第4話 とーまくんを吸っておかないと
「この問題、牧本さん答えてくれる?」
数学の授業、眠気に襲われ死んだように白目を剥きながら何とか授業を受ける生徒に溢れかえる教室。
しかし牧本はスラスラと黒板に文字を書いてゆく。
「素晴らしいわ、難関私大の問題だったのだけれど正解よ!」
「いえ、偶然勉強した所が当たっただけですから」
──謙虚だ……
──美しい……
女子は尊敬の眼差し、完璧さに嫉妬なんてものは忘れ、男共はいつの間にか起きて恍惚の表情を隠せていない。
白く綺麗な脚、席に戻るだけでファッションショーのランウェイを歩いているかのよう。
今日も牧本は変わらずだ。
ちなみにタイムリープの頻度は週一回程度。
それ以外、牧本が雫になるのは1日3回が基本だ。
登校時に教室で1回。
『すぅ……とーまくんを吸っておかないと』
俺はタバコじゃないんですが。
昼休みに1回。
『お弁当作ってきたから食べてください!』
毎回徐々に弁当のクオリティが上がっているのと手の傷が少なくなっているのを見て嬉しかったりする。
そして、あと1回は……
俺の机を挟んで、目の前で何故か立ち止まる牧本。
「とーまくん見てください、あんな難しい問題解きましたよ」
授業中に1回。
さぁ来た、どう出ればいい?
いかんせん雫の力を知っているので、余計な事を言ってしまいそうになる。
何が正解かなんて経験の無い俺にはわからない。
とりあえず、褒めればいいのだろうか。
「流石、いつも頑張っている成果だな」
「…………」
無言の雫様、これじゃ駄目か?
何が起きているのかわからないのはクラスの皆も同じだった。
「えっと、あの……?」
雫はむっとした表情で座る俺を見下ろしてくる。
怒っていても可愛いことは可愛いのだが、無言で睨みつけてくるのは精神衛生上とても良くない。
「頭、なでてください」
「……………………へ?」
雫さん?一体何を言っているんだい?
「あの、もう一度聞いても?」
「だから頭撫でて『よく出来たね雫』って言ってください!じゃないとここから動きませんから!」
牧本さんがぷくぅと頬を膨らませて俺の机の上で顔を伏せて、頭を置き差し出してくる。
机上のシャープペンシルをいじり、『なでて、なでて』と丸っこく可愛らしい字でノートの隅に書いている姿は、授業中でなければカップルのイチャイチャとして処理されるかもしれない。
先生も唖然と、周囲からはあいつがなぜと言う怨念と同じくらいに雫の撫でられている姿を見たいと言う欲望が入り乱れている気がした。
「……だめですか?」
……あ、無理だこれ。
どうしたらいいのかとか、そんなこと考えられない。
雫は周囲を気にしていない。
完全に自分の為に動いていた。
媚を売るとか嫌な感じは無く、ただただ可愛く、本気で俺に甘えていた。
「あ、ええと……ここで?」
「そう、ここでです」
そもそも皆の前で恥ずかしいことをさせるんだ、やらせるにも2人きりとかでいいだろ……
「はやく」
子供みたいにおねだりする雫。
こうなったら俺も腹を括るしかない。
「……よく出来たね、雫」
「…………もっと」
お前は猫かと言いたくなるくらいにうう、と声を出して気の抜けた表情を浮かべる。
「ふふ、ふへへ……」
完全に腑抜けた雫。
その口から涎がたらりと落ち、ノートの上に垂れる。
涎なんて唾液だし、唾液なんて体液だろ?
体液なんてそんなもの、特に何とも思わない……いや、エロいな。
非モテ童貞陰キャには刺激が強すぎるんだよ、本当に。
「どうかしました?」
「いや、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
「何でそんな嫌な顔するんですか……?」
「嫌じゃなくて、恥ずかしいから……」
不満ありまくりの雫だったが、何か満足したのか大人しく自分の席に戻って行く。
「そうします」
意外にあっさり帰った雫に拍子抜けしながら、ふとノートを見ると文字が書かれていた。
『ありがとうやさしいとーまくん』
……可愛すぎるだろ。
◇ ◇ ◇
「素晴らしいわ、難関私大の問題だったのだけれど正解よ!」
「いえ、偶然勉強した所が当たっただけですから」
牧本はまた同じ問題を解いて席に戻る。
今度は俺の席に寄り道しないで戻って行く。
「じゃあ次の問題は……夜河君、解いてくれる?」
指名されたので仕方なく黒板に答えを書いて行く。
「正解よ!学年2位は伊達ではないわね、皆も牧本さんと夜河君を見習って勉学に励むように!」
教室が少しだけピリッとする。
俺と牧本の所属する進学クラスは特に難関私大や国公立大への進学をメインとするクラスで全員がライバルだった。
しかし、殺伐さはほとんどない。
何故なら牧本がいるからだ。
苦手な科目があれば誰であろうと当然のように教え、赤点を出す生徒は皆無。
そんなに教えていて自分の勉強時間はあるのかと思いがちだがそこはタイムリープがある。
テスト準備期間は10日程の準備期間が5倍にもなるほど何回もタイムリープが起きる。
そうやって何倍も人並み以上に努力しているのだから、優秀なのは当然だ。
当然俺もその恩恵にあやかっている。
俺が席に戻ると、また牧本が俺の目の前に立ち塞がる……え、何?
「よくできた、えらいえらいです」
幼稚園児を褒めるが如く頭を撫でやがる。
それこそ先程のお返しとばかりに。
「おい、やめろ……」
「ふふっ、子供みたいでかわい……」
いや、そっちの方がかわいいけどな!!
じゃなく!
しかし、雫を知るのが俺だけなのは嬉しいと同時にもっといろんな雫を見てみたくなっていた。
試しにこのままじっとしてどうなるか試してみる。
子供だからな、仕返しだ。
「…………」
「とーまくん?」
「…………」
「何で黙ってるのですか……?」
「…………」
「気持ち悪かったですか?ご、ごめんなさい……」
耐えられなくなったようだ。
「いや、黙っていたらどうなるかなって……」
「っ!いじわるっ!」
ただでさえ小さな雫が真っ赤になって小さく自分の椅子の上でダンゴムシみたいに縮こまってしまった。
ごめんて。
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