怖キャライケメン男と、生着替えと

「ええ、と……ここは本当に魔王の城なの?」


「はい。この大陸には魔族の住む土地と、人間達の住む土地と、妖魔を率いる妖魔族の土地があるんです。そしてここは魔族のトップを統べる魔王様がいらっしゃる城です」


「え、え~っと? なるほど?」



 取りあえず相槌あいづちをうってみたものの、頭の中はハテナだらけだ。真面目な上留さんがめちゃくちゃ大真面目な顔で言ってるから、多分真面目な話らしい。

 なんとなく、さっきの闇の空間から移動して、俺のいた世界とは別の世界に飛んでいったって事だな。さっき上留さんが異世界だとか言ってたから、それを踏まえるとそういう事で考えた方が良さそうだ。


 見たこともないゴージャスな城の中を闊歩しながら上留さんが色々と解説してくれる。



「現魔王でらせられるロー・アデルファイン・ガルデア様が、我々魔族のトップの方なのですが、現在……」


「ちょ、ちょーっと待って! 今『我々』って言わなかった? 上留さんも?」


「……はい。様々な事情や理由はいつかお話をさせていただきますが、俺――いや、私の本当の名前はウェルター・ライールと申します」


「ウェルター……さん、ですますか」



 目の前にいるこの人が、全くの知らない別人のように思えてしまって、思わず変な敬語になってしまった。上留さん、改めウェルターさんは悲しげに目を伏せて力なく笑った。



「どうか、私の事はウェルター……とお呼びください。敬語も必要ありません楼人様」


「いや、ウェルターさ……ウェルター、も敬語は要らないんだけど。あと、さっきから『様』ってなんなの? 気持ち悪いんだけど」


「我々魔族にとって、貴方様の存在は……」


「――ようやく帰ってきたのかウェルター」



 俺らの会話を遮ったのは、前方に仁王立ちしている威圧感バリバリの男だった。

 うわーまたイケメン。てか、さっきから美形イケメンだけしか居ないんだけどなんなのこれ。


 ダークグリーンの腰辺りまで伸びているクセがなく綺麗な長い髪が、彼が歩く揺れに合わせて左右に流れる。

 明らかにこの場の誰よりも長身の男が、切れ長の鋭い薄灰色の瞳をキリッと俺へ向ける。



 ヘビに睨まれたカエルのごとく、背中に変な汗をかきながら謎の男を見上げる。



「……がそうなのか?」



 マーレイといいこの男といい、これ呼ばわりしないでくれ……なんて威勢の良いことは言えませんけどね、ええ。でもさ、さすがにさ。



「さすがに、初対面の人間に『これ』は失礼じゃありませんか?」


「……あ?」


「ひぇっ、と……これ、ではなく俺には黒柳楼人っていう名前があるので」


「…………ちっ」



 し、舌打ちされた。何で向こうから勝手に嫌われてるんだよ。



 黒柳くろやなぎ 楼人ろうと――これが俺の名前。俺を生んでくれた母さんが付けた名前と、理人と愛情を向けて俺を育ててくれた父の名字だ。

 しかし、奴は舌打ちを返しただけで俺の渾身こんしんの説教を軽くスルーした。


「とにかく、支度をさせろ。あと一時間もかからないらしい」


「えっ、もうそこまで来てるのか。何度追い払っても懲りない奴らだな」



 追い払ってる? 何か厄介なお客様でも来るのか。怖キャライケメン男とマーレイの会話が全くわからないまま、マーレイに無理やり腕を引っ張られる形で廊下の横手にある扉に押し込まれる。


「ちょ、ちょっと! せめて何がどうなってるのか説明して」


「時間がないから着替えながら説明します」



 そこは衣装部屋の様だった。ズラリとあまり馴染みの無さそうな洋服達が掛けられていた。

 スーツっぽい見たこともあるのも数点あるけど、ちょっと時代の古そうなデザインのシャツや、ウエストコートやサーコート、ベストやチョッキ等、漫画とかでよく貴族が着ていそうな雰囲気の洋服ばかりだ。


