第14話 散々な自己紹介

5時間目は委員決めと自己紹介という予定みたい。普通、自己紹介が先だと思うけど時間の都合で後回し。


先生が爽やかな笑みを浮かべた。



「じゃ、図書委員は立候補してくれた姫後で決まりな」



パチパチと気の無い拍手の中で、私は誰にも見られていないというのに頭を下げた。



図書委員、やってみたかったんだ。この学校は図書室が立派みたいだから、たくさんの本と出会えそう。でも、なんでだろう。



「偉いな、あけび。パーティー委員とかなら俺もやってみたいんだけどなぁ」



なんで期待していた隣の席が立花君?しかもなんで名前で呼ばれてるの?



そろりと俯いたまま目線だけを右に向けると、何やらご機嫌モードの立花君。彼の意識はすでに私とは逆隣に座っている女子に向けられていた。



「へぇ、キミ茜っていうんだ。夕暮れ時の空の色だな!俺の好きな色。あ、俺さ、10年ぶりくらいに日本に帰ってきたから、この街のことあんまり覚えてないんだよね。よかったら、夕日が綺麗な場所とか案内してくれない?」



この人は天才だ。

軽いを通り越して怖い。



そして、更に怖い人が後ろに。彼がイライラと足を揺する振動がカタカタ伝わってくる。び、貧乏揺すりはよくないですよ。


背中を丸めて俯き、目立たないようになるべく小さくなる。もちろん最上君の前にいることには変わらないし、忍者じゃないから気配も消せないけど。



「……こけし」



地を這うような低い声に肩を跳ね上げた私は、絶望のあまり天井を仰いだ。



「な、な、何用でしょうか?」



カタカタ歯が鳴らないように振り返れば、片眉を吊り上げた最上君が忌々しげに鋭い目を向けてきた。ししし失神しそう!



「……いちいち怯えやがって。そんなに俺が怖いか」



怖いですよ!!仲良くしたくないわけではないけど、ハードルが高すぎるんです!!



とは、口が裂けても言えない。



かと言って、私は「怖くなんかないですよ!」と微笑める程の大物ではない。オブラートに包みつつ、腹を括って話そう。



「……その、私は人と話すのが苦手で。最上君とは、えー、仲良くなりたいんですけど、いかんせん、ドキドキしちゃって、」



初心者には最上君はハードルが高い。



もう土下座する準備でもしておいた方がいいかな、と若干イスを引いて彼の様子を窺った私は硬直した。


つい先程まで頬杖をついて眉根を寄せていた最上君が驚いたように目を見開いていたからだ。



あ、駄目だ。私、死んだ。何を言われるんだろう、と内心吐きそうなくらい動揺していれば、彼は不意に目を逸らした。




「っは、え、ふーん。そうかよ……まぁ、俺も仲良くしてやってもいいけど」




決して私と目を合わせようとはしないまま、わずかに頬を赤らめた彼はブレザーのポケットに手を突っ込む。


……どうやら、私と同様に彼も友達が欲しいようだ。首の皮は繋がった。



ころん。



「ほら」



ま、またこれか!!



机の上に置かれた、昨日とは違う種類の包装紙にデカデカと【キシリトール】とプリントされた大きなのど飴。



どこか気恥かしげにチラリと目線を寄越した最上君は、舌打ちをしてまた目を逸らした。



「好きなんだろ?いい子だから、やるよ」



い、いい子って、貴方と私は同じ歳ですよ。



「あ、ありがとう、ございます」

「おう」



満足げに頷く最上君の様子から見て、私は今、上手く笑えているようだ。



「そこ、うるさい!!」


ひっ。



慌てて声がした方へ向き直れば、立ち上がった鈴原君が腰に手を当てて私たちをビシッと指差していた。


指図すんじゃねぇ、とばかりに「ああ?」と唸る最上君に鈴原君が嘲笑混じりに息を吐く。




「方向感覚だけじゃなくて、耳も狂ってるみたいだね。僕の自己紹介だから、黙っててくれる?」



えっ。



黒板を見れば各項目下には全て名前が書かれていて、すでに委員決めは終了していたことが判明した。先生も苦笑いを浮かべながら首を縦に振る。


最上君の機嫌は急降下してしまったようで、泣きたいのは私なんだけど、と内心肩を落とした。



「鈴原 真澄。自分に1番似合う格好をするようにしてるので、これでも男です。男には興味無いのでよろしく」



ピラリとスカートを摘んで淡々と話す様子とその内容といい、誰が見ても恐ろしい最上君への昨日からの強気な態度といい、教室内は若干引いた雰囲気。



しかし。



「仲良くしてね」



最後に彼がオレンジっぽい柔らかな髪を耳にかけ、ふんわりと微笑んだその瞬間、大きな歓声が上がった。



「可愛い!!」

「仲良くしたい!」

「俺、男でもいいや!」



女子も男子も全員、彼の笑顔にやられてしまった。それもその筈、鈴原君は絶世の美少女改め絶世の美少年なのだから。


鈴原君が座っても未だに冷めないざわめきに、振り返った彼が「しー」と人差し指を口元に添えた途端、更に上がる皆のテンション。



「惜しいよなぁ、男かぁ」と心底残念そうに首を振る立花君に「とんだ悪魔だぞ」と最上君が囁いた。



……すごいなぁ、鈴原君。あんな短い自己紹介でみんなの心を掴んじゃった。羨ましいけど、私には無理だ。



つつがなく進む自己紹介。趣味とか好きな芸能人とか、それぞれ思い思いのことを話していて、魅力的で、楽しげで、聞いているだけで心が躍る。



それと同時に、近づいてくる自分の順番に徐々に心拍数が上昇していくのが分かった。



聞いてるだけがいいなぁ……!



