戸籍のない人造人間が、異世界で自分の居場所を見つけていく話

 ……――数十年前に政府により解体され、長らく放置されていたはずの宗教施設の地下で突如として爆発が発生する。

 深夜未明。山間の人目につかない立地であることが幸いし大きな騒ぎにはならなかった。


 そこは結婚式場を思わせるような西洋建築の建物で、老朽化がますます進行しており、長らく使われていないだろうと目されていた。

 が、その実態は地下の暗がりにあった。


 何者かがバックに付いているのか、ハイテクノロジーな地下研究所。

 表向きは組織解体されてから、なおもそこで研究が続けられているのは――。


 地下で起こった爆発から引き続き今度は地上にて、豪華な意匠の施された両開きの門を念動力でダイナミックに粉砕しながら、貧弱な肉付きの少年が外界に飛び出した。

 彼に戸籍上の氏名はない。与えられた識別コードは『B-528』――被験体の少年である。


 少年は、研究所から脱走を試みる。追いかけてくる研究員の魔の手から命からがら逃走を続けた。


 時に大木を薙ぎ倒して。時に研究員の男から懐中電灯を奪い顔面に投げ打って。その関節を逆に折り曲げて。その全てを念動力の一つで叶え、少年は川沿いの山道にまで降る。


 だが少年には道が分からない。それどころか、外に出たのはこれが初めてで、どうしたらいいのか分からなかった。やや湿った土や枯葉から打って変わって、コンクリートのざらりとした表面が少年の素足にはとても不愉快な感覚で、顔を歪める。

 するとわずかに体が浮かぶ。

 少年は、自分が浮遊できると初めて知った。

 しかし飛び立つほどの力は湧かなかった。


 路上に立ち往生する、右を見ても左を見ても同じ道が続くだけ。隠れる場所はない。林の向こうからは雑多な足音が近付いてくる。研究員たちの接近を思い知る。このままでは逃げられない――。そう思い込んだ少年は、ぎゅっと目を瞑って身構えた。


「どこに消えた……?」


 少年は、自分が透明になれていると自覚した。


 怪訝な顔をした研究員たちは、さすまたやバトンタイプのスタンガン、麻酔銃等を各々構えて周囲の警戒に当たる。

 少年は息を止めながらその横を過ぎ去った。

 距離を取り、追跡されていないことの確信を持つと、自分はやっと自由になれたのだ!と素直に喜びに打ち震えた。

 透明であれば。浮いているのならば。この固い道を突き進むことに何一つ抵抗はない。


 夜道ゆえ仄暗く、この細長い山道に檻から逃げ出したときの廊下を連想した少年は、期待を胸いっぱいに膨らませて山下を目指す。


 少年は、道路というものが何たるかを知らなかった。


 それは少年が近くの町で保護されてしまうことを避けるために先回りする予定だったのだろう、研究員の一部は四輪駆動車をすでに走らせて麓を目指していた。

 その路上に、透明な少年がいるとも知らずにだ。


 後方から眩い光を察知して、少年は振り返る。


 車というものを知らなかった少年は、突如として間近に迫る大きな箱に頭を真っ白にさせた。

 轢かれる、という自覚もなかった。


 ただ、こわい……、と思っただけで、大木を薙ぎ倒した時のような防衛反応すら働かなかった。


 コンッ――と軽い音を立てて、車と不可視の少年は衝突する。


 それは『ただの』人身事故。

 そして彼が人造的に生み出された超能力者であることはなんら関係しない――『偶発的な』異世界転移の発生である。

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