真っ赤なマッチョと、魔法の話と

「おーい、クオ! 妖魔達がいきなり逃げ帰って行ったが、ロー様が復活したのか?」


「いや、まだお目覚めになられてはいない」


「あれ? でもそちらは――おやおや?」



 またもや新しい人が現れた。真っ赤な短髪に夕日のようなオレンジの瞳。縦にも横にも長く太くというか、ゴリゴリマッチョな筋肉が騎士っぽい衣装を着た上から見ても良く分かる。

 髪色と同じように明るい雰囲気で、めちゃくちゃ人当たりは良さそうな体育会系のイケメンだ。



 赤髪さんが階段の下までやってきて、観察するように首を傾げながら俺をじぃっと見つめる。



「……こりゃ驚いた。ロー様かと思ったが、と雰囲気が違うな」


「に、匂い……? 何か付けてたかな俺」



 匂いと言われ、慌てて確認するように腕を鼻に近付けてみたけど、特に香りは無かった。

 ウェルターが赤髪兄さんの言葉を補足するように説明を加えてくれた。



「我々魔族は『鼻』がとても利くんです。といっても人間よりは、ですが。特にこのアダインは、目も鼻も我々より数倍も利くので、人の香りも遠くからぎ分けられるんです」


「へぇ――犬みたいな、っとごめんなさい」


「いえいえ、俺は『ガルデアの犬』って異名も貰ってるんで、光栄です。俺はアダイン・ウルフェンと申します。以後お見知りおきを」


「あー、えっと……俺は黒柳楼人と言います。何かまだ良くわかってないですが、宜しくです」


「ロウトか、名前まで似てるんですね。ほぉ」


「そんなに似てるんですか? その、ローさんって魔王様と」



 そりゃもう、顔はね! と断言されたが、やはり雰囲気と性格は真逆らしい。



「ロー様が目覚めてないのに奴らが去っていったって事はもしかしてロウトがアレを?」


「……ああ」



 アダインの問いかけにクオが短く返事を返せば、なるほどな、と納得していた。そういえば。



「さっき『ようま』がどうとかって」


「はい、妖魔ようまです。先程の話の続きとなりますが魔族と人間の他に、その妖魔という種族が存在しています」


「へぇ、つまり人間と魔族と妖魔が仲良く土地を分けあってるって事か」


「仲良く――となると語弊ごへいがありますね。人間の方はまだしも、妖魔については対話すらほぼ不可能ですから」


「ええっと……?」



 やや不穏な流れになりそうだ。更に話を聞いてみれば、妖魔は野生動物みたいな猛獣的な者から、人間達と同じく人の形をとれる者もいるそうだが、彼らは欲望を自制するのが困難な種族で、暴力的らしい。


 魔族の中にも同じように動物のようなタイプも居るのだが、彼らはきちんとした「知識」と「自我」を確立していて、物事の分別がちゃんと付けられる種族であるが、妖魔は全くの別物である。



 匂いに敏感なので妖魔同士で争うことは無いのだが、それが人間や魔族の者であるとその獰猛な性質が目覚め、見境無く襲ってくるという。

 この世界にも朝昼夜の時間の経過があり、妖魔は夕方から徐々にそのエネルギーを高め、夜になると完全に覚醒するらしい。



 しかも厄介やっかいなことに、妖魔は討伐をしても毎夜毎夜どこからか増殖をし、倒しても倒しても数が減ることが無い。

 妖魔達を束ねるトップも当然存在する。妖魔王は他の妖魔よりは話が出来るらしいのだが、妖魔達の襲撃を止めることは無理なのだという。



「……何で出来ないの?」


「毎夜現れる妖魔の軍団は、妖魔王であるエンデュラムから『憎悪』と『欲望』をかてにして無限に作り出されているものだからだ」


「つまり、そのエンデュラムを倒さないと妖魔を消滅することは出来ないのか」


「エンデュラムを討伐することは出来ない」



 クオが、忌々いまいましげに吐き捨てる。魔王であるローと、付き従う魔族達や、力を鍛えた人間達で協定し、何度もエンデュラムを倒そうと試みてきているが……消滅させることは出来ないのだという。



「その身を炎に投獄しても、槍でいくら貫こうが剣で切り裂こうが、奴を殺すことが出来ないんだ。攻撃を与えることで、妖魔を生み出す力とその威力を一時的に弱める事は出来るがな」


「なるほど……つまり、エンデュラムの力が増してきたのを感じてきたら、何度も倒しに行ってその力を抑えつけて――っていう日々を続けていての今現在、という事ですか」


「飲み込みが早いな、小僧」


「……楼人、って名前があります」



 クオという奴だけは、どうにも俺の事があまりお気に召していないらしく、一度も好意的な呼び方をされない。一応褒められはしたけど、良い気は全くしない。



「ごめんねロウト。クオはロー様以外にはいつもこんな感じだから気にしないでね。むしろ今のはまだ優しい方だから」


「まだ、とは何だアダイン」


「おー怖い怖いっ」



 クオがムッと眉を歪めて右手を振ると、指先から目に見える静電気みたいなものがほとばしり、アダインの足元の床が隆起りゅうきした。

 慣れているのか反射神経が良いのか、直ぐに察したアダインは、それをヒラリと横にかわして受け流し、そのまま天井へぶつかって砕けた床のタイルを見上げていた。


 アダインの無事がどうとかよりも、別の事が気になり過ぎてしまう。



「え、何……今の」


「魔法です」


「魔法!? やっぱり、魔法なの? すげー!」



 きたきた魔法! 一度は夢見る魔法の力。城が魔力で動いてるって聞いた時から、もしや魔法を使える世界なのかなと思ってたけど、やっぱりそうなのね。


 ウェルターが教えてくれた魔法というワードに、異様にテンションを上げた俺を、やや引き気味で見やる三つの視線。

 ウェルターだけは、俺がゲーム好きで魔法に関していつも憧れを抱いている話を聞かせまくっていたからか、そういえばそうだったな……という感じの生暖かい目で見てくれていたけど。



「クオ、さん――は、今何の魔法を?」


「……大地の魔法だ」


「大地! 始まりの魔法っぽくてなんかカッコいい。皆それぞれ得意な魔法があるんですか?」


「そうですね、そこのマーレイは氷の魔法。アダインは火の魔法。私は風の魔法が扱えます」


「すげー! なんかゲームぽくなってきた。しかもめっちゃバランス良く属性バラけてるし」


「……血筋によって寄り添う精霊の力が決まっていているのです」


「へぇ、精霊の力。魔法は精霊の力なのか」



 ほうほう、俄然がぜんファンタジー感が増してきた気がする。魔法と精霊といえば、ファンタジーの王道ではないか。

 つまり、それぞれの属性を持つ精霊の加護を借りて魔法を扱っているのか。



「いやに順応性が高いな、こいつ」


「まあ、頭が固いよりは楽ですが……」


「面白そうな子ですね、ロウト」



 それぞれが勝手に俺の事をぶつぶつと呟いているけど、もはや気にしない。魔法という世界に自分が踏み込めているという喜びをどう表現するべきか、マジで言い表せない。

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