改良と強化

『ひとつめは、これ以上の改善は見込めないから諦めて欲しいと伝えてそのまま撤退する。私はこの選択肢をお勧め致します。こちらを選択するならばしっかりとサポートさせて頂きますのでその後の展開はお気になさらず――』



 先程宿屋でマーレイに告げられた選択肢を思い出す。思えば、絶対あの人は俺の選ぶ選択肢が分かってた気がする。だって、その時のマーレイの口元がやんわりとを描いていたから。

 選ぶ余地も何も、ここへ来るってなった時に俺は既に宣言してたんだ。


 ここまできたら俺だって部外者では居られないんだと。世話になったウェルターに恩返しもしたいって言った。それが俺にしか出来ない事なんだったら、俺がやるしかないだろう。



『もうひとつは、貴方の血で契約を結び直して今後の成り行きに身を任せる。恐らく先程話した通りに力を見せれば必ず人間達から新たな欲深い要求をされるでしょう。それを更に受けるか受けないかもまた貴方様次第です――』


 俺の選んだ選択の責任は、しっかり自分で取ってやりますよ! こん畜生こんちくしょうめ。別に良い人に思われたいとかそんな浅はかな考えでこうする訳じゃないからな。


 方々から話を聞くからに、人間と魔族との根深い因縁とか、妖魔の驚異だとか……なんだか問題が山積みな世界だし、それなのに一番の頂点に立っているはずの魔王様が不在だなんてもうとんでもない状況だし。

 そんな状況をただの平和ボケした人間がどうにかできるだなんて過信してもないし一ミリも自信もないけど……。


 今現在困ってる人がいる。これだけで俺が力を貸す理由には充分じゃないか?



『仮に俺が結界を結び直して、人間達の願いを受け入れたとしたら、マーレイ達はどうするの?』


『もちろん付き従いますよ。だって――』



 俺の問いかけに、迷うことなく不敵な微笑みを向けたマーレイはそう応えた。



『――とても面白そうじゃないですか』



 何か新しい風が入ってくるみたいで……含むような笑みで、本当に楽しげにそう言っていたので俺の方が驚いていた。彼の隣でそれを見ていたアダインすらも目を見開いていた。

 恐らく、彼がそんな表情をしたところを見たことが無かったのだろう。


 マーレイがそこまで面白がる程凄い事ができる気は一切しないけど、俺に出来る事なら全力でやらせてもらおう。まだ顔を合わせた事もない兄貴が、これまでひとりで背負ってきた重荷を少しでも和らげる事が出来るなら御安おやすい御用だ。

 今まで生きてきた人生の中でこんなに全力で挑もうとしたことは何かあっただろうか? 高校の部活動のテニス部くらいかな。まあ、万年補欠の玉拾いメインだったけど……。



「……魔力の伝導部分が少し乱れている。力を加えて乱れを整えれば、もしかすれば結界の力が戻るかもしれない」


「左様でしたか。では、今すぐにそれを行って頂けますでしょうか」


 出来るだけ魔王らしく見えるような言葉使いを選んだので、自分の台詞とかけ離れすぎていて意識するあまりかなり棒読みだったけど、シフは大して気にした様子ではなかった。

 シフの返した言葉を受けて、俺達の更に後ろで待機していたマーレイが続きを引き受けた。



「儀式には人払いが必要なので、人間の皆様はここから退去して頂いても宜しいでしょうか」


「――私どもがいると何か不都合な事が?」


「いえ、そういう訳ではなく……儀式には集中力を必要としますので、周りに多く人がいると気を削がれてしまいますので」


「……であれば、私とマーレイ殿。二人だけ残って他は退去でも宜しいのでは? 私は人間の代表としてこの土地を守る責任があるのです。何をしているのか分からない状態でお任せする訳には参りませんので」