だんだん肩が重くなっていく。とうとう、隣の席の彼が立ち上がった。



「名前は立花 稜汰。小学校上がる少し前からつい最近まで親の仕事の都合でイタリアに住んでました。ま、高校入試で1度帰ってきたけど」



ヒマワリ色の髪に手を入れて、くしゃりと軽く乱した立花君は「あ」と小さく声を上げた。



「昼休みは微妙な雰囲気にして悪かったな。この斜め後ろの目つき悪い奴は俺の幼馴染です。ちょっと照れ屋なだけだから、気にしないでくれると嬉しいな」



くい、と親指で最上君を指し示す立花君の笑顔は、それはもう輝かしい。後ろから舌打ちが聞こえたことは忘れよう。




「俺は男子は良き友、女の子は全員お姫様だと思ってます。……Piacere」




うわっ。



穏やかに目尻を下げ、囁くように付け足されたイタリア語に教室内が再びどよめいた。女の子の大半は陥落したと思われる。それに、さっきの騒動を軽く誤魔化してしまった。



すごい人だ。横目で見ると、ちょうど座った立花君と目が合う。



ばっちん、とウインクをされて即座に目を逸らすという私の行動は正当防衛として認められるよね!?


失礼かもしれないけど、でも、直視出来ない。照れるし、恥ずかしいし、なんか、もう、ああ無理……!!



私と同じ列の先頭である薫君が立ち上がった時は、みんなちょっと驚いてた。たぶん背が高いから。


無表情で「冬堂 薫です」とだけ言ってさっさと腰を下ろした彼の次の人は何だか気まずそうだった。



ひたすら俯いて無心を心掛けていた私は、順番が回ってきたよと前の席の鉢引さんが机をトンと叩いてくれたお蔭で久々に現実に戻る。



慌てて立ち上がったせいで、ガターンとイスが派手な音と共に倒れてしまった。



……最悪!!



すでに涙腺崩壊間近の私は、決して泣き虫というわけではない。そりゃ小さい頃はそうだったけれども。でも今は泣きたくもなるのも仕方ないよね。許されるよね。勝負とも言える自己紹介で早速失敗したんだから。



だって、ほら。静まり返ってるよ。



私は黙ってしゃがみ込み、床に静かに横たわるイスを持ち上げる。その際、呆れたように眉をひそめる最上君と目が合った。もう嫌。



ちくちくと多くの視線の針に刺されながらイスを元に戻した私は、深呼吸して顔を上げた。



うぐっ。



これは予想以上に、きつい。


なかなか人前で話すことのない私が、こんなにも注目を浴びることになるなんて!声がひっくり返りませんように!



「ひ、姫後 あけびっ、です」



詰まったけど、滑り出しは成功した。と思いたい。切実に。あとは趣味と、【よろしくお願いします】と頭を下げることでミッションコンプリート。


……する筈だった。



「趣味は読書と」



次の瞬間、一応は順調と言っても過言ではなかった私の自己紹介を邪魔する思わぬ伏兵が現れた。



それは、はい、授業終了のチャイムでした。



お蔭で引きつり笑顔で口を開いた私の「映画鑑賞です」という言葉は見事に掻き消された。



もう崩れ落ちたかった。ちょっとでも力を抜けば、へなへなと座り込んでいたに違いない。



チ、チャイムの野郎!!



全員どことなく「ああ、お気の毒」みたいな表情を浮かべて私を見ている。いっそのこと笑っていただければ、どんなに救われたか!!


小学生の頃から聞き続けているチャイムが、やけに長く感じる。もう私のハートはズタズタだ。



ようやくチャイムが鳴り終わると、ちょっと困ったように眉尻を下げた先生が微笑んだ。



「時間配分間違えたなー。ごめんな、姫後。続けていいぞ」



無理です!!


私は俯いて頭を下げ、へたりとイスに座った。


ああ、チャイムに負けたよ。


私の絶望ぶりが伝わったのか、軽く咳払いをした先生は明るい声で話し始める。



「あ、じゃあ、最上からは明日の俺の授業で自己紹介してもらうからな。今日はこれで終わりだが、明日以降は6時間目まで授業があるから皆頑張れよ」



それを合図に、わいわいと生徒たちは立ち上がって帰り支度を始めるのだった。

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