確認と説明

「ではロー様! 私達がご案内致します」


 陽気でうっかり屋さんの男の方が、先程の失態を取り戻すかのように元気に声掛けしてくる。

 前を歩いていた人間の軍団の方から二人こっちへやってくるのが視界に入った。


「ガルデア殿下、では半刻はんときのちにまた此方こちらからお迎えに上がりますので、よろしくお願い致します」



 後ろにスクラムを引き連れ、胡散臭い笑みを浮かべながらそう言ったのは、マーレイから気を付けろと忠告のあった要注意人物のシフだった。

 華奢きゃしゃで中性的な雰囲気な見た目なのに、至近距離で見ると言い表せない不気味さを感じる。

 なんだろう……感情が見えないというか、確かに微笑んではいるんだけど目の奥は笑ってないと言えば良いのか。俺達への警戒心のせいで心を許してないからというだけではない、何かもっと嫌な気配がする。


 シフの深く探るような灰色の瞳に吸い込まれるように視線をらせないまま、自然と足が一歩前に出ていた。

 そんな俺を見つめながら、首をかたむけフッと笑みを深めたシフ。



「――如何いかが致しましたか?」


「……え? あぁ――」


「ワラドール殿、承知致しました。では我々は一旦離れます故……失礼」


 急に目が覚めたみたいに頭がクリアになり、あまりに目の前にシフの顔があったので驚いて二の句が継げないでいたら、後ろからマーレイの腕が腹に巻き付いてきた。

 マーレイはあからさまに作り笑顔を綺麗に貼り付けて俺の代わりに返事を返すなり、そのまま引きずられるようにその場から連れ出された。



「全く……貴方様は本当に手が焼けますね」


「め、面目ござりませぬ」



 未だに突き刺さるような怪しい視線を背中に感じつつ、マーレイから受けた小言へ武士のように謝罪した。俺達に続くようにして人間の集団から離れた魔族軍団は、陽気な魔族さんの先導で休息先の宿泊所へ辿たどり着いた。



「旦那、我々のあるじが到着したんで部屋をご案内してもいいかい?」


「ウーロン様、いらっしゃいまし。これは……ガルデア殿下にあらせられますか。心ばかりの場所ではございますが、どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいませ」


 宿屋の主人と顔見知りなのか、雰囲気からして人間と思わしき人と親しげに話していたうっかり屋の陽気な魔族ことウーロンさん。マッチョなのに気が弱そうなリヤースさんも、この人とは気楽に話している様子だった。

 宿屋的には宿泊代さえ貰えれば良いからなのか、軍の人達のような敬遠と警戒の瞳は向けられていなかった。むしろ好意的に感じてしまうくらい温かい。


「ありがとうございま――ぁいだっ!」


「では主人、部屋を借りる」



 宿の主人につられて笑顔でお礼を言おうとすると後ろからマーレイに頭をどつかれ止められた。

 なにすんだよ! と思ったけど、受け答えが魔王らしからなかったらしく、部屋についてからまた小言を食らってしまう。


「あんなにバカ丁寧に、しかも笑顔まで浮かべる魔王はおりません。我々相手ならまだしも人間相手になど」


「……思ったんだけど、お前達のリーダーって性格悪すぎない?」


「性格が悪いとは違いますね。『威厳がある』と仰って頂けますでしょうか?」


 ――威厳、ねぇ。それは威厳だけで収められる話なんだろうか。でも、王様って皆こんなもんなのかな。だとしたら日本人には絶対向かないな。


「まあ、俺は嫌いじゃないですけどね、ロウトの魔王様も」


「ありがとうアダイン」


 赤髪マッチョさんは俺と少し感性が似ているようで少しホッとした。甘やかさないで下さいというマーレイの小言が飛んできたけど無視した。

 通された部屋は宿の中で一番良い部屋らしくて、十人くらいは普通に過ごせそうな広さと豪華さだった。


 部屋の一番奥の窓際には全部で四つのセミダブルくらいのサイズのベッドが二つずつ両側の壁にあり、部屋の入り口から向かって右側にはシャワールームと洗面ドア、左側にはトイレに繋がるドアがあった。

 部屋の真ん中は広々としていて、大きなテーブルを囲うように四つの椅子が向かい合わせて設置してあり、壁のすみには座り心地の良さそうなL字型のフカフカの黒いソファが両側においてあり、至れり尽くせりな部屋だった。



 歩き通しで足が痛かったので、取り敢えず手近の黒ソファに飛び込み座ると、一緒についてきたマーレイとアダインがぐでっとなった俺を見下ろす形で側に立っていた。



「ひとまず『点検』するという話で来ていますが、実際の所は貴方様の血ひとつで解決するかと思われます」


「え、そうなの?」


 彼らは椅子で休むつもりはないようで、俺の前に立ったままマーレイが話し出したので、せめて姿勢だけはちゃんとして聞こうと思い体を起こしてしっかりと見上げて視線を合わせる。



「昨日、人間界の結界についての説明は差し上げましたが覚えておいでですか?」


「ああ、確か……魔族の土地の結界とは別に、各地ごとに置いてる魔道装置に魔王の血の契約をして作ってるんだったっけか」


「その通りです」


 魔王の血を吸わせ契約し、その後は遠隔でも勝手に結界を継続できるようにするための装置。現在はその効果が弱まっているが、原因は装置の故障では無いことは俺達側は知っている。

 力を与えるはずの魔王が眠っている為にそちらに力を回せないからだ。


「本来ならば、ロー様が眠りについた状態でも人間界の結界には影響が無かったのです。ただ、今回は特に眠りの期間も長く、目覚める兆候が見られないのです」


「それって……大丈夫なの? ずっと目覚めないってことないよね」


「――分かりません。なにせ、今までこんな事は一度もなかったので。ただ、呼吸はとても安定しているので今すぐどうこう等は無いと思います」


 その顔色に心配の色は見えるけど、深刻そうな雰囲気では無いので嘘は吐いてなさそうだ。もし魔王が目覚めないとなると、その間は俺も代役を続けることになるのだろうか。

 大学の夏休みの間は良いとして、明けてからは通学やら家事やらやるとこ沢山あるんだよな。


 それに何より……ウェルターには伝言を頼んだけど、一人残してきた弟の理人が心配だ。父がいるから問題ないとは思うけど。



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