打ち砕け、罪刑

 歯車の塔を転げ落ちて数回転。

 シャリア=フルリアが辿り着いたのは谷底の中心街だった。

 

 ランタンの光、燻製肉の匂い、それから漂うお酒の香り。

 谷の管理人選定式前夜で普段以上に活気があったのだが、彼女にはそうとわからなかった。


「選定式立候補者、ご登録まだの方はいませんか~~!!」


 ひとごみの中、すっと通る受付の声にあたりを見渡す。

 

「……そっか、立候補に登録が必要なんだ」


 シャリアは選定式に参加するために歯車の塔から転げ落ちてきた。

 一生に数度の谷の『罪刑魔法』管理人の選定の争い。

 これは、ひとの犯す行動に対し、定められた結果を自動的に強制する大規模恒常魔法『罪刑魔法』の管理人を決める七日間の大舞台だ。

 

「……待っててね。管理人になって、助けにいくから」

 

 塔に置いてきてしまった彼らのことを思い出して、シャリアはつぶやく。

 マントのフードの奥で碧眼は覚悟に燃えていた。

 

 それから、受付の方へ方向転換をして、一歩目。


 シャリアは、男と盛大に衝突した。

 人ごみの難易度が高すぎたためか、ぶつかった男も酔い過ぎていたためか。

 シャリアも酔っ払いの男も、尻餅をついていた。

 

「なんだぁ? いや、すまねぇな」

 

 男を悪態をつきかけるも、素直に謝った。

 立ち上がると、シャリアの手を掴んで立ち上がらせようともした。


 が。


「さわらないで!!」


 シャリアの叫びが遮った。

 

「――なんだぁ? このガキ、今なんつった?」


 男の額には青筋が浮きあがる。

  

「……すみません。でも、大丈夫ですから、触らないでください」


 シャリアが謝るも、男の怒りは加速していく。


「触らないで、じゃねぇよ。そもそもガキがこんな夜に、酒場周りなんか歩くんじゃねぇよッ。オイ、立てよ」

 

 立たせようと伸びてくる男の手。

 シャリアの首筋に、嫌な汗が流れる。

 

 ――ここでつかまれるわけにはいかない。つかまれたら脱走が駄目になってしまう。

 

 シャリアの脳によぎるはその想いひとつ。

 咄嗟にシャリアは腕をマントに隠した。

  

「おとなしく立てってンだ」

 

 男の乱暴に、シャリアは無策ではなかった。

 男が腕を掴もうとするのに合わせ、ぱちりとマントの留め具を外す。

 そして、滑らかな生地のマントから、勢いよく腕を引き抜いた。

 結果としてできたのは、男がマントを構図で。


「ア? まさか、オイ……」


 なにかを察した男の足元に、白い光が走る。

 迸るは谷全体にかけられた、

 罪に呼応して強制される刑の魔法。

 白い光が示す罪刑は、罪刑魔法原則・参番――

『他人の所有物を盗んだひとは、盗んだものを歯車の塔の弐の階に持ち込む』

 

 罪刑魔法に操られ、とん、とん、と男の足が足踏みを始める。

 行先は歯車の塔、盗難物たるマントを届けに。

 

「クソ、やりやがったなテメェ!!」

 

 やたらと叫んではいたものの、男の罵声はただ遠ざかるばかりだった。


 ***


「危なかった……」


 個人的な危機を脱し、一息ついたシャリアに、すっと通る声がかかる。

 

「大丈夫? きみ、立候補者?」


 シャリアはマントを奪われ、碧眼、赤髪に、片手杖をさらしていた。

 立候補者の必需品たる片手杖を見て、先ほど立候補者の募集受付をしていた青年が声をかけたきたのだった。

 

「……まだ、です」

「やっぱり。まずいね、きみ、注目されすぎた。登録前に潰されるよ?」


 真剣な言葉に、シャリアはひるむ。

 間髪入れず「はやく、こっちに」と伸ばされたのは綺麗な手。


 その手に、今度はシャリアの「やめて」は間に合わず。

 ――温かな青年の指が、シャリアの腕に確かに触れた。


 瞬間、足元が白く輝き、『罪刑魔法』が作動する。


 光の波長は先程と全く同じ。

 参照する罪刑も全く同じ。


『他人のを盗んだひとは、盗んだものを歯車の塔の弐の階に持ち込む』だった。

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