への当たりが強い。
だから俺もつい当たりが少し強くなってしまうのだが、何度も言うが告白して煙たがられている訳ではない。
理由は、俺が勉学の面で学園一位二位を争っている為だろう。
こっちとしては争っているつもりなんてないのだが、俺はまともに友人と言える奴なんて1人しかいない、いわゆる陰キャゲームオタクだ。
コミュ力も高くはないし牧本の様に社交性や家柄が良い訳でもない。
将来を考えるのならば成績は良いに越した事はないだろう。
ちなみに進学校でも勉強出来るくらいで『はい、スクールカースト上位いぇーい』なんて甘いものではなく、普通の学校と同じ様に陽キャが持て囃されるのは変わりない。
だから雲上、天上の存在である牧本とどうこう出来る関わりではない。
後は委員会が一緒くらいだ。
そう、その程度の関係なのだが。
何故かじっと見つめ合う俺と牧本。
そして、急に俺の手を握る。
「とーまくんは私が告白されても
全然顔色を変えてくれません、私のことなんてどうでもいいんですか……?」
「…………」
やっっっっっわらけぇ……あったけぇ……
手を取り胸に押しつけてきているのは無意識?それともわざと?小悪魔かこいつ。
「……お、う……?」
「ふふっ、かわいい……寝癖直してあげますから待ってて下さい」
牧本が寝癖直しのスプレーをかけて一生懸命に直してくれている。
女の子の甘い匂いと温もりを感じるなぁ、なんてことは考えてはいない。
嘘です、ちょっと考えました……すいません。
「出来た!」
「可愛いって遠回しにダサいって言われてる気がするんだが」
「いいじゃないですか、かわいいものはかわいいんですから」
握られた手は牧本の頬に当てられ、真っ直ぐに向けられた宝石の様な瞳を直視出来ず、つい視線をそらしてしまう。
「……牧も」
「雫、名前で呼んで下さい」
ちゃんと名前で呼べと人差し指が俺の口に当てられる。
「し、雫ぐっ!?」
更に背中から思い切り抱きついてくる。
「ふふっ、どうですかとーまくん?何か言うことがあるんじゃないですかぁ?」
「あ、えっと……」
それは色々ありますよ?
柔らかいなぁとか、いい匂いとか。
「はぁぁ、とーまくんの匂い、いいです……」
いや、それはこっちの台詞ですけどねぇ!
完全に別人の様な雫。
というか学園一の美少女に手を握られて名前で呼んでとか、可愛いとか、抱きつかれることに慣れる奴なんているのだろうか?
いや、いないな。
皆のいる教室で完璧美少女からのイチャイチャされる。
それは男から誰だって嬉しくなると同時に呆然とするだろう。
雫もそれを理解しているのか、その綺麗な白い頬を少し羞恥の赤で染めていた。
とは言え。
こんなものは他人から見ればラブラブカップルがイチャイチャしているだけだろう。
しかし周囲は唖然と、そして騒つき始めている。
当然だ。
だって俺と雫は、付き合っていないのだから。
「とーまくん、こっち向いて下さい」
振り向いた目と鼻の先には雫の顔。
『────』
何かを話している。
そう思った直後、雫の碧眼が銀色に染まった。
◇ ◇ ◇
【巻き戻し】
その言葉を知っていたのは、子供の頃にアニメオタクの親父と一緒に録画した映像を見ていたからだ。
昔はビデオテープというものにデータを保存し、中のテープを実際に巻くことで逆再生や再生をしていた…………じゃなくてですね。
時間を巻き戻さないで欲しいんですけど、牧本さん。
「
「寝癖だよ、次は気をつける」
「全く、そんな格好では女性に好かれませんよ?私には関係ありませんが忠告だけはしておいてあげます」
関係ない、か。
容姿端麗、品行方正。
だがそれは仮の姿に過ぎない。
何故か俺にやりたい放題する度に時を巻き戻す少女。
それを知っているのは……世界に1人、俺だけだ。
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【あとがき】
短編をリメイクしまして、ラブコメ新作を始めました!
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