人生があまりに辛いから、異世界で幸せになろうと思います、まる
「けほっ、えほ、」
やっと終わった。
口のなかの粘っこい感触、鼻の粘膜までおかしくなりそうな悪臭。舌や喉が腐っていくような不快な温度と味……それから全身の倦怠感。
死にたくなるような苦しさのなか、やっと今日の『日課』が終わった。いそいそと服を着込む影を横目に、私は不快感を隠しもしないで口を濯ぎ、目を
いい加減慣れればいいのに。
去り際、嘲笑混じりに言われる。
聞こえよがしに舌打ちをしてみせたけど、男はせせら笑うばかり。言い知れぬ敗北感に打ちひしがれていると、隣の部屋から「ごめんね」と声がする。
「ごめんね、大変だったでしょう。お金さえあれば
「…………大丈夫だよお母さん。昔からやってて慣れてきたし、さっきのもさ、どさくさに紛れて変なこと言ってきたからで……! だから気にしないで」
「ごめんねぇ。ほんとにもう、明希がいないとお母さん生きていけないかも」
「…………大丈夫だよ。大丈夫」
お金を数え終わって、何枚もあった紙幣のうち1枚だけを私へのお駄賃として鏡台に置いて、お母さんは外へ出ていく。小柄な背中を丸めて、いかにも自分は可哀想な弱者だという格好をして、お母さんはどこかへ行く。
いや、お母さんもきっと
ねぇお母さん、今日はいくら負けてくるの?
そう訊いたら──お母さんが夜のパートだと言っているのは嘘だと知っていると伝えたら、どんな顔するだろう。
何度も思う。
そのたびに優しいときの顔や、背中を丸めた惨めったらしい姿が脳裏を
小さい頃は怒ったり不機嫌そうな態度で、私が大きくなってからは
まだ本当に幼かった頃──
『明希がいないとお母さん生きていけないかも』
なら、生きるのやめたらいいじゃん。
そんな風に切って捨てられない自分が嫌だ。
そろそろ慣れればいいのに。
そう侮られても仕返しのできない自分が嫌だ。
切って捨てて、その後私もひとりになるのが怖い。
何か仕返しをして、更に痛め付けられるのが怖い。
何かの拍子に突然消えてしまえたらいいのに。
消えるタイミングが完全にわかればいいのに。
そうしたら、きっと何にも怯えずに済むのに。
「……できない」
だって、私にはまだ救いがある。
こんな最低な日々を生きても、まだ光を感じさせてくれる人がいる。シャワーを浴びた身体を冷まして、少しでもさっきまでの最低な時間の痕跡を落としてから、彼から貰ったメッセージを見返す。
『明日はよろしく!』
きっと彼からしたら、ただ文化祭の買い出しを一緒にするクラスメイトに送る気安いメッセージなのかも知れない。
でも、誰もがうっすら私を遠巻きに見てくる中でも普通に接してくれる本郷くんに、どれだけ救われているか。彼の約束してくれた『明日』にどれだけ希望を見出だせたか。
いつか伝えたいと思ってたけど。
明日、伝えてみようかな。
本郷くんとふたりで行動する機会なんて、もうなさそうだし。
伝える言葉が、溢れて止まらなさそう。
どうしよう、なんて言ったらいいだろう。
明日、不安だけど楽しみだな。
伝える言葉を探しているうちに夜は更けて、朝少し辛かったけど。
それすら、なんだか胸を弾ませた。
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