修復と選択

「現在、この町を守る結界の契約は魔王であるロー様が結んでいる状態なので、その契約を貴方様へ書き換えるだけで簡単に解決致します」


「そうか。魔王は眠ってて力を送れないから俺が契約すれば、俺から魔力を取れるもんな。本当に魔力があるのか分かってないけど」


「……しかし、この契約の変更には少々問題があります」



 保険の契約とかみたいに書類ひとつでポンという訳には行かないらしい。

 血の契約というからには、本当に血を出してそれを装置に吸って貰う必要があるので、その現場を人間に見られたら何故また血の契約をしているのかと疑われ、俺が本物の魔王では無いことがバレてしまうので、人間達にはその間退席して貰う必要がある事。


 そもそも何で俺が魔王じゃないとバレたら不味いのかと聞くと、魔族は魔王という絶対強者の支配のもとで人間へ圧を与えているので、そのお陰で人間達を従わせているが、魔王が不在となるとその均衡が崩れて人間達が暴動を起こす可能性があるからだそうだ。

 それっていわゆる独裁政治じゃないか? 恐怖で支配するのってどうなんだろうかと思ったけど、今までこの国がそうしてきたんだったら害やから来た俺がどうこう口を出して良いものでは無いのかも知れない。


 それと、現状俺が魔王の腹違いの兄弟でそこそこの魔力を扱えるらしいと分かった今は、その力を欲した人間達に捕まって悪用されかねないという事もあるので、このまま魔王として仮面を被った方が都合が良いらしい。確かに魔力はあるけどそれを使えるすべが無い今、力で押さえられたら一撃でやられちゃうよな俺。


 そもそもで『魔王の血』というのはとても貴重なモノらしく、その血一滴だけでも相当な力があるという。魔王の血肉を食らえば、更なる身体強化と力を得るとか得ないとか。

 俺達共通の敵でもある妖魔もまた魔王の血肉を虎視眈々こしたんたんと狙っているようだ。




「本来ならば、その血を一滴流す事すらはばかられることなのです。しかし、事が事なので仕方がありません」


「それだけなら何か上手く理由付けて契約変更中は皆に出ていって貰えば問題ないんじゃない?」


「……はあ、それだけならばですがね」



 何やら含みのある言い方にハテナが浮かぶ。マーレイの機嫌はすこぶる良くなさそうだ。

 代わりにアダインが教えてくれた。



「ロウト、ロウトの住んでた世界はどんな所なんだ?」


「ざっくりした質問だね。どんな世界って、そりゃ俺の住んでた所は日本ってところで、俺の住んでた所はまあ田舎っちゃ田舎だけど、皆イイ人ばっかりだったよ」


「その、ロウトが住んでた町以外にもいろんな町がある?」


「そりゃ当たり前じゃん。日本だけでも『県』っていうくくりで四七にも分かれてるし、外国だってある……あ、そうか分かった!」



 そこまでいってようやく理解した。アダインが良くできました、とばかりに微笑んだ。逆にマーレイは眉間のシワを深くさせて俺を睨んでいた。



「そうです、恐らく結界の貼り直しは成功致します。ですが、結界を貼っている町はここだけではないのです。結界の強化が成功したと分かった人間どもが要求する事は容易に想像できますよね」



 悪魔達と同じように、人間の住む町はひとつやふたつじゃない。きっと、それぞれの町に結界の装置が置いてあって、それぞれの装置の契約変更をするのにもまた毎度俺の血の契約を結ばないといけないんだ。

 そうなったら、ここで仕事を終えたらUターンで魔王城に帰れる可能性は限りなく低い。更にいうと魔王城よりも日本の家に帰れなくなる可能性も非常に高くなる。



「……どうしよう?」


「はぁ……。貴方様が深く考えずに感覚で動かれる性分しょうぶんの方だというのは既に理解しております。そんなロウト様に二つの選択肢を差し上げます。お好きな方をお選び下さい」



 マーレイから差し出された選択肢に、根っからの日本人らしくおひとしで流され安い性格がわざわいとなり、もう片方を選ぶ余地もなかった。




     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 宣言通りきっかり一時間後に迎えに来たシフ達の案内で、門扉付近に設置してある魔道装置まで案内して貰う事になった。部屋の外で待機していた魔族の仲間も全員引き連れて、かなりの大所帯で移動する。

 ここへ来た時は疲れもあって周りを見る余裕も無かったけど、今見てみると家の所々は不自然に削れていたり、修復のあとがあった。


 きっと、度重なる妖魔の襲来によって被害を受けているんだなと思ったら胸が痛くなる。彼らのような軍で戦ってる人ならまだしも、何の関係もないただの一般人が巻き込まれるのはやはり心が痛む。

 俺達みたいに現代の平和ボケした日本人なら尚更だと思うけど、俺ですら今の自分の立場が全く実感できてないんだから仕方がない。


 包帯を腕にぐるぐる巻いたまま家の修理をしている人や、片足を失って松葉杖のようなものをつきながら何かを運んでいる人がいた。

 その全てが、俺の選んだ選択肢が間違いではないと後押ししてくれているように感じた。


 門の横手の壁に設置してあるレンガの階段を上っていき、塀の頂上に辿り着く。

 上ってみると想像以上に高くて、ここからかなり遠くの森林や、その先にある魔王の城までうっすらとだけど見渡せた。


 見張りの兵士なのか、塀の上には一定間隔で鎧を装着した人間が等間隔で配置されていた。門の真上から二十メートルくらい歩いた先に、なにやら豪華で頑丈そうな台座が設置してあった。

 近付いてみると、黒を基調とした独特な模様が描かれた金属製みたいな台座の上に、ボーリング玉サイズの真っ黒な水晶のような大きな石が、外れないようにしっかりと固定されていた。


 きっとこれが魔道装置なんだろう。それにしてもなんとなく重々しい気配を感じる。結界というからにはもっと神聖な雰囲気を想像してたんだけど、これだと逆に破滅を呼び込みそうだ。

 なんて事は思っても絶対に口には出さない。魔族の皆は違うだろうけど、人間の皆様は俺と同じことを考えてるんじゃないかと思った。その証拠に水晶を見つめるシフの表情が不快そうにゆがんでいた。


「ガルデア殿下、結界の状態は如何いかがでしょうか」



 振り返ったシフに尋ねられ視線だけマーレイに走らせ、軽く頷いたのを確認してからゆっくりと台座へ近付く。




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