第11話 Ciao!

突然目の前に現れた正体不明のイケメンのきらきらオーラは、私には眩しすぎるうえに恐ろしい。



ああっ、さっきの揚げ物交換してた2人がこっち見てる!頬赤らめてる!


その視線に気づいた彼は、なんと彼女たちに笑顔で手を振った。なんか悲鳴が聞こえた気がした。私の心臓も悲鳴を上げてるけど。



ま、間違いない。チャラい人だ!!!!



話しかける勇気なんてあるわけないので、黙ったまま俯き加減に味噌汁を啜る。



あんなにも美味しかったのに、味がしない!



お椀を傾けながら、立ち上がる気配の無い彼をこっそりと見やる。私にはまるで縁の無い華やかなオーラをまとった彼は、頬杖をついたまま小首を傾げて口を開いた。




「Stai facendo la dieta?」




私は味噌汁を吹き出した。



げほげほ血を吐きそうなくらい噎せながら、ポケットから取り出したティッシュで口とお椀を拭う。


新品の制服に豆腐が付着することは避けられた。

まさに不幸中の幸い。



そんなことより、待って。

今この人なんて言った!?



というか何語だった!?日本語じゃなかったよね!?確かにイケメンだけれども、髪は黄色いけれども、どう見ても日本人……。


とにかく返事しなきゃ駄目だよね!無視は感じが良くない!いや、そもそも何て言われたのか分からない!



今現在進行形で素晴らしい回転をみせている私の頭がこんなにも働いているのは、受験以来かもしれない。



「Mi dispiace。顔、上げてくれるか?」

「えっ」



日本語!



弾かれるように顔を上げれば、にっこりと微笑む彼と目が合った。訝しげな私の表情に楽しそうに肩を揺らしながら、口元に人差し指を当てる。



「ああ、今のは【ごめん】って意味。ちょっとからかいたくなっちゃって」



情けないことに、やっと口から出た私のセリフは「……に、日本の方ですか」という、なんとも言えないものだった。



「そ。ちょっとイタリア暮らしが長いだけの純日本人」



彼はヒマワリの花弁色の髪をくるくる指に巻きつけながら片目を瞑ってみせた。とても絵になる。



な、な、生ウインクだ!人生初!まさか漫画やドラマ以外に本当にウインクする人がいるなんて!!



私は滲み出る自分でもよく分からない感動を隠すため、ぎゅっとスカートを握り締めて誤魔化すように小首を傾げた。



「あ、あの、それで、イタリア語?最初は何て言ったんですか?」

「え?ああ、あれな。うーん……」



しばらく考える様子を見せた彼は、銃口のように人差し指を私に向けて悪戯っぽく笑った。



「可愛いね、って意味」



とても綺麗な顔をした彼の言葉を理解するのに数秒、いや、数分かもしれない。とにかく、やや時間がかかった。



何度も頭の中で反芻し、ようやく理解するとともに顔がじわじわと熱くなる。



……か、か、か、可愛い!!!?私が!?そんなこと、家族以外から言われたの七五三以来だ!!



みるみる顔を染め上げていく私に気づいた彼は驚いたように目を丸くした後、目を逸らした。



冗談通じなくて面倒くさいと思われたかな、と私は不安になったけど仕方ない。



冗談だって分かってても私の意思に反して顔が赤くなるんだもの!!



そう。



実は先程のイタリア語は【可愛いね】じゃなくて【ダイエットしてるの?】という意味だったことは秘密にしておかなきゃと、たとえ彼が若干気まずい思いをしていたとしても。



そんなこと私が知るよしもないのだ。



赤らむ顔を見られないように、たいして長くもない前髪を高速で撫でつけながら伺い見る。



「あの、それで、何かご用ですか」

「ああ、いや、こけしみたいなsignorinaが1人で幸せそうに味噌汁飲んでるもんだから、ちょっとからかってやろうかなって」



こけし!!?

やっぱり、こけしに見えるの!?



手をピタリと止めて彼を凝視する私の顔はさぞかし絶望に染まっていることだろう。


あ、signorinaは【お嬢さん】ってこと、と微笑む貴方は私の酷い表情に何の感想も抱かないのか。



「1年だろ?俺も同じなんだ。よろしくな」



細い繊細そうな指で彼は自分の胸元をトン、と叩いた。私は自分のブレザーの襟元でキラリと光る校章バッジに目を落として頷く。



じゃあ俺はこれで、と立ち上がった彼は思い出したように再び私に向き直った。



「あ、可愛いキミの名前は何ていうの?」

「かっ!?……姫後です。姫後 あけび」



飛び出しかけた悲鳴をかろうじて飲み込んで、俯き加減に名乗る。



「姫後、あけび……?」



訝しむような声音に顔を上げれば、彼は小首を傾げて私を見下ろしていた。



何か?と一緒になって首を傾けると「何でもないよ」と微笑んでから私のストラップを指差した。



「それ、不細工な犬だね」

「なっ!た、宝物なのに!!!」



思わず声を上げた私の頭にポンと手を置いて色素の薄い目をやんわり三日月にした彼は、手を振って行ってしまった。



「A dopo」



その意味の分からない言語は、カランと手から箸を落とした私の耳には届くことはなかった。



……頭、撫でられた。

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