 既に決まっているのか、奥へと進んでいったマーレイが持ってきたのが、真っ黒なローブと真っ黒なマントだった。いや黒過ぎる。



「とにかく、これに着替えてください」


「……黒すぎません?」


「無理矢理剥ぎ取られる方がお好みで?」


「すみません、着替えます」


「マーレイ、いい加減に……」


「ウェルター、貴方はクオに定期報告をしてきてください。ここは私が引き受けますので」


「……分かった」



 クオ――さっき名前が出ていたクオか。あの男がクオって奴らしい。

 渋々、といった様子でウェルターが出ていってしまう。知ってる人が居なくなってしまい、ますます不安になるけど、着替えないとこの人は本当に追い剥ぎしかねない顔をしてたから、いそいそと脱ぎ始める。


 ひとまず上半身裸になった状態でローブらしき物を手に取り、どうやって着るものなのか見ていたら、やたらと視線を感じたのでそちらを見れば、マーレイがじいっと俺を見ていた。というか、視線の雰囲気がなんか変というか……何となく気味が悪いような。



「そこまで見張ってなくても逃げないのであっち向いてて貰えます? 何か恥ずかしいっす」


「私の事は壁の絵だと思ってどうかお気になさらないで下さい」


「いや、気にするでしょうが普通」


「同じなのに全然違いますね、貴方達は」


「貴方達? 同じって、誰が」


「いえ、さっさと着替えてください。手間取っていらっしゃるようなので手伝います」


「え、ひゃっ! どこ触ってるんだよ」


「……なるほど」



 マーレイが、俺の腰を引き寄せローブを奪うと頭からバサリと掛ける。腰を引っ張る時に、わざとなのか素肌の部分にすすっと指を走らせた気がする。

 ていうか、なるほどって何だよ。そして何故か奴は着させたローブを下からたくし上げて、俺の履いていた青のジーンズを脱がせにかかる。



「ちょ、ちょっとタンマ! なにしてんの」


「下も履き替えて貰わないと。自分で出来ないようなので私がお手伝……」


「わわ分かったから、手を離して。自分で出来ますから」


「…………ちっ」



 おいこいつ今舌打ちしたろ? 何が不服なのか全く意味が分からん。再び手を出されないように慌ててジーンズを脱ぐと、無言で奴から真っ黒のズボンを手渡される。また黒かい。



「……黒だらけだな」


「王には漆黒が似合いますから」


「………………ん、王?」



 今こいつ「王」って言ったか? 何で王の衣装を俺が着るんだ?



「ふむ、衣装をまとえばそれなりに見えそうですね。あとはこの甘ちょろい表情と性格を何とか鍛え上げれば問題なさそうですね」


「……んん。さりげなくディスられてる俺? ていうか、王って何? 俺は何をするの」


「都合で出席できない王の代わりに、貴方が成り代わって王を演じるんです」


「はあっ!? いやさすがに無理があるでしょ。その人の事知らないし、顔だって」


「顔については問題有りません。ほぼそっくりなので。ただ、その情けないへにゃった顔を引き締めてさえ頂ければ、バレません」


「な、情け……」



 この男、さらりと毒舌吐くよな。まあ、人間同じ顔が三人はいるみたいな話はよく聞くし、これが異世界ともなれば有り得るんだろうとか納得出来ちゃう俺ってなかなか優秀だよな。


 取りあえず、ウェルターのお願いの内容を知れたので、できる限りの事は頑張るつもりではあるけど……成り代わるとして、俺はどうすればいいのか訊ねる。



「貴方はとにかく何も喋らず、威厳のある感じで居てくれれば良いです。あとは我々が全て対応しますので」


「は、はぁ……それだけでいいの?」


「寧ろ、話される方が迷惑です」



 そっちが頼んできたくせに、随分ずいぶんな物言いをするな。まあ、喋らなくて良いなら気が楽な気がする。



「てか、喋らなくて良いなら俺居なくても良くないですか?」


「居る事に意味があるんですよ」



 それ以上の説明は面倒くさくなったのか、マントを俺に着させると、無言で腕を引っ張られる。

 ズルズルとマントを引き吊りながら、歩幅のリーチが全然違うので必死に小走りで付いていく。

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