「――承知いたしました。それでは台座からは距離を取った所で待機していただけますか。台座との距離が近すぎると力の影響を受ける可能性がありますので」


「はい、ではそのようにお願いします。皆様は声掛けするまで下に降りていて下さい」



 ここまではひとまず想定済みだった。見た目とは裏腹にしたたかな性格であるシフのこと、必ず自分もその場に残りたがるだろうと。

 そうなる前提のもと、人間の目がなるべく少なくなってボロが出ないように人を減らす必要があったので、上手いこと誘導した。


 わさわさといた人集りがいなくなり、辺りは一気に静けさをまとった。台座の前には俺が残り、その先数メートル後ろにシフとマーレイが並んで立っていた。



「それではガルデア殿下お願いします」


「……ああ」



 とは言ってみたものの、全く自信がない。本当に俺に出来るの? と疑問しかない。マーレイは確信しているようだったから、多分大丈夫なんだろうけど、今の所自分の中から魔力のたぐいを感じたことがない。

 事前の打ち合わせ通り、右手のそでに隠していたびょうのような小さな針に手探りで慎重に中指の先端を突き刺した。自分から傷付けるのは多少勇気がいる。痛みと共に小さくぷっくり出血したのを感じた。


 だけど、痛みを表情には出さない。俺が血を流していると言うのは絶対にバレてはいけない。新たな契約を結び直している事を人間に悟られてはならない。正体がバレてしまうから。


 なるべくシフの視界に入らない位置に背中を持っていき、ゆっくりと右手を水晶に近付ける。マーレイが言うには水晶に触れればあとは成り行きに身を委ねればなんとかなるらしい。

 本当にそれだけで良いのかよと半信半疑ながらも、彼を信じるしかない。どのみちもしそれで何も起こらなかったら俺にはこれ以上何も出来ないんだから、断る口実にはなる。


 やれることは全部やろう、うん。俺の決意に導かれた右手がそっと黒光りする水晶に触れた。



「こ、これは――!?」


「……なんと、素晴らしい」



 背後から驚いたマーレイの声と、感嘆するようなシフの声が届いた。俺の視線は目の前の水晶に釘付けだった。まぶしい程の光に包まれた水晶から物凄い熱量を感じた。温かいと言うより熱いと表現した方が良いくらい、手のひらに熱が伝わってくる。

 それでも熱さに手を離すことが出来ない。いや、正確には離せなかった。接着剤でくっ付けられたみたいに自分の意思では引き離せなかった。


 視線を横に向けてマーレイの表情を見ると、文字通りポカンと口を開いてほうけていた。その様子から察するに、この展開は彼にも予想外だったと思われる。いったいどの展開が正解だったのか教えて欲しい。



 どれくらいの時間拘束されていたのか分からなかったけど、それは突然終わりを迎えた。気が付いたら手を離すことが出来ていて、目線の先にあった水晶の色は透明で、内側に明るい白い光が灯っていた。

 なんていうか、電球みたいというと急に安っぽくなるけど、先程とは全く違う色に変わってしまった水晶を見てマーレイは呆然としていた。


 いや、なんかフォローしてくれんのかい。これは成功なの? 失敗なの? お前しかわかる奴いなんいんだけど!

 それとは逆にゾッとするほどの不気味な笑みを浮かべていたシフは、白く輝く水晶を一撫でするとそのまま俺に視線を向けた。



「ガルデア殿下、とてもお美しい力を拝見させて頂き感謝致します。それにしても、これは今までと全く逆の雰囲気を感じますが……貴方様は」


「ごほんっ、結界が上手く練り直せたようなのでロー様と私はこれにて失礼致します。ロー様参りましょう」


「えっ、マーレイ?」



 ようやく正気に戻ったのか、マーレイはシフの言葉をさえぎると追及を許さないとばかりに俺の腕を無理矢理引いてその場を後にした。

 振り向き様に見たシフは未だに笑っていて、ついてくる様子は無かったけど、言い知れない気味の悪さだけは背筋に残っていた。





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