第15話 王子改めパシリ
「今日は職員会議だから教室清掃は無し。用事ない奴は早いとこ帰れよ」
帰りのHRもあっという間に終わり、号令がかけられる。消え入りそうな声で「さようなら」と呟いた私は、重力に身を預けるようにイスにお尻を落とした。
心の力を回復するために机に伏せていると、ちょんちょんと頭を突つかれる。バネの如く勢いよく顔を上げれば、鼻と鼻がくっつきそうな距離に美少女が。
彼女、じゃなくて彼の長すぎるまつ毛が上下する度にもしや音が出るんじゃないかと頭の片隅で思いつつ、状況が理解出来なくなっていた。
「辛気くさいね。カビが生えそう」
「すっ、すすすみません!!?」
思わず仰け反るように顔を離し、慌てて謝る。ふ、と息を吐いた鈴原君が大きな目を細めて私を見た。
「ねぇ、あけびちゃん。ジュース奢ってあげるから、元気出しなよ」
「ええっ、いえ、とんでもないです!大丈夫です!」
ぶんぶん千切れそうなくらい首を横に振れば、鈴原君が眉根を寄せる。
「大丈夫とかないから。僕の厚意を無下にするわけ?あのさ、王子は姫の言うことは必ず聞くもんだよ」
「え」
ま、またその設定!?
私が目を白黒させていると、机に乗せていた手を色白の手にひっくり返され、その上に何かを押しつけられる。
500円玉。
冷たい硬貨から鈴原君へと目を戻すと、それはそれは麗しい笑顔で彼は小首を傾げた。
「僕ね、無糖のコーヒーがいいな。ジョージアね。いい?王子様」
……最後のそれは、【王子様】じゃなくて【下僕】の間違いでは?
硬直してる私の頭を撫でた鈴原君は、「何か言いたげだね」と頬を緩める。
「あけびちゃんも好きな飲み物買って来るといいよ。10分以内にね」
時間制限もあるの。
地味・ビビり・内気の三拍子に【パシリ】が加わってしまったこの瞬間、文句を言える筈がない私は黙って教室を出た。
「こけし。ついでに俺にもその金でレモンティー買って来て」
「僕の王子をパシリに使わないでよ。てか保には奢らないよ」
後ろから聞こえてきた会話に項垂れる。もう私のポケットマネーを登場させるしか道は無いな。というか、やっぱりパシリなんだ。
女の子に囲まれる立花君の横を通り過ぎ、ロッカーの中にさっき配られたばかりの新しい教科書を詰め込む薫君を横目に、私は小走りで1階の自動販売機へと向かった。
人の間を縫いながら賑やかな廊下を進む。
頭を冷やすには丁度いいかも。さっきの失敗を思い出すたびに、脳が焦げそうだ。
どうして私はもっと落ち着いて行動できないんだろう。どうして私は思ったことをしっかり伝えられないんだろう。どうして私はこうなんだろう。どうして、私は。
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