ボランティア部?

第10話 学食にて

「あ、サイフ忘れた」



今日も通常運転無表情の薫君が眉一つ動かさずにブレザーのポケットをぽん、と叩いた。


廊下の真ん中で立ち止まった彼を皆の邪魔にならないように端に引っ張ってから見上げる。



「いつもお世話になってるし、学食くらい私が出すよ」

「いや、そういう問題じゃねぇ。体育館にサイフ忘れた」



体育館!?



ぎょっと目を見開く私を一瞥した薫君は、はあと溜め息を吐く。



「健康診断の時ポケットから出したんだった。取りに行ってくる」

「それは大変だ!私も一緒に、」

「いい。先に行ってろ」


えっ。



手をひらひら振ってから遠ざかっていく薫君。その背中をしばらく見つめていた私は、くるりと踵を返して1階の食堂へと足を進め始める。



健康診断はつい2時間くらい前。サイフ、大丈夫かなぁ。あるといいけど。



昨日の入学式での傷がまだ癒えてない私は高めのテンションで楽しそうに話に花を咲かせる人たちを羨ましく思いながら、とぼとぼ歩いた。



東高校は新設校ではないながらも、学生食堂は大きくてメニューも豊富。地元でも評判が良い。これをお目当てに受験する人もいるとかいないとか。



「えーと、小さいご飯と味噌汁とキャベツの千切りサラダと……ひじきの煮物お願いします」

「はいはい」



本当はカニクリームコロッケ定食が食べたいけど、ずっと欲しかった映画のDVDセットを買ってしまったせいで今月は金欠だ。節約しなきゃ。



トレーに注文したものを乗せて、きょろきょろと空いてる席を探す。



というか、1人で食べてる人がいないってどういうこと?別に【おひとり様】は恥ずかしくないですよ!!……1人ぼっちは私だけですか?



豚カツとエビフライを交換しあう(とても楽しそうで羨ましいことこのうえない!)女の子2人の後ろをこの世の終わりみたいな顔をしながら通り過ぎる。



ブレザーの襟についてるピカピカの校章バッジの色からして、私と同じ1年生だ。同じクラスではないな。



ちなみに、私はクラスメイト全員の顔と名前を覚えるのがクラスで1番早い自信がある。学級写真と名簿を照らし合わせて死ぬ気で覚えるからだ。ただし残念なことに、覚えても使うタイミングは無い。



長いテーブルの1番端っこにトレーを置いて腰を下ろす。



薫君早く来て、と願った瞬間ポケットの中で震えるスマホ。取り出してみれば1件のラインが。受信ボックスを開いて確認すると意中の彼。



【先に食ってて】



結局サイフはあったのかな。


急がなくていいからね、と。


返信してスマホをトレーの横に置いた。



あまり可愛いとは言えない犬のストラップを指で撫でてから箸を手に取り、「いただきます」と小さく呟いてキャベツの千切りをちびちび食べ始める。



1番最初に野菜を食べると体脂肪を減らせるとテレビで観てから、地道に実践し続けている。



薫君が来るまでキャベツで繋ごうと思ってたのに、このままでは食べ尽くしてしまいそうなので味噌汁のお椀に手を伸ばす。



あ、ワカメと豆腐だ!王道だよね!!豆腐大好き!なめこの次に味噌汁の具で好き。



お椀を持ち上げて、小さく切ってある豆腐を箸でつまむ。



なんだかんだ1人で満喫していると、ガタリと目の前のイスが引かれた。


あ。


早かったね、と顔を上げた私は、向かい側に座った人を視界に入れると同時にあんぐり開けてしまった口を慌てて閉じた。



だ、だ、誰?



片側を綺麗に編み込んだヒマワリみたいな色したフワフワの髪に、左耳の赤い小さなリングピアス。ちょっぴり垂れ気味の目を細めたイケメンは、頬杖をついてにこやかに私を見つめていた。



チラリと周りを見渡したけど、食堂は大繁盛とは言っても席に余裕はあるし、わざわざ私の前に座る必要性は皆無。



こんな良い意味でも悪い意味でも目立ちそうな人はクラスにはいなかった筈。



そもそも彼は校章バッジがついたブレザーの代わりに紺色のカーディガンを着ているため、学年も分からない。



ど、どなた?

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